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1:まだ終わらない

 女神アクシルとの戦いからようやく一週間経った頃、王都には魔族達が移住を開始していた。

 魔王城周辺の劣悪な生活環境にかなり不満が溜まっていたためか、その動きに躊躇いは見られない。

 

 これまで人間の勢力下にあった土地は、彼らにとってそれだけ魅力的なのである。

 ここを王都を人間勢力に対する前線基地として、魔王城との間にある土地を開拓出来れば、生活水準を大幅に向上させることも夢ではない。


 当面は食料を中心とする物資を北方からの支援に頼ることになるが、しかしそれだけの価値があるという判断に異論は一切出なかった。

 将来的な王都での自給自足を睨んで、大量の死体で汚染された土地を浄化するための植物の種を植える作業を既に始めている。


 双子草。

 成長すると同時に二つの花をつけることから、その植物はそう呼ばれていた。



 さて……。

 王宮の玉座の間では、魔王軍の幹部達が見守る中、カインとアベルの双子による仁義なき戦いが繰り広げられていた。


 王家に伝わる、ボードゲーム七番勝負。

 国王に必要な智略と謀略、それに度胸や運といった要素も絡ませた七種類のゲームは、実際に後継者を決めるために用いられたこともあったと言われている。


 今の所、勝敗は共に三勝。

 現在は最後の七戦目を行っている真っ最中だ。


 戦況は一進一退で予断を許さない。


 勝者に与えられるのは、双子の兄を名乗る権利。

 兄より優れた弟などいないという理論……、いや、原理原則に基づき、ここで勝利した方が今後は兄となる。


 だが真剣な表情で盤面を見る双子に対し、周囲を囲む魔王軍の幹部達は皆一様に呆れ顔だ。


(なあ……、まだ終わんねぇのか?)


 猫の亜人である青年ルッカは、疲れた表情で溜息をついた。

 ”物凄く重要な事案が発生した”と幹部に緊急招集が掛かったので、てっきり次の戦いかと思って気を引き締めて来たら”コレ”である。


(俺に聞くな……)


 魔王軍の副官を任されているカルクもまた同様に溜息をついた。

 アベルよりは少し年上の彼も、”極めて深刻な事態が発生した”と聞いて慌てて駆けつけたというのに、蓋を開けた中身が”コレ”である。


 他の幹部達だって、王都を自分達の拠点として使うための作業の真っ最中だったのだ。

 それを中断して集まれというのだから相当な事態なのだろうと予想して、それはもう新たな戦いの予感と共に真剣な表情でこの玉座の間までやってきたというのに、言われたのは”今から勝負してどっちが兄か決めるから証人になれ。ついでにイカサマしないように見張っておいてくれ”である。


 幹部達が一人、また一人とやってくるたびに”……何を言っているんだ、お前らは?”という戸惑いの声が繰り返されたのも無理からぬことだろう。

 

