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17:神の裁き

 王都の東にある山道を、ポルカ率いる四千人の教会軍が進んでいた。

 目的はもちろん魔王軍を王都に釘付けにすることである。


 ポルカはもう一つの部隊を任されたファルゴとは違い、政治的な野心というものを持っていない。

 しかしそれでは彼が賢明な人物なのかと言えばそうでもなかった。


「前進! 前進だ!」


 彼は熱心な女神教徒だった。

 彼は賢明ではないが懸命だった。


 これは女神の名を騙る不届き者達を罰する聖戦。

 そんな大義名分を本気で真に受けた一人だったのである。


 そう、彼は極めて熱心な女神教徒だった。

 

「前進! 前進だ!」


 無能な働き者が組織の頭となればどうなるか、そこに説明は不要だろう。


 原理主義は全ての説得を受け付けない。

 ポルカはただ脅迫的な信仰心と共に、部隊の先頭を走っていた。


 指揮官が最も攻撃を受けやすい位置で奇襲すら警戒すること無く進んでいく。

 まだ戦いは始まっていないというのに、こんなところで余計な体力を使ってどうするというのか。


 そんな敵の動きを、暗闇の中から一対の赤い瞳が観察していた。


 その視線はまるで猟犬だ。

 月明かりすら碌に届かない深夜の森では、その純白の鎧とて目立つものではない。


「前進! 前進だ!」


 もしもこれが先代の勇者ヒロトだったなら、きっと堂々と正面から登場して敵に挑んでいただろう。

 勇者という称号に対し、こうあるべきという勝手な願望を投影していたに違いない。


 しかし今代の勇者カインはその選択肢を即座に否定した。


 敵の先頭にいるのは無能な指揮官。

 それは戦場において殺すのが最も惜しい存在だ。


 生かして放置しておけば、それだけで敵に損害を与え続けてくれる。

 そう判断した勇者は、細長くなった敵が通り過ぎるのを待った。

 

 全速とは言わないまでもかなりの速さで走り抜けていく敵に、周囲を警戒する余裕は無い。

 勇者は敵が全て通過したのを確認すると、背後から最後尾にいた四人に襲いかかった。


 腰から二本の剣を抜き、強化された脚力に物を言わせて一気に距離を詰める。

 

(これは……?!)


 カインは自分の疾走する速度に気付いて驚いた。

 純白の聖鎧が機動力を強化してくれるとは聞いていたが、予想以上の水準だ。


 勇者の力だけでも常人を超える身体能力だったが、これはもう次元が違う。

 距離を置くも詰めるも自由自在、普通の人間が相手ならば防御という概念そのものが不要かもしれない。


 まるで自分が風そのものになったようにすら思えてくる。


(シュメールめ……。役立たずかと思ったが、腐っても女神か)


 カインは内心で彼女の評価を大幅に情報修正した。

 聖鎧の色が夜間に見つかりやすい白なのはいただけないが、それを差し引いても十分な恩恵だ。 


(帰ったら礼の一つぐらいは言っておくか)


 あの女神はどんな反応をするだろうか?

 勇者の中で想像が膨らんでいく。


『ふっ! ついに私の素晴らしさが理解出来たみたいですね! いいでしょう! 存分に称えなさい! ちなみに献上品は焼き菓子がオススメです! ちゃんとミルクティーもセットでですよ!』


「……」


 ガシュガシュガシュガシュ!


