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3:堕とされた王

「待ってたぜ―!」


「卑怯者を処分しろー!」


 天に届くかという勢いの大歓声。

 誇張された希望は彼らの被害妄想と結びつき、処刑という儀式へと結論付けられた。

 そこに渦巻くのは大衆自身によって肯定される正義だ。

 

「勝手なことを……」


 財務大臣の呟きは、彼以外の誰にも届くこと無くかき消された。

 少数者の声は数の多数で容易く上書きされる。

 素晴らしきかな民主主義。


「まずは王に取り入り、私服を肥やしていた者達からだ!」


 ヒロトの合図で、カイン達の正面に設置されたギロチン台の前に何人もの人間が連れて来られた。


「なるほど、そういうことか」


 カインはヒロト達の意図を理解した。

 ギロチン台の前に並ばされているのは、これまで身分の違いを物ともせずに意見を言ってきた者達ばかり。

 カインから見れば忠臣としか言いようのない彼らを、目の前で全員殺してやろうというわけだ。


「なんと悪趣味な……」


 これには流石の宰相も嫌悪感を隠しきれない。

 最初の一人が、大衆から物を投げつけられながらギロチン台に固定された。


「国王陛下、バンザァァァァァァイ!」


 ……ザンッ! 


 先程の近衛兵達に影響されたのか、あるいは元からそう言うと決めていたのか。

 ともあれ空想された大義の下に、彼の首は落とされた。

 忠臣の最後を、瞬き一つせず、その目に収めたカイン。 

 その胸の奥底に、これまでとは違う何が芽を出した。


「アンペル王国ばんざぁぁぁぁぁいっ!」


 ザンッ! 


「カイン様バンザァァァァァァァイ!」


 ザンッ!


 火蓋は落とされ、次々とギロチンで処刑されていく忠臣達。

 彼らは辞世の句として、口々に国を讃え、王を称えた。

 

「いいぞぉ―!」


「無能はどんどん殺せぇ―!」


「もっとやれぇー!」


 転がった彼らの頭部は串刺しにされ、胴体もまた人間の尊厳など無いとばかりに痛めつけられる。

 女の体は死姦され、男はそれよりも先に内臓を引きずり出された。

 

 笑っている。

 大衆は楽しそうに、嬉しそうに笑っている。 


「……」


 カインは元来それほど高潔な人間ではない。

 が、しかしだ。

 それなりに慣れ親しんだ者達の首を眼前で飛ばされて、それで心中穏やかでいられるような人間でもない。

 一人、また一人と首を落とされていく臣下の姿を目に焼き付けていきながら、カインは自分の胸の一番底から、ドス黒い感情が確かに沸き上がってくるのを感じていた。

 

 横に並んだ三人も無言のまま、一言も喋らない。

 

 そして最後の一人の首が落ちた時。

 カインは自分のこれまでの人生が間違いだったことを理解した。


 ――大衆というものに、良心的な要素など微塵も期待するべきでは無かった。


 自由を許すべきでは無かった。

 蓄えを許すべきでは無かった。

 娯楽を許すべきでは無かった。


 ……全てを許すべきではなかった。


「さあ、いよいよ主役の番だ!」


 ヒロトの声で、人々の視線が一斉に王宮の方向に向いた。

 目当てはもちろん、その前に並べられたカイン達だ。


 油断すれば即座に赤字となる財政を切り盛りしてきた、財務大臣ゴールの首。

 利害を調節し、極端に割を食う者が出ないように加減してきた、宰相ボルドーの首。

 若い頃から魔族や魔獣の脅威と戦い、憎まれ役をよく買っていた、近衛隊長マグロイの首。


 そして利己的な者達で蠢くこの国の維持に腐心してきた、若き国王カインの首。


 大衆はカイン達の首が落ちる瞬間を期待していた。

 自分達では物事を深く考えることもなく、容易に扇動される者達。

 その根幹にあるのは自らの判断が間違っているわけはないという、盲目的な信仰だ。

 彼らにとっては、建設的に物事を考えるという行為それ自体が苦痛であり、悪徳である。


 好むと好まざるに関わらず、カイン達がこの国の人々の生活の安定に貢献してきたのは事実だというのに、彼らは自分達の不満は全てが王達に起因するのだと、本気で信じていた。

 

 全てを完璧になど出来はしないというのに。

 自分達には到底不可能なことの実現を、他者に対して当然のように要求する。

 そして実現出来なかったのは、故意か無能だと叫ぶのだ。


 財務大臣のギロチン台を担当していた兵士が剣を構える。


「……陛下。先に行って、冥土の様子を確認して参ります」


「……ああ、頼んだ。良い物件を探しておいてくれ」


 ……ザンッ!


 財務大臣の首が飛び、群衆が熱狂する。

 これで税が安くなると彼らは喜んだ。


 続いて、宰相のギロチン台を担当していた兵士が剣を構えた。


「では私もそろそろ。カイン様、来世でお会いいたしましょう」


「……ああ、そうだな。また会おう」


 ……ザンッ!


 宰相の首が飛び、衆愚が熱狂する。

 これで不公平が無くなると彼らは喜んだ。


 さらに近衛隊長のギロチン台を担当していた兵士も剣を構える。

 

「……一足早く、先代に詫びを入れに行ってきます」


「……ああ、上手く誤魔化しておいてくれ」


 ……ザンッ!