「おむつ達の散歩終わりましたー、って……。まだやってるんですか?」


 魔獣達の散歩当番を終えたティナが玉座の間に入ってきた。

 ちなみに彼女の言う”おむつ達”というのは、もちろん魔王軍が馬の代わりに使っている魔獣達のことだ。


 正式名称、ダイパーウォンバット。

 馬と同じぐらいの大きさの四足獣なのだが、どういうわけか”おむつ”を好んで履きたがる習性があるために、魔族や亜人達の間ではそのまま”おむつ”と呼ばれている。


「別にどっちがお兄さんでも変わんないじゃないですか。何か違いあります?」 


「だからそれを俺に聞くな……」


 副官カルクだってどちらでもいいのである。

 どちらが兄でどちらが弟だろうが、別に魔王軍のトップがアベルであることは変わらないのだから。


 ”どちらでもいい”を通り越して”どうだっていい”。


「しっかり聞こえてるぞ、お前達」


「全くだ。これの重要性がわからないとは……、ん?」


 アベルの言葉に同意しようとしたとき、カインは玉座の間の扉がちょうど開いたことに気がついた。


「あの、お客さんが来たんですけど……」


 開いた扉から恐る恐る顔を覗かせたのは、王都の門で見張りを任されていた若い魔族の男だった。

 その様子からして、歓迎出来る相手ではないことは容易に推察できる。


「誰に?」


 が、どうやらティナだけはそれがわからなかったらしく、ポンコツ感全開の声を上げながら扉の方へと歩いていった。

 そんな彼女を見ながら首を傾げた見張りの男。 


「さあ……」


「なんで聞いてないのよ」 


 男の頭部に右チョップ。


「誰が来たの?」


「さあ……」


「だからなんで聞いてないのよ」


 再びティナの右チョップ。

 

「いや、会えばわかるから一番偉い奴を出せって……」


「何よそれ。しょうがないわね……。じゃあ私が門まで行って確認するわ」


「あ、もう一緒に来てます」


「それを先に言いなさいよ!」


 バキッ!


「ぐはぁ!」


 三度目の右チョップは容赦が無かった。

 それまでは肘から先で軽く叩くだけだったのに対し、今度は全身を使い、軽いながらもティナの全体重を乗せた攻撃が、見張りの男の首筋に叩き込まれた。 


 ……ドサッ!


 ツッコミと言うには少々強烈過ぎる一撃で男は意識を失った。

 それを近くから見下ろす二つの視線。


 一つはティナのものだが、もう一つの視線の持ち主は……。


「ん?」


「こ、こんにちわー……」


 扉の奥から、倒れた男を若干引き気味に見下ろしていた美女は、ティナの視線に気がつくと気まずそうに扉から顔を出した。

 おかげで、玉座の間にいた他の全員にもその顔が見える。


「お前は……」


 来訪した人物が誰かを確認した瞬間、カインとアベルは即座に剣を抜いた。


 この世界では珍しい眼鏡。

 同様に、この世界の生活水準ではまず実現できないほどの、長く綺麗な黒髪。


「シュメール、だったな?」


 ドッドッドッドッドッドッ!


 女神シュメール。

 カインの赤い瞳が、女神アクシルと入れ替わりに現れた新たな女神を睨んだ。


 同時に響き始めた大きな鼓動。

 アベルが聖鎧の能力を起動し、身体能力を引き上げた。


 臨戦態勢。

 それを見た周囲の魔王軍幹部達は、ようやくこれが”敵の来襲”であることを理解した。


 慌てて後方に下がるティナ。

 他の者達もまた、それぞれの武器を抜く。


「待って! ちょっと待って! ちょっとどころかずっと待って!」


 しかしそれに待ったを掛けたのは、他でもない女神シュメールだった。

 彼女は慌てた様子で両手を上げ、降伏の意を示している。


 無論、それを信用してあっさりと剣を収めるようなカイン達ではない。

 

「話し合い! 話し合いましょう! 話せばわかりますから! 絶対に!」


 何やら必死な様子のシュメール。

 そんな彼女の様子を見て、カインとアベルは怪訝な表情をしながら視線を合わせた。

 


「――と、いうわけでですね、この度この世界の管理者に就任しましたシュメールです。以後お見知りおきを」


 先程まで双子の兄の座を争うのに使っていたテーブルを椅子で囲み、カイン達は女神シュメールの話を聞いていた。

 カインとアベルの顔は、完全に胡散臭い物を見るそれになっている。 


 当然だ。


 つい先日、いかにもな態度で天へと昇っていった女神が、いきなりやってきたのだから。

 しかもその態度が手の平を返したように下手となれば、もう厄介事の匂いしかしない。


「つまり、今のお前には人間に毛が生えた程度の力しかないと、そういうことでいいのか?」


 アベルはここまでの話をそう結論した。

 

