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「君は、いい子だね」
「な、あの……!」
「君が……に……なってくれたら……」
「何?」
聞き取れない言葉をアディが問い返すと、フィルはアディを抱きしめたまま言った。
「それならば余計に、君も気をつけた方がいい」
「気をつけるって……どういうこと?」
アディが目を丸くすると、フィルは体を離した。その表情は、先ほどとは違ってどこか緊張したように引き締められている。
「君が本当の気持ちを話してくれたお返しに、僕も少し助言をしてあげる。……テオフィルス殿下はね、子供のころから何度も殺されかけてきたんだよ」
「え?」
意外なことをきいて、アディはきょとんとする。深い青の瞳が、アディを見つめていた。
「療養先で襲われたり食事に毒を盛られたりは日常茶飯事。十年以上前に亡くなった王妃だって……本当は、病死なんかじゃない。毒を盛られたんだ。この王宮で」
「まさか……!」
思わずアディは声をあげる。
療養先のような王宮外で襲われるならともかく、王宮内で殺されたという事は、内部に王太子を弑しようとするものがいるということだ。
王宮は王太子にとって安全な場所ではないのかと思うと、アディの背筋がぞっと冷たくなる。衛兵が厳しくなるわけだ。
夕べルースに聞いた時は答えてもらえなかったが、暗殺は本当にあったのだ。
フィルは少しだけ笑んで、肩をすくめた。
「君だって、今はまだ王太子妃候補だからそれほど心配はないだろうけれど、実際に王太子妃となれば、命の危険は十分にあるんだ」
青ざめたアディを見て、フィルは、ふ、と息を吐く。
「王太子殿下が信じられる人間は、この王宮の中でそれほど多くない。君も、ここにいるなら誰も信じない方がいい」
アディは、天蓋の向こうに見えた王太子の影を思い出す。
数少ない使用人たちとこの離宮でひっそりと暮らす孤独な王太子。もう長くない、と世間では言われているのに、それでも命を狙われなければならないのだろうか。
「何をしているのです?」
ふいに低い声が背後からして、アディとフィルが振り向く。するとそこには、ルースが立っていた。
「ルース!」
ルースは、冷たい視線をフィルに向ける。
「姿が見えないと思ったら……なぜ、あなたがここにいるのです?」
「ほんの一休みだよ。息抜きに、未来の王太子妃と少しお話を」
睨み殺すような視線をものともせずに、フィルはにっこりと笑った。額を押さえながら、ルースはため息をつく。
「王太子妃はまだ決定してはおりません。……あなたはこんなところにいてはならないでしょう。ちょろちょろと出歩いていないで、早くお戻りください」
「わかったよ。でも、あまり僕のかわいいアディをいじめないでよね」
じゃあね、と一言残して、フィルは軽い足取りで離宮へと戻っていった。その背を見送ってアディは、ルースを見あげる。
「ルース、彼は」
「誰もいませんでした」
「……は?」
「ここには、誰もいませんでした。あなたも、早く部屋にお戻りください。午後の講義が始まりますよ」
「……」
どうやら、ルースも彼については語りたくないようだ。彼が何者なのか気にはなるが、知らんふりを決め込んでいるルースにそれ以上追及することも無理だろう。
「ルース、一つ教えてください」
アディが言うと、ルースは黙ってアディを見つめる。
「王妃様が毒殺されたというのは、本当なのですか?」




