- 8 -
「そんな言い方は……」
アディのたしなめるような言葉にも構わず、めずらしく低い声でルースは続けた。
「思う存分出歩くことも好きなこともできず、早く死ぬことを世間には望まれて。かと思えば、ただ跡継ぎを残すことだけを期待されて望みもしないのに女性をあてがわれる。……彼は、一体なんのために生きているのでしょうね」
皮肉めいた言葉の中に一抹の寂寥を感じて、アディは言葉をなくす。
それがテオフィルスの現状だとしても、改めて口に出すとそれは恐ろしく現実味を帯びてアディの目の前に広がった。
と同時に、それがよりにもよってルースの口から出たことに、アディは憤りよりももう少し強いふつふつとした怒りを覚える。
ぐ、と手を握りしめて怒りを堪えるアディに気づかずに、ルースは、空の月を仰ぎ見ながら笑みすら浮かべて言った。
「誰も彼のことを見ることもなくいないものとして扱うのなら、いっそのこと王太子などさっさと死んでしまえば……」
「ふざけないでください!」
ふいに声を荒げたアディに、ルースは驚いて口を閉ざした。アディは、それ以上はもう我慢できなかった。
「あなたは、いったい何をしているのですか?!」
「私が……なんですか?」
「あなたは、殿下に一番の信頼を置かれているのではなかったのですか? なのになぜ、そのあなたが彼の幸せを願わないのです?! あなただけは……」
アディは、両脇に下ろした拳が震えるほど握りしめた。その様子を、ルースは目を丸くして見ている。
「あなたが、殿下の未来を信じなくてどうします? たとえ王宮の誰もが、この国の誰もがすでに彼を見限ったとしても、あなただけは最後まで殿下の側にいるという覚悟はないのですか? 殿下に一番信頼をいただいている自覚があるのなら、そしてそれを誇りに思うのなら、あなただけは何があっても殿下を信じていてください。あなたはそれを殿下に許されているのですから! それなのに……なにふざけたことを言っているのですか、このあんぽんたん!」
鼻息荒く言い切ったアディを、ルースは、じ、と見ていた。二人の間に、しんとした沈黙が横たわる。
と。
くしゃり、とその顔が歪んだかと思うと、突然ルースが笑い出した。声をあげながら、笑うルースを、アディは呆気に取られてみている。
それは、初めて見る姿だ。
片手で顔を隠しながら、ルースは言った。
「も、申し訳ありません。ですが、やはりあなたは……」
「はあ……」
いまだくっくっと息を整えながら笑う姿は、普段のすました態度からは想像もつかない。
「そうですね。私こそ、彼の未来を信じなくてはなりませんね」
「そ、そうですよ!」
ここぞとばかりにさらに、ぐっと拳を握りしめて、アディは言った。
「私だって、王太子妃となったあかつきには、妻としてお側で殿下を支えていくつもりですもの。そうなったら私は、あなたの主の妻ですよ! きっと私がこき使って差し上げますから覚悟するといいですわ!」
「その元気があれば、きっとあなたは殿下の力となれるでしょう。それに」
ルースは、にやりと笑った。
「ようやく、地が出ましたね」
言われて、は、とアディは気づいた。
(やってしまった……!)
よりによって王太子妃の決定権を持つルースの前で、つい地を出してしまった。青くなったアディを見ながら、ルースが少しだけほつれた自分の前髪をかきあげた。
「やはりその方が、あなたらしい」
「……は?」




