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ルースはもうメイドたちのことなど忘れたように振り返ると、自分の胸元からハンカチを取り出してアディのドレスを拭いた。
「申し訳ありません、少しかかってしまいました。使用前の水だったのは幸いでしたね」
「……どうせこんな時代遅れのドレス、濡れたところでどうとも」
先ほどの恨みを込めて、アディは小さく言った。ルースは、ちらり、とアディを見上げてから立ち上がる。
「これは時代遅れと言わずに、伝統的というのです。そんなこともわからないようでは、せっかくこのドレスを用意してくださったご家族に失礼ですよ」
「え?」
きょとんとアディが目を丸くすると、水たまりをよけてアディを先導しながら、ルースが言った。
「確かに流行りのものではありませんが、この刺繍はこの国の古い伝統的な文様で描かれたものです。これだけのものが刺せるということは、よほど良い職人の手によるものなのでしょう。わざわざあなたの瞳の色に合わせて、銀の布で作らせたのですね。王太子妃としてキリノアへ向かう娘への、最高の贈り物です」
アディは、唖然としてその言葉を聞いていた。
「では、なぜ……」
あんなふうに不機嫌な顔で、馬鹿にしたようなことを言ったのだろう。
それには答えず、ルースはある部屋の扉を開いた。
「こちらでしばらくお待ちください。濡れたものを着替えてまいります」
そう言ってあとを部屋のメイドに任せると、ルースはさっさと背を向けて行ってしまった。
その背を見ながら、アディは少し混乱していた。
馬鹿にされていると思っていたのは、アディの勘違いだったのか。ルースはちゃんと、このドレスに籠められた意味を見抜いていた。
(だったら素直にそう言えばいいのに……変な人。)
そう思いながら、アディは案内された部屋へと入る。
そこには、すでに二人の女性がいた。おそらく、彼女たちも王太子妃の候補なのだろう。
一人は、金の髪に勝ち気な瞳をした女性。もう一人は栗色の髪をした優しそうな女性。対照的な二人が、それぞれソファに座っていた。
アディはなんとなく二人に会釈をすると、立ったまま窓から外を眺める。
綺麗に手入れされた庭には、色とりどりの花が咲いていた。
(日当たりのいい庭……ああそうね、そろそろとうきびを撒かなきゃいけない時期だわ。ランディ、ちゃんとやってくれるかしら)
今の騒ぎで実家を思い出したアディは、そんなことを思う。
見るともなしに振り返ると、金髪の女性はつんとした表情のまま姿勢よくソファに腰掛けていた。アディのことなど、一瞥もしない。
対して栗色の髪の女性は、振り返ったアディに気がつくと、にこり、と笑みを返してくれた。
(なんか、二人とも賢そう)
アディは、美人の二人を目の前にして少しばかりくじけそうになってしまった。
これから幾人の令嬢が現れるのかはわからないが、この中で勝ち残っていかなければ王太子妃にはなれないのだ。
(弱気になってはだめよ。必ず勝って、値段を気にせずにキャベツを買えるようになってみせるわ!)
アディの思考にまで、貧乏生活はしみついてしまったようである。




