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7:好機を待っていた男

 王国の東にある辺境の地には、長年に渡ってここを本拠としてきた者達がいる。

 通称、罪飼いの一族。

 彼らは訳有りの人間の監視や軟禁、あるいは監禁を受け持つことで、見返りとして王国から便宜を与えられてきた。


 そんな彼らの所有する、周囲を城のように高い塀で覆われた村。

 かつてこの国の王だった男カインは今、その村の唯一の住人として生活していた。

 

 国王だった頃とは比べるまでもない、粗末な服、粗末な食事、そして粗末な家。

 嫉妬に狂う大衆にとっては、溜飲を下げるに絶好の姿がそこにあった。


 生活は基本的に自給自足。

 朝から晩まで畑を耕し、冬や不作に備えて保存食を作る。 

 しかし作りすぎては駄目だ。

 生活にゆとりができれば、空いた時間でここを抜け出す準備をしているのではないかと疑われる。

 結果として、それらは税の名目で取り上げられるだけだ。 


 身の回りの品だって同様である。

 生活を少しでも楽にしようと道具を工夫したりすれば、やはりすぐに取り上げられる。

 塀の外には出られないので、狩りをして腹一杯になるだけの肉を手に入れることも、あるいは武器に使えそうな材料を手に入れることもままならない。


 彼らは罪飼いの一族。

 決してカインを逃がそうとはしない。


(……)


 しかし彼はまだ諦めてはいなかった。

 王の地位を奪われてから十年。

 格上を見下すことを性根とする者達から見れば、屈辱的で惨め以外の何物でもない生活。

 ひたすらに目の前で死んでいった臣下達の姿を思い浮かべながら、彼は千載一遇の機会が訪れるのを伺っていた。

 

 世界には賢者も善人もいない。

 人は完璧にも理想的にもなれない。


 だが、それよりもむしろ重要なのは、そこに美学があるかどうかということだ。

 そして美学とは即ち、何かしらの信念を貫くということである。


 いよいよ三十代の後半に差し掛かった男は、ただひたすらに、その一本を貫き通そうとしていた。


 そして――。


 ついにその時は来た。



 一日の仕事を終え、いつものように粗末な布団に入ったカイン。


 臥薪嘗胆。


 今日も日課として”あの時”のことを思い出す。

 時間と共に薄れていく復讐心。

 もちろんそれを忘れないようにするためだ。


(あれから、もう十年か)


 元々が王には相応しくない性格だと言われていただけあって、今の生活に慣れるのに時間は掛からなかった。

 人々から後ろ指を差されているのは想像に難くないが、しかしカイン本人としてはそれほど堪えていない。

 むしろ国王らしい振る舞いを心がけていた頃の方が、よほど肩が凝ったぐらいだ。


 王宮の庭で泥遊びに夢中だった子供の時代のカイン。

 それをどうにかして王族らしくしようと奮戦していたマグロイの愛の鞭が、今となってはひどく懐かしい。

 

 カインはノスタルジーに浸りかけた自分に気がつくと、感情を引き戻した。

 過去はどうすることも出来ない。

 考えるべきはこれからのことだ。


 いったいどうすれば”目的”を達成できるのか。

 

 厳しいのは、やはり罪飼いの一族の監視下に置かれていることだろう。

 そのせいでこの十年間は全く準備ができなかった。

 流石に焦らないと言ったら嘘になる。


(とにかく、まずは監視を掻い潜るところからだ。武器をどうにかして確保しないと)

  

 準備が出来なかったと言っても、この十年間に何もしなかったわけではない。

 ここを抜け出すにはどうしたらいいかと、色々と探りは入れたのである。

 そして、”自由の身になるためには監視を殺して出ていくしかない”というのが、カインの出した結論だ。


 高い塀を、監視に見つからずによじ登るのはまず不可能。

 監視をしている兵達は互いに顔見知りなので、なりすまして抜け出そうとしてもすぐにバレてしまう。

 こうなったらもう正面から押し込むのが一番希望がありそうだと判断した。 


 しかし普段の畑仕事で鍛えているとはいえ、栄養状態の悪い体では正面から何人も相手にするのはまず不可能。

 まともな武器は殺した相手から奪うにしても、最初の一人だけは速やかに処理するための道具を自分で用意しなければならない。


 なにせ、王族として育ったカインには武道の経験が殆ど無いのだ。

 そんな彼が、自分よりも体格に優れ、おそらくは対人戦の訓練も受けているであろう敵を速やかに処理する方法。 

 果たしてそんなものがあるのだろうか?


