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少しだけ、ルースの目が見開かれた。
「……なぜ、それを?」
「フィルから聞いたのです。私も王太子妃候補であるなら、気をつけるように、と」
どうやらルースは、二人の会話を聞いていたのではなさそうだった。
眼鏡をかけ直すと、ルースは小さくため息をついた。
「余計なことを。……本当です。ですが、あなたが心配することはありません。醜い権力争いなど、どこにでもある話です」
醜い権力争い。確かにアディは、そういった闇も知っている。国王の座は、国の一番頂点にあるのだ。当然そういったものと無縁ではないことを、考えるべきだった。
アディは、王太子にとって安心できる王太子妃が本当に必要なのだという事を実感した。
「不安ですか」
アディの様子を怯えと勘違いしたのか、ルースが珍しく優しい声で言った。
「いえ……王太子殿下は、今頃何を思って過ごされているのだろうと……」
「殿下が?」
「信じられる人間はそう多くはないと聞きました。だからもしも私が殿下の……いいえ、私でなくてもかまいません。誰かが王太子妃となって、殿下の心を支えられたら……」
ぽつりぽつりと話すアディを、ルースは黙って見下ろしている。
「楽しい時には一緒に笑い、疲れた時には心を緩め、悲しい時には共に泣く……そんな方が殿下のお側にいたらいいなと……」
「王にはそのようなものは必要ありません」
自身の言葉を否定する冷たい声に、アディは顔を上げた。
「なぜですか?」
「それは、王の弱点になります」
「弱点……?」
「守りたいと思うものがあれば、それはその人間にとって弱点になります。王は常に完璧であるもの。ですから、弱点となりうるものなど、必要ないのです」
正論だ。
だが、人は理屈だけで生きていけるものではない。アディは、き、とルースを見上げる。
「守りたいなら、守ればいいではないですか」
「なに……?」
「大事なものなら、守ればいいと思います。弱点になるからと大切なものを切り捨てるのではなく、大切なものを守るために強くなれることもあるのではないでしょうか」
「殿下には必要ありません。彼は、生きていくためにすべてを疑う必要があった。のんきに人を信じていては、ここまで生きてこられなかったでしょう。ですから今でも殿下には、信じる相手などいないも同然です」
「ルースのことも、信じてはいないのですか?」
アディが聞くと、ルースは意外なことを聞いたように目を見開いた。そして短い沈黙のあと、ふ、と笑った。
「なるほど。確かに、おっしゃる通りですね」
「私たちのうちの誰が妃となっても、きっと殿下を支えることのできる妃となるでしょう。それまで、ご自分が殿下の信頼に足ると自負があるなら、あなたが殿下を守っていてください」
陰りのないアディの眼差しを、ルースは眩しいものでも見るように目を細めて見つめた。
「……庭を」
凪いだアイスブルーの瞳のまま、ルースは静かな声で言った。
「いつか、殿下にお会いする日が来たら、共に庭を散策されるのでしょう?」
それは、いつかアディが口にしたことだ。
急に話題を変えたルースに戸惑いながら、アディは聞いた。
「よいのですか?」
あのときは、暗にばかにするなと叱責と受けたと思ったのに。
「きっと、殿下は喜ばれます。あなたなら……」
少しだけ背をかがめてアディに顔を近づけたルースの目が、急にきつくなった。少しだけ乱暴に、ルースはアディの腕を掴んで自分の方へと引き寄せる。