 近衛隊長の首が飛び、愚民共が熱狂する。

 世の中は平和になると彼らは喜んだ。


 熱狂はまさに最高潮だ。


 そして、ついにカインの番が来た。

 ギロチンの刃を繋ぎ留めている縄を切ろうと、兵士が剣を構える。

 カインはその赤い瞳を一切動かすこと無く、その時を待っていた。


「はっはっは! 国王なんて肩書がなきゃ大したことねぇな!」


「無能は死んで当然!」


「暴君に天罰を!」


「ざまぁ!」


「新しい時代の幕開けだぁぁぁ!」


 いったいカインが彼ら大衆に大して、どんな損失を与えたというのだろうか?

 生まれた時点で既に存在した社会のシステム。

 少なくともその範囲においてカインは良心的な王であったし、だからこそ彼らは今こうして広場にいられるのである。

 もしも本当に彼らの言う通りにカインが悪政を敷いていたとすれば、気勢を上げることはおろか、生きてここに立っていたかどうかだって怪しい。


 いよいよ振り下ろされようとする剣。

 しかし王族の証であるその真紅の瞳を動かすことなく、カインはひたすらにその時を待っていた。


 王が王たる所以。

 人間の支配者として彼の一族が名乗り出るに至った理由。

 

 頭上に自らの死が迫ったこの状況において、カインは彼自身に秘められた才覚の片鱗を目覚めさせたと言っていい。


「待て!」


(……来た) 


 背後から響いた勇者ヒロトの声。

 いよいよ最高のカタルシスを迎えようかという段階になって、他ならぬ彼が縄を切ろうとしていた兵士を止めた。

 カインは内心で自分の読み通りの展開になったこと確信する。


「みんな、少し待ってくれ!」


 横に王妃アシェリアを侍らせたヒロトに注目が集まった。

 もちろんその周囲は聖戦士である三人の少女がばっちり固めている。


「なんだ?」


「どうしたんだ?」


 訝しむ人々。

 王の首が飛ばないことに早速不満を漏らし始めた者もいる。


「みんな、聞いてくれ。今まで虐げられてきたみんなの気持ちはよくわかる。でも、もうこれぐらいで良いんじゃないか?」


「どういうことだ!」


「今まで自分達だけいい思いをしてきたんだ、ぶち殺してズタボロにするべきだ!」


 陰湿な抗議が上がる。

 だがヒロトはそれをなだめるように両手を上げた。


「まあ待つんだみんな。憎しみばかりでは誰も幸せにはなれない。暴君カインに与する者は、もう全員死んだ。彼には悪の元凶となった贖罪として、これからは平民として生きて貰ったらどうだろうか?」

 

 今まで王族としての生活しか経験の無い者を、平民に落とす。

 自分達の方が遥かに有能で、王族は平民と違って苦労が無いと信じて疑わない者達は、ヒロトの言葉を聞いて下衆な想像を働かせた。

 カインが平民の暮らしを満足にこなすことが出来なければ、それは正に自分達が優等である証明となるではないか、と。


「それよりも聞いてくれ! 僕はこれからアシェリア様を正妃として迎え、この国の新たな王となろうと思う!」


「おお!」


「そりゃあいい!」


「そうだ! 貴方こそが本当の王に相応しい!」


 唐突な宣言に歓喜する民衆。

 ヒロトがアシェリア伴っていたことで薄々感づいていた者もいたが、平民の大半はそこまで頭は回っていない。

 彼らの感覚で言えば、まさに降って湧いたニュースである。

 そして、これで彼らの頭の中からカインの処刑は無くなった。


(ああ……、いいぞ)


 王位の簒奪。

 それを宣言したヒロトの言葉に、カインは内心で笑みを浮かべた。


 人は万能にも完璧にもなれないというのに、それが実現できると思い込んで譲らない者達。

 そして他人に対してだけそれを求める傲慢。


 ――大変結構だ。


「それだけじゃない! 共に魔王と戦い、苦楽を共にしてくれたこの三人も側妃として迎え入れる! この五人で、この国を導いて行く!」


「すげぇ!」


「まさに世界の夜明けだ!」


「どうだ暴君カイン! これが本物だ!」


 愚かな大衆。


 逆に清々しいほどに低俗な理屈。


 カインの赤い瞳からは希望を掴み取ろうという決意が消え去り、その代わりとして失望の色と”別の決意”が差し込んでいた。


 彼は考えた。

 忠臣を全て失い、王の地位も、王族としての身分も失った。

 が、どうやらまだ生き延びることができそうだ、と。


(お前達、冥土でしばらく待っていろ。土産話の一つぐらい用意してから行く。……赤い瞳の一族は、俺で最後になりそうだがな)


 ギロチンで死んだ彼らとて、このままやられっぱなしでは癪だろう。

 先に先代の国王の元へと向かったマグロイ達だって、このままでは面子が立つまい。

 ヒロトの安い演説を聞きながら、そしてそれで満足できる愚者をその視界に収めながら、カインはこれからの事を考えていた。

 

 ――先は長い。


 ――しかし大丈夫。


 ――期待には必ず答えて見せよう。 





 ――お望みなんだろう?





 ――暴君カインというやつを。

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