(身の回りにあるのはほとんどが木。せめて刃物の代わりになりそうなものがあれば……)


 調理をするための包丁はもちろんのこと、畑仕事をするための道具も全て木製というのは、中々に徹底している。

 金属も無ければ、ガラスや陶器の類も無い。


(地面から使えそうな石が出てくるのを待つしかないか……)


 いつものようにそんなことを考えながら、カインの意識は闇に落ちていった。


 ……この日がいつもとは違ったのは、この後からである。


「……ン」


「……イン」


「……カイン」


(……なんだ?)


 夢の中で、カインは知らない女の声に呼びかけられていた。

 奇妙な感覚だ。

 意識は起きている時のようにはっきりとしているのに、ここが夢の中だと断言できる。

 

「ようやく気が付きましたね、勇者カイン」


(誰だお前は? それに勇者? 勇者はヒロトだろう?)


 何食わぬ返事をしながら、カインはこの声の主が誰かを考え始めた。

 可能性が最も高いのはやはり……。


「ヒロトでは力が足りません。彼では先日出現した新たな魔王に勝つことは出来ないでしょう。カインよ。新たな勇者として魔王を打倒し、この世界を救うのです」


(ほう? ヒロトが勝てないのに俺なら勝てるのか?) 


 最初の問いに相手は答えなかったが、しかしこの言葉でカインは確信した。

 コイツは――。


 ……女神だ。


 この世界の女神、アクシル。

 当然のことながら声を聞くのはこれが初めてであるし、まだ本人が名乗ったわけではないが、それでも他に可能性はないと判断した。

 この十年間、カインは外の情報を一切入れることが出来なかったが、この言い方からすると、ヒロトは未だ健在のようだ。

 それを早々に諦めてこちらにコンタクトを取ってくるということは、それだけ魔王を早く倒したいということなのだろう。


「ヒロトに与えた勇者の福音はBランク。今回は特例として、最高ランクであるSSSランクの福音を貴方に与えます」


 勇者の力がランク分けされているとは知らなかったが、どうやら今回の魔王はそれだけ脅威度が大きいらしい。

 しかしその最高ランクの勇者の力で果たして足りるのかどうか。

 ……保証はどこにもない。

 足りるのならこれは好機だが、足りない場合はとんでもない貧乏くじだ。


(……そもそも、そこでなぜ俺なんだ? 戦えそうな奴なら他に幾らでもいるだろう?)

 

 そもそもだ。

 そこまでして魔王を倒して欲しいならば、もっと武に秀でた者を選んだ方が良いはずだ。

 カインは女神の言葉に、何か胡散臭いものを感じ取った。


「適性の問題です。今回の魔王は過去のどの魔王よりも遥かに強力。その力は既に魔王というよりも魔神の域にすら踏み込み始めています。勇者の力を全て発揮し、それに対抗できる素養を持っているのは、貴方しかいません」


 別に王族の血に何か特別な力があると言うわけではない。

 ただひたすらに研鑽を積み、秀でた者達の血を多く取り込んできたというだけの話だ。

 所詮はただの人間。

 でなければ、カインが国王の地位を追われることも無かった。

 

 そんな自分が勇者に最適だというのか?


 ヒロトならばその言葉を無条件に信じたのかもしれないが、残念なことにカインはそこまでお花畑ではない。


(そんなことをして俺に何の得がある? もはやこのまま死を待つ身だ、世界がどうなったところで関係はない)


 半分ぐらいは本音だ。

 少なくとも、この世界に明るい何かをもたらしたいとは微塵も思っていないのだから。


「……名誉を失ったままでは悔しいでしょう? 再び人々に歓迎されたいとは思いませんか?」


(どういう意味だ……?)