 女神アクシルから勇者の力を与えられたカインとは異なり、アベルに力を与えたのはシュメールである。

 幽閉の身だった自分を解放し、さらに言語能力やこの世界の知識まで与えてくれたということもあって、彼はカインよりも彼女に対して好意的な感情を持っていた。


「ええ……。前任者のアクシルが色々とやらかしましたので……。再発防止策ということで、私は本来の力を封印された状態でこの世界を管理することになりました。ちなみに”神託も出せなくなりました”ので、私が好きに出来るのは誰を勇者にするかとどれぐらいの力を与えるかを決められるぐらいですね。はぁ……」


 シュメールは出された紅茶を飲んで大きく溜息をついた。

 

 無理もない。

 神々にとって、世界の管理者というのは一種のステータスである。


 それはつまり成功者であり、エリートであり、一流の神の証だ。

 これまで各世界を巡回して管理システムの保守点検を担当していた彼女にとってみれば、ようやく手に入れることが出来た管理者の椅子である。


 しかしようやく念願かなったと思ったら、実際に管理者として腕を振るうことが殆ど出来ないというのだから、落胆するのも当然だろう。


「つまり”名ばかり管理者”か」 

 

「え、ええ、まあ、そんなところですね」


 シュメールが気にしている部分を的確に、容赦なく抉るカイン。

 答えた彼女の表情は明らかに引きつっている。


「とにかく、私一人ではこの世界を殆どコントロール出来ない状態なので協力して貰おうと思って、わざわざここまで足を運んだわけです。……”神託出せない”から」


 しおらしくなって手元のカップに視線を落としたシュメールの前で、カインとアベルは視線を交差させた。


(どうする?)

   

(どうすると言われてもな……。お前が協力してやれよ、魔王だろ?)


(それを言うならお前だって国王だろう? こういう時は兄が率先して引き受けるものだぞ?)


(どちらが兄かはまだ決まってない。さっきの勝負がついていないから保留だ、保留。王都はもう魔王軍の物になったし、ここは魔族トップの魔王様が対応するのが筋だな)


 人というものは、自分達の都合に応じて容易く主義主張を変える。

 先程まではどちらが兄かを争っていた双子は、一転してアイコンタクトで厄介事を押し付け合い始めた。


 長引くかと思われた双子の対立だったが、しかし早々に終止符を打ったのは、直後に続いたシュメールの言葉だ。


「というわけで、”勇者のお二人”にはご協力頂きたいなと……」


(……)


(……)


 勇者のお二人。

 それはつまりカインとアベルの両方を指している。


 例え世間では何と呼ばれていようが、この世界の理の上ではどちらもSSSランクの勇者である。

 つまりシュメールはカインとアベルの両方に、自分の駒になれと言っているわけだ。 


 二対の反逆の瞳が光る。

 自分にとって直系の上位者に対して殺意を抱かずにはいられない本能、それはつまり鶏口牛後の極北。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! もちろんタダでじゃありません! 取引! 取引ですコレは!」


 自分がアクシル同様に殺意の対象となることに気が付いたシュメールは、慌てて立ち上がった。

 彼女とて、何の準備もなくここに来たわけではない。


 勇者カインと魔王アベルが保有している”因子”に関してはしっかりと確認済みだ。

 どうやら前任者の女神アクシルは知らなかったようだが、同種の因子を保有した神が大規模な反乱を起こしたことから、この因子は最近になって災害級の指定を受けている。


(確かその近辺の世界は全部制圧されて……、エリア内の管理者達が全員消滅まで追い込まれたのよね……)


 神々にとって、肉体的な死は人生の終わりを意味しない。

 例え体が無くなっても、新たに受肉することが可能だからだ。


 故にそれすら出来ない状態となることが、彼らにとって本当の意味での死となる。

 肉体も精神も、そして魂すらも残っていない状態……、それが消滅だ。


 シュメールは背筋に寒いものを感じた。

 自分が今相手にしているのは、要はそのミニチュア版ということだからだ。


 振るえる力は遥かに小さくとも、性質は同じ。

 その証拠に、彼女の僅かな変化をカイン達は見逃さなかった。


(おい……。こいつ、もしかして優秀そうなのは見た目だけで、中身はポンコツなんじゃないか?)


