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32:女神の勇者、女神の魔王

 女神の声が世界に響く。


「この声は……?」


 戦場で命の取り合いをしていた者達は、天から降り注ぐ声でその手を止めた。

 

「私はこの世界を統べる女神アクシル。もう一度言います。人間達よ、無用な争いは止めるのです」


 人が自分の立場を確認する方法は様々あるが、よく使われるものは二つに限られる。

 つまりは他人を見下して自分の位置を確認する方法と、他人を見上げて自分の位置を確認する方法だ。


 つい先程までは敵陣営を下すことで自分達の立場を確かめようとしていた者達が、共に同じ対象を見上げて自分の立場を再確認していた。


「女神……、様?」


「本物なのか?」

 

 ヒロトとは違い、彼らは別に自分が特別な人間であることに、そこまで拘ってはいない。

 もちろんそうであったら嬉しいとは思っているが、そうでないからといって、あの異世界勇者のように現実逃避に走ったりはしない。

 この世界の住人の感性から言っても、あれは流石に特別中の特別だ。


「今、この世界には魔王という危機が迫っています。カインに勇者の福音を与えたのは、あなた達を人間同士で争わせるためではありません。人間達よ、今こそ勇者カインの元に集い、力を合わせて魔王を打ち倒すのです」


 困惑する人々。

 いくら力を合わせてと言われても、ついさっきまで殺し合いをしていた相手といきなり一緒に戦うことなど、個人のレベルではそう簡単に出来るものではない。

 例えば、これが組織のトップ同士の合意によるものだったならば、きっと話は違うのだろうが。

 

「カ、カイン殿……」  


 それを理解したのか、ヒロトとアドレナを失った現時点で暫定トップとなった前線の指揮官が、恐る恐るカインに声を掛けてきた。

 ヒロト達との戦いの一部始終を見ていたわけではないとはいえ、目の前の男が自分達のトップ二人を容赦無く屠った事実を理解しているのか、完全に腰が引けている。


 当然だ。

 個人の戦力では、彼はヒロトやアドレナにすら到底及ばないのだから。

 ここまで敵陣営だった自分達が、女神から勇者に指名された男の不興を買えば、いったいどうなることか。


「……話は聞いたな? 俺もこの声が本当の女神だという確信は――」


「おい! アレを見ろ!」


 カインがこの停戦を提案しようとした時、喧騒が静まった戦場に大声が響き渡った。

 叫んだ男は地平線を指差しており、皆が何事かと同じ方向を見始める。


「なあ、あれってまさか……」


「ああ……。多分間違いない。……魔王軍だ」


 地平線に僅かに蠢く小さな影達。

 まだ距離があるため、正確に確認することはできないが、しかし現状であの規模の戦力を有している勢力となれば、消去法で魔王軍しかない。


「嘘だろ……。なんでよりにもよってこんな時に……」


 果たして漁夫の利を狙ってきたのか、あるいは単に偶然だったのか。

 いずれにせよ、国王軍と教会軍に分かれて潰し合って消耗した人間の陣営にとっては、ほぼ最悪といっていいタイミングでの到着だった。


「あの……、カイン殿?」


「……魔王軍がここに到着するまで、まだ少し時間がある。急いで軍を再編するぞ。この戦いの続きがやりたいなら、奴らに勝ってからだ」


 教会というのは、あくまでも王国とは独立した勢力だ。

 そして教皇ではないとはいえ、あるいは暫定であるとはいえ、この指揮官は仮にも教会系勢力のトップである。

 となれば、彼は無理をしてでもカインと同等かそれに近い立場として振る舞わねばならなかったのだが、しかし実際にはそう容易な事ではない。


 それほど力を入れていたわけでは無かったとはいえ、幼い頃から帝王学を多少は学び、そして実践してきたカインを相手に、一切の心得も心構えもない人間が主導権を握ることなど無理な話だった。


「王国か教会かは一度忘れろ。とにかく戦力を集中させるんだ」

 

「は、はいっ!」


 こうして、女神の神託と、それに続く魔王軍の到着という予想外の展開で、王国軍と教会軍の戦いは終わった。

 そして次に始まろうとしているのは……。


 勇者軍対魔王軍。 


 人々の視点から見れば、あるいはそんなところだろうか? 



(女神アクシル……。本物なのか?)


