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20:”ボスおむつ”は動かない

 聖女軍との戦いのために”おむつ”達が出発した後、彼らが過ごしていた小屋は空になっていた。

 ……いや、正確には例外が一人と一匹。


「動きな……、さいっ! ふぬぬぬぬ!」


 シュメールは手綱に全体重を掛けて引っ張った。

 その先には”おむつ”達の中でも特別に大きな”ボスおむつ”が繋がれている。


「……」


 しかし”ボスおむつ”は動かない。

 働いたら負けだと言わんばかりに座り込んで、完全に防御の体勢だ。


 いや、働いたら負けということは、この行動はむしろ勝利を目指して攻めていると言えるか?


「はぁっ! はぁっ!」


 シュメールは両肩を揺らして息をした。

 女神としての力を制限されている現状、彼女にはこの”ボスおむつ”を動かすだけの力はないということだ。


 確か先日は普通の”おむつ”達に殺人技を掛けていたはずだが、そこまでだったということだろう。


「な、なんで動かないの……」


 頭部には兜を付け、背中には人を乗せるための獣具を付け、戦うための準備を整えるのには一切抵抗しなかった”ボスおむつ”。

 その瞳には確かに戦う意志を宿しながら、しかし彼は頑なに動こうとしなかった。



 魔王アベル率いる魔王軍。

 聖女リリアナ率いる聖女軍。


 両者は王都でついに相対した。


「いよいよだな。あんなでかいのと戦うのは初めてだ」


「ああ……」


 王都の外壁に立った魔王アベルは、副官カルクの言葉に曖昧に頷いた。

 周囲にカインの姿はない。


「でも本当に良かったのか? 一人で行かせても?」


「本人がその気になってるんだ。……背に腹変えられないのも事実だしな」


 敵の数は事前の報告通り、概算で五万。

 対するこちらは一万五千程度か。


 魔王軍に有利な材料は魔王アベルと勇者カイン、それに王都の外壁と各種防衛兵器ぐらいだろうか?

 外壁の内側では背中に人を乗せた“おむつ”部隊が、自分達の出番を今か今かと待っている。


 新品のおむつを与えられた”おむつ”達はやる気満々だ。

 それでいいのか、お前達は……。


「アベル。一応だが女神もいるぞ?」


 カルクは良い奴だ。

 彼は完全に戦力外扱いのシュメールにも言及してくれた。


「ああ、そういえばそうだった。……つい忘れるな」


 やはり彼女には”女神感”が足りない。

 敵軍からは『聖女』リリアナの神聖な感じがビシバシ伝わってくるというのに、こちらの女神からはさっぱりだ。


 今更になってシュメールは本当に女神なのかという問い合わせが殺到したのも無理はないだろう。

 ”彼女が本当の女神だ”という回答を聞いて、肩を落として帰っていく魔族をこの数日で何人見たことか。


 みんなだって、儚げで健気で凛々しい美少女の方がいいのだ。

 いったい何が嬉しくて、彼氏いない歴イコール人生の大変に残念なポンコツさんを、女神と崇めなければならないのか。


 まあおかげで敵に対する”うらやまけしからん”的な感情が士気を上げてくれてはいるのだが……。

 果たしてこれを素直に喜んで良いものどうか。


「まあいい。とにかく今はこの戦いだ。予定通り、あのでかいのは俺が止めに行く。指揮は頼んだぞ」


「おうよ。あとは向こうの出方次第だな」



「聖女様! 教皇聖下! 戦いの準備が整いました!」


「よろしい」


 王都を半方位するように展開した聖女軍。

 その中央で、新たな教皇となったドクトリンは満足げに頷いた。


「聖女様。今こそ我らをお導きください」


 彼は自分よりも高い椅子に座った『聖女』リリアナの前に移動し、跪いた。

 彼女の後ろには『聖獣』ルシアが鎮座している。


 聖女軍の人々にとって、それは神の威光であり約束された栄光だった。

 椅子駕籠に乗ったリリアナはその場で立ち上がると、やけに通る声で宣言した。


「はい。さあ皆さん、共に悪しき魔王を打ち払い、この世界に希望の光をもたらしましょう」


 悪しき魔王?

 それはつまり善き魔王もいるということだろうか?