(お前もそう思うか、アベル)


 神を殺す機会などそうそう得られるものではないが、しかしそれは神と交渉する機会に関しても同様だ。

 ましてや、その肝心の神が極めて与し易そうだとすれば……。


 カインとアベル、双子の赤い瞳が再び輝いた。

 その視線が射抜くのは、もちろん”神託すら出せない”女神である。 



 有史以来、教会の総本山として使われていた聖地。

 王都が王国から魔王軍の手に渡ったのと同様に、教皇派のいなくなったこの地もまた反教皇派の手に落ちていた。


 亡き教皇グレゴリーによって中枢から教会領の辺境へと追いやられていた者達が、彼の死を好機と見て舞い戻って来たのである。

 最終決戦のために戦力の全てを吐き出した聖地に抗うだけの力があるわけもなく、街は為す術無く制圧された。


 ここはもう、完全に反教皇派の拠点となったわけだ。


「何はともあれ、やはり最優先は新たな女神を名乗る不届き者を、どうしてやろうかということでしょうな」


 青くなった空の下、教会のとある一室で鼻息を荒くしたのは、福音派の領袖である枢機卿ドクトリンだ。

 彼を含め、この部屋には反教皇派の主要三派の領袖である三人が揃っている。


 福音派は神託を重視しており、シュメールを女神とは認めていない。

 故にその領袖であるドクトリンは、神の名を騙る彼女の打倒を最優先すべきと主張しているのである。


「いやいや、まずは聖地に残った教皇派の家族を処刑するのが先でしょう。あれを大々的に苦しませて殺し、我々に無用な争いをする意思がないことを内外に知らしめなければ」


 反対意見を出したのは、平和派の領袖ナザエである。

 彼ら平和派は、戦争根絶を目標に掲げる派閥だ。

 

 人々が武器を捨て、争いの意志を放棄すれば世界は平和になるのだという理屈の下、自分達の意志で武器を手に取った教皇派の行動を問題視している。

 グレゴリーに毒されるような者達に平和の何たるかを理解することなど出来ないのだから、彼らが次の戦争を起こす前に早く殺さなければならない。


「左様。それに差別主義者達は一刻も早く根絶せねばなりません。人というものは生まれや育ちに関わらず、本質的には皆平等、誰もが明るい未来を目指して生きる権利を持っているのですから。だが教皇派は人の尊厳というものを完全に馬鹿にしている。蛙の子は蛙。連中の血を引いた子供など、生かしておくべきではない」


 公平派領袖ステイシルも、ナザエの意見に同調した。

 彼らは差別の根絶と公正公平な世界の実現を正義としている。


 例え親が犯罪者であっても、その子供には何の罪もない。

 故に彼らはそんな人々を差別から守るために、平和を壊そうとした教皇派の子供達を殺して悪の芽を摘もうとしているわけだ。


 子供達はまだ具体的に何か悪事に手を染めたわけではないが、しかし教皇派の連中の血を引いているのだから、問題を起こすのも時間の問題である。

 だからさっさと殺すべきなのである。


 さて、そんな三者の思想が入り乱れる中、一人の男が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。


「何事だ?! 今は大事な会議の真っ最中であるぞ!」


 激昂して立ち上がった枢機卿ドクトリン。

 だが、入ってきた男の発言は、むしろ彼にとって歓迎すべき内容だった。


「た、大変です! 女神様から、新たな神託を授かりました!」


「――!」



 ……そうだ。


 

 人の想いなど、他人は容易く踏みにじる。

 地獄も不幸も、そう簡単に終わりなどしない。

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