 魔王軍の全戦力を率いて王都へと向かっていたアベル。

 馬代わりの魔獣の手綱を握っていた彼もまた、天から降り注ぐ女神の声を聞いていた。


 しかし……。


(明らかに声が違う。俺に力を与えた女とは、間違いなく別人だ)


 アベルは自分が魔王の力を手に入れた時の記憶を引きずり出した。

 確か、あの時の声は勇者と戦えとは直接言っていなかったはずだ。


(外から入り込んだ邪悪……。勇者とは違う存在を指してるのか?)


 これまで、アベルは”悪と戦え”という例の女神の言葉を”勇者と戦え”という意味で解釈してきた。 

 ”外から入り込んだ”という表現が異世界人のことを指すのなら、勇者ヒロトだけがそれに合致するからだ。

 

 だが、果たしてカインはどうだろうか?

 世界に響く女神の声は、ヒロトについて一切触れていない。

 つまり彼女の認識では勇者はヒロトではなくカインだということになる。


(カインが俺の双子の兄だというなら、”勇者カイン”は条件に合致しないはず……。無理に戦う相手では無いのか?)


 先日の魔王討伐隊との戦いの影響により、魔族では強硬派の意見が支配的だ。

 戦いを最低限に押さえて平和的な解決の道を模索すべきだと考えていた者達も、実際に彼らの愚かさを目の当たりにして、それは不可能だと悟ったらしい。


 だからこそ、次の戦いで全てを決める覚悟でいたのだが……。


(単純な質ではこちらが上、数では向こうが上。城壁と防衛兵器が使える分、向こうが状況的には有利か?)


 勇者カインが自分の双子の兄だということも踏まえると、正面からぶつかるには少々不安を感じる相手ではある。

 なにせ、女神が自分を直接名指しして倒せと言っているわけだ。

 となれば自分の魔王の力と同等か、あるいはそれ以上の力を相手が持っている可能性は否定できないし、想定しておかなければならない。


 アベルは腰の袋から、例の手紙を取り出した。

 王宮に潜入していたティナが持ってきた物だ。

 

 そこにはただ”王都で待つ。兄より”とだけ書かれていて、その意図が果たして友好的なものなのか、あるいはそうでないのかは判断が難しい。


「魔王様! 見えたぜ!」


 先頭にいた犬耳の男が声を上げる。

 緩やかな丘の登った先、地平線の付近に、王都がその姿を見せた。


「なんだ? 戦ってるのか? ……人間同士で?」


 先程の女神の声が、人間同士で争うのを止めるように言っていた理由を、彼らはここで正確に理解した。

 もちろん、人間達が一枚岩ではなさそうだということまでは察しがついていたのだが、まさかここまで本格的に争っているとは思っていなかったのだ。


 やはり人間との共存は不可能らしい。

 魔族達の意見は、ここでついに完全統一された。


「どうする? 一気に乱戦に持ち込むか?」


「いや……、ここで一度展開しよう。勇者達がどう来るかわからない」


 まだ直接には会ったことも話したこともない、双子の兄カイン。

 その彼の意図と、そして有している戦力が見えないことが、アベルに慎重な選択をさせた。

 彼の存在さえなければ、確かに混戦模様の戦場に乱入して一気に決めてしまうのが良さそうではあるのだが……。


「勇者達……。そうか、ヒロトもまだ生きているんだったな」


 ティナが戻ってしまった現状で、魔王軍が王都周辺の情報を手に入れる手段は無い。

 そして聖地に関しても事情は似たようなものだ。

 つまり、彼らはヒロトが魂移しで復活したことや、カインと戦って既に死亡したこと全く把握できていなかった。


 アベルとっては脅威にならないとはいえ、他の魔族にとってはヒロトも十分に強力な敵だ。

 ここで警戒しないわけにはいかない。


「おい、向こうも戦いを止めて再編を始めたみたいだぞ」 


 視界の向こうでは、人間達が王国と教会の垣根を超えて再編成を始めていた。


「わかっている。とにかく問題は勇者だ。相手は俺がするから、位置がわかったらすぐに教えるように徹底してくれ」


 互いの様子を確認しながら、正面からぶつかる準備を進めていく両軍。

 勇者や魔王の存在が牽制として働かなければ、決してこのような展開にはならなかっただろう。


 先程響いた天の声の主である女神アクシル。

 彼女の意図が魔王アベルの排除だとして、それでは彼に力を与えたもう一人のアクシルの思惑はどこにあるのか。


 外から入り込んだ邪悪。

 その言葉はいったい何を指している?


 異世界人ヒロト?

 それともただの建前か?


 ――わからない。


 現時点で確かなことはただ一つ。


 最終決戦の時が、目前に近づいているということだけだ。


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