 砂上に城を建てるのと同様、自分達の事情で揺らぐ価値観に大事を成すことなど出来はしないというのに。


「うおおおお!」


「聖女様バンザイ!」


「悪魔を血祭りに上げろぉぉぉぉ!」


 世界の三分の一は無能、他の三分の一は悪人、そして残りの三分の一は有能でも善人でもない。

 人々は行動の結果が正当性をもたらすのではなく、正当性があるからこそ自分達の勝利約束されていると思っていた。


 自分達は正しい。

 だから何をしても構わない、全てが上手くいくのだと。


 宗教とは独善と怠慢、そして欺瞞と二重規範をもって初めて成立する。

 つまり薄情者達の学問なのだ、それは。


 ブォォォォォォ!

 ドォン! ドドドドドォン!


 角笛が戦場に鳴り響く。

 開戦の合図とばかりに、聖女軍の大砲が次々と火を噴いた。


「来たか」


 アベルは敵の攻撃の気配を即座に察知すると、即座に王都前面に見えない壁を展開した。

 大砲の弾が宙で何かにぶつかり爆ぜる。


 勇者の力の一つである見えない壁。

 それはシュメールが創り出した新たな聖鎧の力によって、以前よりも数段上の強度を獲得している。


 この程度の攻撃など、元から論外だ。


「なんだ?!」


「あれが噂に聞く魔王の力か?!」


 聖女軍の人々は、前のめりになった体に自分自身で待ったを掛けた。

 大砲が効かない相手に挑むなど、ただの愚か者でしかないと。


 そんな彼らの背後から『聖女』リリアナの声が響く。


「みなさん、恐れる必要はありません。悪はどこまでも悪。その全ては等しく神の力の前に跪くことでしょう」


 『聖女』リリアナの意を受けて『聖獣』ルシアが動いた。

 四足獣は大きく口を開き、王都に狙いを定め――。


 ――ドゥン!


 爆音と共に『聖獣』ルシアの頭部が銃身のように跳ね上がり、そして空間が歪んだ。

 圧縮された空気が先程砲弾の止められた”面”へと一直線に向かっていく。


 魔族達はその結末を予想した。


 アベルの見えない壁は固体である砲弾ですら止めたのだ。

 ましてや気体の塊である空気弾など……。


 しかし――。


 ミシッ!


「――何!」


 アベルは予想外の事態に目を見開いた。


 確かに減衰はした。

 しかし見えない壁は破られ、『聖獣』の放った空気弾を完全に止めることは出来なかった。


 ドウゥゥゥゥゥゥンッ!


 残響の手本のような音が王都に響く。


「うおっ!」


 隣りにいたカルクを始め、魔王軍からいくつもの声が上がった。


 アベルの見えない壁を破った空気弾は、王都周辺に暴風をもたらしたのだ。

 折れそうなほど大きく揺れた旗がその威力を物語る。


 相殺、と言うには少し分が悪いか。


「よし、行くぞ!」


「続け続け!」


 壁が破られたことを理解した聖女軍の兵達。

 彼らは今度こそ意気揚々と前進を始めた。


 それは果たして彼ら自身の信念によるものだろうか?

 あるいはドクトリン同様、『聖女』リリアナの放つオーラに当てられての行動なのだろうか?


 人はわかりやすい勝ち馬に乗りたがる。

 ならば彼らの行動はとても人間らしいということか。


「チッ!」


 兜の奥で舌打ちしたアベルは、再び見えない壁を張り直した。

 少なくともこれで相手の戦術はだいたいわかった。


 『聖獣』を戦いの主軸にしてくるとは予想していたが、まさか固定砲台として使ってくるとは。

 当然といえば当然だが、向こうも馬鹿ばかりではないらしい。


 確かにこれならば、『聖獣』を孤立させること無く使うことが出来る。

 アベルの見えない壁は、カインのそれに比べて威力は高いが射程に劣るため、『聖獣』の攻撃から味方を守ろうとするとこの位置から殆ど動けない。


(あのでかい犬……、シュメールの懸念どおりか)


 『聖獣』ルシアの攻撃で魔王アベルと勇者カインを無効化し、あとは数の優位で押しつぶす。

 ……まあそんなところだろう。


(だが……)


 魔王の兜の奥で、赤い瞳が輝いた。


 全てが想定通りではない。

 しかし計画を変更するほどでもない。 


 巨獣を睨みつけたアベルの視界の一番奥には、森の中から敵陣の背後目掛けて飛び出した双子の兄の姿が見えていた。



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