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40:何も終わってなどいない

 女神アクシルとの戦いから数日後。

 王都では、魔王軍がせっせと死体の処理作業に勤しんでいた。


 魔族、あるいは魔王軍に参加していない亜人達の住む北方の地に比べれば、ここは遥かに居住に適している。

 せっかく土地が空いたのだから使おうと意見に対し、強く反対意見を出す者はいなかった。


 とはいえ、そのためには周辺に転がった万単位の死体を処理しなければならない。

 疫病の温床となる可能性を考えると、生のまま埋めるというわけにはいかないのだが、山のような量を前にすると流石に気分が滅入りそうになるのも事実だ。

 

 しかし、魔王軍はこの状況に対処するに適した物を”王都”と”ピエト”で見つけた。

 先日、元宰相のトリエールを処刑する際に使用された機械、そしてヒロト達を処刑するために使われる予定だった機械である。


 果たしてこれを幸運と表現して良いものかは怪しいところではあるが、彼らはこれを利用することにした。

 もちろん”二つを別々に”だ。


 しかしアベルの念力でピエトにあった一つを運び、王都に放置されていたもう片方の横に置いた段階になって、彼らはこれが”二つ組み合わせて使う物”であることを理解した。


 両者の形状がぴったりと噛み合うことを考えると、これが当初からそのつもりで設計されていたことは間違いない。

 連結され、魔力を動力源として唸り声を上げる二つの機械。


 アベルは果物を口にしながら、少し離れたところに座ってそれを眺めていた。


 トリエールを処刑した機械は天に向かって開いた大きな口から死体を取り込み、身につけている服や鎧ごと、苦もなく細かく切り刻んで排出していく。

 そしてピエトから持ってきた機械がそれを受け取り、ようやく出番が来たと言わんばかりにコンベアで内部へと運んでいくわけだ。


 コンベアに乗って移動しながら、高温で焼かれていく肉片達。

 黒焦げとなったかつての人間達は排出され、魔族達によってせっせと運ばれていく。


 行き先はアベルが王都の外に掘った、埋め立て用の大穴だ。

 土地はかなり荒れそうだが、まあ仕方がない。


「……」


 流れ作業で処理され、運ばれていく肉塊の山。

 それを見ながら、アベルは思った。

 

 この機械を考案した奴がまだ生きているとしたら、絶対に殺しておいた方がいい、と。


「ん?」

 

  聖鎧の自動治癒によって、女神から受けた傷は既に治りかけている。

  まだ自己修復を完了していない鎧を身につけたアベルは、機械の隅に製作者のものと思われる刻印があるのを見つけた。

  

(ニトロ……?)


 近づいて確認してみると、二台とも同じ刻印がしてあった。

 どうやらこれが製作者、あるいは設計者の名前らしい。


 いったいどこの何者なのか。

 まさかこの事態を予見していたとも思えないし、元々何に使うつもりでこんな物を作ったのだろうか?



 聖地にある教会の一室の窓から、男は色を変えた空を見ていた。

 敬虔な僧侶らしくローブを身にまとい、頭部は潔くスキンヘッドにしている。


「黄色い空が青くなった、これは一大事だぜ。なあ……、司教ニトロ殿?」


 彼の背後で、椅子に座った若い男が軽薄そうな声を上げた。

 こちらの銀髪の男もローブを来ているが、ニトロとは異なり装飾のない地味な物だ。


 しかしその纏った雰囲気からして、彼が表世界の住人ではないことは容易に察しが付く。

 まるで暗殺者……、いや、おそらくは実際に何人も殺しているだろう。


「からかうなエイリーク。”ラトゥンの空”ぐらい、お前なら知っているだろう?」


「なんだ、マイナーもマイナーな神話持ち出しやがって。次の教皇の椅子でも狙ってんのか? 神輿は軽いに越したことはねぇんだぜ?」


 エイリークと呼ばれた男。

 彼は自分の座っている椅子を軽薄そうに傾けた。


「ふん。一族の裏切り者が言うと説得力があるな」


「言ってくれるぜ。先代国王を暗殺したのはお前の方だろうに。それに事実だろう? 流石にこのタイミングで女神が降りて来たのは予想外だったが、グレゴリーの坊やなら首を取りに行くのはわかりきってた。……双子のガキ共の方もな」


「その結果がこれか。女神アクシルは倒れ、そして新たな女神が現れた。結果として世界は今まで通りだ」


「シュメールだったか? 今度もまた頭の弱そうな女だったな」


 エイリークは馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、テーブルの上に広げた地図を見た。

 そして横においてあった駒を幾つか手に取り、その上においていく。


「王都は魔王軍の手に落ちた。カインの行動から考えて、魔王の正体は双子の弟の方でまず間違いないだろう。つまりは勇者殺しの剣も含めて、勇者関連の戦力は全部あいつらが手に入れたわけだ」


