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長い指をのばしてルースは、つい、とアディの顎をすくった。端正な顔が目の前に近づいてアディは、息をのむ。妖しく細められた目が、とてつもなく色っぽい。
「あなたは、自分の事では決して怒らなかったのに、殿下のためには怒ってくれるのですね」
「だって、それはルースが……!」
「やはりあなたはあのぼんくらにはもったいない。どうです? 私のものになりませんか?」
言いながらルースは、さらに顔を近づけてきた。あわててアディはその手をはずしてあとずさる。だがすぐに背中が壁についてしまった。そこでアディは、思い切り首を振る。
「だだだだだめです! なりません!」
「何故です? 私の方がずっと、いい男ですよ?」
とん、とルースが片手を壁についた。アディの肩の、すぐ、横に。
「そんなこと! わ、私は直接殿下にお会いしたことがありませんので比べられませんわ!」
必死なアディの声が上ずるのを、ルースは面白そうに見下ろしている。
「比べる必要などありません。私の方が絶対に男前です」
「きっと私は殿下の方が好みです!」
「強情ですね」
「ルースがおかしいのです!」
「まあ、いいです。いずれ……」
独り言のように言って硬直するアディにふいに背を向けると、ルースはスタスタと歩き出す。
「さあ早く部屋へ戻りますよ。あまり城の中をふらふらしておられると、下手をすると反逆罪を疑われてしまうかもしれません」
「反逆罪?」
何事もなかったような様子のルースに、警戒して距離をとってついていきながら、アディは眉をひそめた。
「たとえば、あなたが王太子を暗殺しようとしていると疑われる、とか」
「あ、暗殺?! そんなこと、考えていません!!」
「そうでしょうね」
あわてふためくアディに、ルースは涼しげな顔で返す。
「あなたに、そのような難しい考えが持てるとは思えません」
「……それは、私が単純だとおっしゃりたいのですか?」
「とんでもございません」
ルースは、目を細めてくすりと笑った。
「あなたに、人を殺めることなどできない、という意味です」
褒められているのかけなされているのかはその表情からは読み取れなかったが、彼がおもしろがっていることだけはわかったので、アディは少しだけ膨れて黙り込んだ。
そんなアディをルースはしばらく観察していたが、また前を向いてもとの飄々とした表情に戻った。
「ただ、そう疑われることもあるかもしれない、という事です。場合によっては衛兵に捕縛されることもあるかもしれません。どうか、言動にはお気をつけください」
やけに真剣なその言葉が、アディは気になった。
「王太子殿下を暗殺しようなどと考える者がいるのですか?」
ルースは答えない。次に彼が口にしたのは、アディの疑問の答えではなかった。
「会いたいですか?」
「テオフィルス様に、ですか?」
ルースが頷いたので、少し考えてから、アディは、はい、と答えた。
「……会えますよ。あなたなら、いつかきっと、ね」
ちらりとアディに向けられたその瞳には、月の光が淡く映っていた。