 その言葉の数瞬後、カインは直感した。

 この女は焦っている、と。

 詳細まではわからない。

 しかし何か不測の事態に直面しているのだろう。


「無事に魔王を倒せれば、貴方は晴れて英雄です。きっと人々も貴方を歓迎して受け入れるでしょう」


 どうやら、この女は根本的に履き違えているようだ。

 とはいえ、この好機を逃す手はない。

 カインは女神に話を合わせることにした。

 目的の達成は感情よりも優先される。


(……いいだろう。だが具体的な方法はどうする? いちいちお前に判断を仰いでいる余裕があるとは思えんぞ?)


「確かにそうですね……。いいでしょう、詳細は貴方におまかせします。とにかく魔王を倒すことを最優先にしてください」 


 冴え渡る精神。

 この女は、自分が未だ衆愚じみた地位や名声に執着があると思っている。

 となれば――。


 惰弱な選択の廃棄。

 カインはここが分岐点と見て踏み込んだ。


(ヒロトはどうする? ”勇者が複数いると”色々と面倒が増えると思うが?)


 カインは考えた。

 この女は自分を魔王にぶつけたい。

 勇者ヒロトではなく、勇者カインをだ。 


 しかしヒロトを切り捨てたいとも思っていない。

 そうでなければ、先程の発言はおかしい。

 なぜならそこは”人々に受け入れられたくはないか”ではなくて”ヒロトを蹴落としたくはないか”と囁くべき場面だ。

 

 この矛盾は弱み。

 つけ入るべきは今。


 もっとこちらに有利な話を引き出せるはずだ。


「……この世界に勇者は一人で十分です」


(そうか)


 カインはあえてその意図を聞き返さなかった。

 自分にとって最も都合の良い解釈を押し通すために。


 もしかしたら、この女はヒロトから勇者の力を取り上げるつもりなのかもしれない。

 しかしそれでは駄目だ。

 だからこそ、カインはその意図を聞き返さなかった。


 ”魔王を殺し、そして勇者ヒロトも殺せと女神に言われた”と言い張るために。


(そういえば聞くのを忘れていたな。お前は誰だ?)


 さあ、答え合わせだ。

 これが当たっていても外れていても問題はない。

 これまでの会話の全ては、こちらの都合の良いように解釈させて貰う。


「私はアクシル。この世界の神です。新たな勇者カイン。改めて女神の名の下に命じます。一刻も早くあの魔王を滅ぼすのです。あれは……、あまりにも危険すぎる」


 その言葉を聞いたのを最後に、カインの意識は再び闇の中に戻っていった。


 そして次の朝。


(さて……。夢か現か、試してみるか)


 まずは現状の確認をしようと、カインは布団の外に出た。

 あんなにはっきりとした夢を見たのは初めてだから、何かしら変化が起きている可能性は高いが、しかしいよいよカイン自身の気が触れた可能性も残っている。


(ああ……、なるほど)


 どこに監視の目があるかわからないので、いつも通りの行動をしながら確認していこうとしたカイン。

 木製の鍬を持った直後、彼は違和感に気がついた。

 

 いつもよりも軽い。


 筋力も体力も、前日までとは明らかに違う。

 一日を掛けて自分の体の変化を注意深く観察したカインは、ついにその時が来たのだと結論付けた。


 この体なら、自力でここから抜け出せる。

 果たして勇者ヒロトと戦って勝てるかどうかはまだわからないが、そんなことは関係ない。

 別に戦う必要など、どこにも無いのだから。


 世界には賢者も善人もいない。

 人は完璧にも理想的にもなれない。


 だからだ。


 待っていた、この時を。


 待っていた、この好機を。


 待っていた、世界に悪意を撒き散らす時代を!


 あれから十年。


 ついに反旗の時は来た。


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