 グレゴリーはそこまでわかっていなかったみたいだが、と付け加えたエイリーク。


「そして北には魔王軍に参加しなかった亜人達。連中はどうやら魔王アベルの首がお望みらしいが、数はいても単騎で使える切り札がない。並の魔王が新しく出てきたって変わらないだろうしな」


 まだ答え合わせは終わっていないというのに、エイリークは魔王の正体がアベルであるという前提で話を進めだした。

 もちろんそれは実際に事実であるし、ニトロも同意見だ。


「この聖地にはグレゴリーについていかなかった非主流派と戦力外の連中。こちらも数はまだいるが、事情は北の亜人達と同じだ。勇者に対抗できる戦力がない。そもそも纏まれんのか?」


 教皇グレゴリーが最終決戦のために戦力の大半を投入したことによって、聖地はその力を大きく落としてしまっていた。

 今攻められれば、非常に厳しい戦いを強いられることになるだろう。 


「地方の連中はそれ以上にバラバラ。あいつらだけで大きく動くのは無理だな」


「そして残るのは俺の亡者の軍団、それにお前の吸血鬼の軍団、ということだなエイリーク?」


「後は新しい女神”様”もな。……なあ、ニトロ」


「なんだ?」


 現状の確認が終わった所で、エイリークの声色が一段低くなった。


「ラトゥンの見た空が青かったのか? それとも”ラトゥンが見たからこそ”空は青くなったのか?」


「……何の話をしている?」


「お前の大好きな神話の話さ。かつて神がこの世界を創ろうととした時、そこには既に一体の巨人がいた。『原初の巨人』ラトゥン。そいつが見た空は青かったと言われている。だが本当にそうなのか? ラトゥンのいた時代の空が青かったんじゃなく、”ラトゥンの存在そのものが空を青くしていた”んじゃないのか?」


「……さあな」


 ニトロは曖昧な返事だけを返した。

 まるで聞かれたくないことを聞かれているかのように見える。


「神話じゃあ巨人は神に打ち倒されたとされてるが、あくまでも打ち倒されただけだ。ラトゥンが死んだなんて記述はない。もしもそいつがまだどこかで生きていたとして、また”空を見た”としたら……、どうなる?」


 わかっていて試すような、そんなエイリークの視線がニトロに注がれる。


「つまり……、お前はラトゥンの影響で空が青くなったと言いたいわけか。女神が入れ替わったことで、『原初の巨人』が目を覚ましたと」


「ただの仮説さ。神は入れ変わった。神を引きずり下ろせることもわかった。それならここを好機と見て動き出しても不思議はない。あるいは、新しい女神が何も知らずに封印を解いたとかな」


「……もしもそうだったとしたらどうする? 本当に『原初の巨人』が目を覚ましたのだとしたら」


「さてな。空の色でも変えてもらうか。俺は青より赤の方が好みだ」


 そう答えたエイリーク。

 彼の両目は、”赤く”輝いていた。



 東の辺境の地。

 戦いを終え、この十年を過ごした地へと逃げるようにして戻ってきたカイン。


 彼は今、後から訪ねてきた男女二人の魔族が持ってきた手紙を読んでいた。

 カインに容赦無く切り捨てられた罪飼い達の死体を道中で見たせいか、緊張した面持ちで椅子に座ったカインの前に立っている。

  

『王都で待つ。弟より』


 手紙を開いて最初に目に飛び込んできたのはその一文だ。

 先日、自分が送った手紙を意識しているのは明白である。


(兄の真似をする弟……)


 内心で密かに悦に浸るカイン。

 だが、手紙に応じてアベルに会う気は無い。

 

 自分達の役目は終わった。

 老兵はただ消え去――。


『追伸』


(ん?)


『だが待って欲しい。兄より優れた弟はいないらしいから、実は俺の方が兄なんじゃないだろうか?』


「……ほう?」


「ひっ!」


 思わず溢れたカインの言葉に、直立していた魔族達が小さな悲鳴を上げた。

 先の戦いの影響で、カインは味方でも構わず殺すような人物だという評判が広まったため、いつ自分が標的にされるかと怯えている。

 

「ヒイィィィぃ!」


「お、お助けを!」


 横に置いておいた二本の剣を手に取ると無言で立ち上がったカイン。

 そんな彼を見て、一人は腰を抜かし、もう一人は漏らした。

 

 漏らした方が女だったのがせめてもの救いか。

 これが男だったなら目も当てられない。


「おい、アベルがいるのは王都か?」


「へ……? あ、はい。そうです……、けど……?」


 濡れた木の床をどうしようかと考えながら、カインは開いた窓の外を見た。

 その奥には先日から色を変えたままの空が広がっている。


(待っていろよ”弟”。すぐに王都まで行く)


 人は決意を容易に翻す。

 もう二度と戻ることはないだろうと思った王都に向けて、カインは再び歩き出した。

 

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