「ぎゃ?!」


「ぐぅ?!」


 勇者は必要以上に力を込めて、最初の四人を斬り捨てた。


 前言撤回、褒めるのは無しだ。

 どうせ焼き菓子を用意するなら、魔獣達にでもくれてやった方がよほど良い。


「なんだっ?!」


「敵襲! 敵襲!」


 背後から静かに襲って数を減らしていくつもりだったというのに、無駄に派手にやりすぎたせいで気付かれてしまったではないか。

 勇者は女神に焼き菓子を献上するという選択肢を完全に消滅させてから、次の敵へと襲いかかった。


 ……ここからは手加減無しだ。


「ぐわっ!」


「あがっ――!」


 戦場に身を置く者達がなぜ名誉の死を求めるのか。

 勇者は次の四人を瞬時に屠り、それを端的に表現した。


 純白の鎧には、まだ彼らの血は一滴も掛かっていない。

 背後から人を次々と喰らっていく、白い暴風。


 月明かりの下に白い鎧が晒され、二本の聖剣が輝く。

 猟犬のように敵を狙う赤い瞳は懺悔する時間も許そうとはしない。


 数百人が斬り落とされた段階になって、先頭にいたポルカもようやく異変に気がついた。


「背後からだと?! 卑怯者め!」


 ポルカは憤慨した。


 戦いとは正面から全力でぶつかり合うもの。

 そんな固定概念が、戦場での正義を受け入れない。


 マナーはあってもルールはない。

 それが戦場だというのに。


「相手はたった一人ではないか! なんという体たらく! 信仰心が足りん!」


 背後から迫ってくる敵が勇者一人しかいないことを理解したポルカは、既に斬り捨てられた者達の名誉を切り捨てた。


 信仰心は全てに勝る。

 こんなところで死ぬ者は信仰心が足りない、と。


「迎撃! 不届き者を叩き潰せ!」


「はっ!」


 自分達は神の信徒。

 成功は約束されている。


 これは聖戦。

 神を信じる限り、勝利という結果は確定している。


 ――つまり信仰心さえあれば勝てる!


 そんな実態無視の精神論と共に、ポルカはメイスを振りかざした。

 先程通ったばかりの道を、僧兵達が戻っていく。


「この――、ぎゃ?!」


「うわぁぁぁあぁぁぁ!」


 人は他人の失敗を見て嗤い、そして後に同じ轍を踏む。

 この時の彼らもまたその例に漏れず、味方を飲み込んだ白い猛威に突っ込んでは、次々と命を捨てていった。


「ひ、ひぃいいいぃぃぃ!」


「痴れ者!」


 ガギッ!


 腰を抜かして敵前逃亡しようとした味方を見つけたポルカは、メイスでその頭部を叩き潰した。


「何をしているのだ! 信仰心が足りん!」


「し、しかし……」


 敵から一番遠い位置で指揮官が喚き散らす。

 しかし他の僧兵達は及び腰だ。


 挑んではその度に瞬殺されるのだから当たり前だろう。

 彼らは敵が勇者だとは知らなかったが、しかしその現実離れした白い鎧と双剣の動きを見れば、相手が只者でないことぐらいはすぐにわかる。


 刃が月明かりを弾き、味方が倒れていく。


「行け! 行かねば背教者と見なすぞ!」


 ポルカは足を止めている者達を彼なりのやり方で叱咤激励した。

 自分が彼らの立場だったならば、きっと心を奮い立たせて戦うだろうという配慮からの行動だ。


 ……大層な飴と鞭である。


 しかし自分自身が道を外れていないと信じる限り、人は価値観の谷を超えられない。

 命令された僧兵達にとって、それは死刑宣告と同義だった。


「うおおおおおおおお!」


「うわああああああああ!」


 まるで断末魔のお手本のような声を上げて、兵達が突っ込んでいく。

 剣を振り、槍を掲げ、力を振り絞って大地を蹴る。


 しかしそれで何かが変わるわけではない。

 

 近づいては斬られ。

 斬られては倒れ。

  

 そしてついに残ったのは指揮官のポルカだけとなってしまった。


 勇者の純白の鎧は、まだ一滴も返り血を浴びていない。

 月明かりに照らされたその事実が、圧倒的な戦力の差を証明していた。


「おのれ……。情けない者達め!」


 ポルカは自分の指揮下で死んだ者達を改めて無能と罵ると、自分自身の手で敵を屠るべく歩を進めた。


 カインの聖鎧は軽鎧なので、魔王のように頭部を覆う兜は付属していない。

 従って相手が赤い瞳の一族であることぐらいはわかりそうなものだが、ポルカには冷静さを欠いた状態でそれに気がつくほどの知性は無かったらしい。


 強者と弱者の境界線。

 ポルカは何の自覚もなくそれを踏み越えた。


「神の裁きを受けるがいい!」


 叫ぶポルカを見て、赤い瞳が輝いた。

 勇者カインもまた向かってくる敵に対して容赦無く刃を振るった。


 月明かりの下で交差する二つの影。


 女神の加護を得た者が、神の意志に背く不届き者を断罪する。

 その後の展開は、ポルカが望んだ通りになったとだけ言っておこう。


 たった一つ、神の裁きを受けたのがポルカ自身であったことを除いて。

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