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イジワル執事と王太子は伯爵令嬢を惑わせる  作者: 和泉 利依
第四章

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「君は、いい子だね」

「な、あの……!」

「君が……に……なってくれたら……」

「何?」

 聞き取れない言葉をアディが問い返すと、フィルはアディを抱きしめたまま言った。


「それならば余計に、君も気をつけた方がいい」

「気をつけるって……どういうこと?」

 アディが目を丸くすると、フィルは体を離した。その表情は、先ほどとは違ってどこか緊張したように引き締められている。


「君が本当の気持ちを話してくれたお返しに、僕も少し助言をしてあげる。……テオフィルス殿下はね、子供のころから何度も殺されかけてきたんだよ」

「え?」

 意外なことをきいて、アディはきょとんとする。深い青の瞳が、アディを見つめていた。


「療養先で襲われたり食事に毒を盛られたりは日常茶飯事。十年以上前に亡くなった王妃だって……本当は、病死なんかじゃない。毒を盛られたんだ。この王宮で」

「まさか……!」

 思わずアディは声をあげる。


 療養先のような王宮外で襲われるならともかく、王宮内で殺されたという事は、内部に王太子を弑しようとするものがいるということだ。

 王宮は王太子にとって安全な場所ではないのかと思うと、アディの背筋がぞっと冷たくなる。衛兵が厳しくなるわけだ。

 夕べルースに聞いた時は答えてもらえなかったが、暗殺は本当にあったのだ。


 フィルは少しだけ笑んで、肩をすくめた。

「君だって、今はまだ王太子妃候補だからそれほど心配はないだろうけれど、実際に王太子妃となれば、命の危険は十分にあるんだ」

 青ざめたアディを見て、フィルは、ふ、と息を吐く。

「王太子殿下が信じられる人間は、この王宮の中でそれほど多くない。君も、ここにいるなら誰も信じない方がいい」

 アディは、天蓋の向こうに見えた王太子の影を思い出す。


 数少ない使用人たちとこの離宮でひっそりと暮らす孤独な王太子。もう長くない、と世間では言われているのに、それでも命を狙われなければならないのだろうか。


「何をしているのです?」

 ふいに低い声が背後からして、アディとフィルが振り向く。するとそこには、ルースが立っていた。


「ルース!」

 ルースは、冷たい視線をフィルに向ける。

「姿が見えないと思ったら……なぜ、あなたがここにいるのです?」

「ほんの一休みだよ。息抜きに、未来の王太子妃と少しお話を」

 睨み殺すような視線をものともせずに、フィルはにっこりと笑った。額を押さえながら、ルースはため息をつく。


「王太子妃はまだ決定してはおりません。……あなたはこんなところにいてはならないでしょう。ちょろちょろと出歩いていないで、早くお戻りください」

「わかったよ。でも、あまり僕のかわいいアディをいじめないでよね」

 じゃあね、と一言残して、フィルは軽い足取りで離宮へと戻っていった。その背を見送ってアディは、ルースを見あげる。


「ルース、彼は」

「誰もいませんでした」

「……は?」

「ここには、誰もいませんでした。あなたも、早く部屋にお戻りください。午後の講義が始まりますよ」

「……」

 どうやら、ルースも彼については語りたくないようだ。彼が何者なのか気にはなるが、知らんふりを決め込んでいるルースにそれ以上追及することも無理だろう。


「ルース、一つ教えてください」

 アディが言うと、ルースは黙ってアディを見つめる。

「王妃様が毒殺されたというのは、本当なのですか?」


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