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「私の父は、とても穏やかな人で、上手に土地を治めていて領地の人々にもすごく好かれているわ。娘のひいき目じゃなくて、多分それは本当」
アディは、いつもにこにこと楽しそうな父の姿を思い浮かべる。
「けど親戚たちの中には、それではだめだ、っていう人もいるのよ。今の領地で満足することなく、もっと土地をひろげるために、父の代わりに領主になろうとする人達もいるの。領地が発展することはよいことよ。でも彼らがやろうとしている手段は、きっと貧富の差を激しくするでしょう。父は、穏やかな今の領地とそこに住む人々を、守りたいのよ」
領民の税を重くするべきだ、と彼らは言う。どこの領地でもやっていることだからと、国から決められた税率を平気で越えようとする親族たちを、モントクローゼス伯爵は毅然とした態度で跳ねのけた。
「そういう人たちがね、モントクローゼス家が困窮していることを理由に、父を領主の座から下ろすつもりなの。今十六歳の私の弟が十八になる時に、伯爵の地位を継ぐための親族会議が開かれるわ。通常なら形ばかりの会議だけど、もしそこで何か言われても、その時に私が王太子妃だったらこんな強力な後ろ盾はないじゃない。誰にも文句は言わせずに、弟を領主にすることができる。弟は、口と性格は悪いけど、きっと父の跡を継いでいい領主になってくれるわ」
長男しか跡を継げないのが国の決まりだが、例外はある。それは、領主が適当でないと親族会議で認められた場合だ。血族の男性であれば、直系に近いものからその領地を継ぐ資格はあるのだ。
アディは、その時までに家の財政を立て直しておくつもりだった。そのために王宮で働いて給料をためておこうと思っていた。アディが知る勤め先の中では、王宮が一番給金が良かったのだ。
「でも、結婚するなら好きな人と、って思わなかったの?」
アディは、まじまじとフィルを見つめる。
「フィルは貴族じゃないの?」
「なんで?」
「だって、貴族の結婚なんて政略結婚が当たり前ですもの。好きだの嫌いだのなんて本人の感情が優先されるとは思わないわ」
それは少し嘘だった。両親がお互いに心から愛し合っていたことをアディは知っているし、二人はアディの理想だった。
アディの言葉は、まさに政略結婚をしようとしている自分への言い訳と、単なる強がりだ。
「貴族にだって感情はあるよ。もし好きな人がいたら、その人と一緒になりたい、って思うのが普通でしょ」
自分の言葉を否定されて、アディは嬉しくなる。
「私もその考えには大賛成よ。でも、私が王太子妃になったら家や領地の人々を守ることができるの。それはとても魅力的だわ。あ、だからといって」
アディは、つい本音をもらしてしまったことに照れるように笑った。
「別に、私さえ我慢すれば、なんてしおらしく思っているわけじゃないのよ? 私だって、ちゃんと幸せになりたいもの。お嫁に行くなら好きな人のところに、って言ってくれた父様の気持ちをくんであげられなかったのは心残りだけど……でも私、後悔はしてないし、今は本当に、王太子殿下の側でお力になりたいと思っているの。それは、本当だからね」
照れ隠しのように笑ったアディを、フィルはふいに抱きしめた。
「フィ……フィル?!」
ふわり、とかすかに甘い香りがアディの鼻腔をくすぐる。




