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22:三者の思惑

 王都の最寄り街であるピエト。

 ヒロトが国王になって以降、特に彼が王都民手当の導入を決定して以降は急速に寂れてしまったこの街に、過去最大規模の人間が集まっていた。


「まだかよ、早くしろよ!」


「あれで処刑するのか。どうやって使うんだ?」


 蠢く群衆。

 彼らの目的はもちろん、逆賊ヒロトとその協力者達の処刑である。


 一週間前の前財務大臣トリエールの処刑後に予告された、最新型の処刑器具を一目見ようと、人々は我先にとこの街に集まった。

 王都民と周辺地域の貴族達には文字通り全員集結するようにと、一応は王命を出してはあるのだが、それも果たしてどこまで必要だったかわからない。


 従わなかった者は後日処刑すると言ってあるので、次以降の処刑も見たいという彼らの心理を刺激して、本来の意図とは違う方向から参加率を上げてしまったのかもしれない。 


 騒がしい大衆に対し、それからは少し距離を置いた態度のヒロト派貴族達。

 カインが箝口令を敷いたおかげか、彼らはまだ自分達の跡継ぎが死んだことを知らないままだ。

 

「静粛に! 諸君、静粛に!」


 辺境伯フランキアが声を張り上げた。

 この世界には精度の高い時計が存在せず、精度の低い物とて安易に買えるような金額ではない。

 おまけに生産量も少なければ需要も低い。


 というわけで、正確な時間がわからなかった者達がいよいよかと、最新型の処刑器具と思われる物の方を見た。


 この世界では主に市場での商品の輸送等に使われる、魔力動作式のベルトコンベア。

 人間をその上に乗せて機械の中を移動させて行き、順番に処理していくようだ。


 機械には大きな窓が幾つも付いており、中で人間がどんな目にあっているのかがわかるようになっている。

 いったい罪人がどんな目にあうのか、人々の期待は高まっていた。


「これより、王命を発表する!」


「王命?」


「なんだよ、もったいつけんなよ!」


 すぐに処刑を始めるわけではないことを理解した者達が、口々に不満の声を上げた。

 しかし辺境伯に動じた様子はない。


「一つ! 今この街にいる者達が街の外に出ることを禁ずる! 無理に出ようとした者はその場で死刑とする!」


「あん? なんだって?」


「外に出るなってよ」


 呑気に構えている平民達。

 それに対し、辺境伯の言葉の意味を即座に理解した貴族達は目の色を変えた。


「二つ! 王都民手当を廃止する」


 王都民手当の廃止。

 それを聞いた平民達も、ようやく事態を飲み込み始めた。


「どういうことだ?」


「俺達の生活はどうすんだよ!」


 人々が声を上げ始めるが、しかし辺境伯がそれに取り合うことはない。


「三つ! 従来の身分制度とは別に、もう一つ身分制度を設ける! 貴族や平民に関わらず、これより一ヶ月の間に王都に移住した者を上級国民、それ以外を下級国民とし、上級国民にのみ従来の王都民手当に代わる、上級国民手当を支給する!」


 三つ目は長かったため、平民のほぼ全員がそれを理解できなかった。

 もう一つの身分制度を設けると言った辺りで忍耐力が切れ、それ以降を聞く意欲も無くなったのである。


 話がわからないのは話す方が悪い。

 相手にわかるように言わない方が悪い。


 それが彼らの言い分だ。


 長い本の題名は品性に欠け、中身を読む意欲が失せるのは書いた奴が悪い。

 短い本の題名は内容がわからず、興味を持てないのは書いた奴が悪い。


 とにかく相手の方が悪い。

 人々はそんな視線で未だに手元の文章を読み上げ続ける男を見た。


「四つ! 陛下の温情により、ピエトにいる者達には当分の間、食料が支給される! ……以上!」


 言うことを言い切った辺境伯は、それ以上は何も言わずにこの場を立ち去ろうとした。


「お待ちください! 外に出てはいけないとはどういうことですか?!」


「なんだよ! 処刑はまだかよ! 早くヒロト達を殺せよ!」


 内容を理解した貴族達と、殆ど理解できなかった平民達。

 両者から抗議やブーイングが出始めるが、それに対応しようとする素振りは一切無い。

 さっさと馬車に乗り込んだ辺境伯は、そのまま街の外へと出ていってしまった。 


「待て!」


 感情のままに馬車を追いかけようとした平民達。

 しかしそんな彼らに対し、いつの間にか街を包囲していたカイン派の兵士達から矢が射掛けられた。


 呆気なく倒れて動かなくなった者達。


 他人の処刑は容易に許可する者達とて、それが自分の処刑となれば態度を変える。

 街を包囲した兵士の数は自分達よりも遥かに少数、つまり物量で押し切れば突破の可能性は高いわけだが、しかし先人を切って他の者達のために盾となって散る気概など無い。


 こうして、王都民及びヒロト派とみなされた貴族達は、このピエトの街に閉じ込められたのである。

 

 その代わりとして、これまで地方貴族達の領地に住み続けていた平民達が、同様に王命を受けて王都に移住を開始したのは、この翌日からだ。



「台下。先程、ヒロトの魂移しが完了いたしました。結果は良好です」


「そうですか。それは何よりです」


 教皇グレゴリーは、執務室でまだ十歳にも満たない少女からの報告を受けていた。

 しかし子供のはずの彼女の振る舞いは、完全に大人のそれである。


「本当は詳しい話を聞きたいところですが、それはまた後日にするとしましょう。今は彼についていておあげなさい。新しい体で戸惑うことも多いでしょうから」


「はい。ありがとうございます」


 一礼して部屋を出ていこうとする少女。

 しかし教皇は一つ言い忘れていたと思って彼女を呼び止めた。


「ああ、そうだ”アドレナ”さん」


「はい、なんでしょう?」


「体が馴染んだら”勇者殺しの剣”を取りに来るように、彼に伝えておいて頂けますか?」


「はい、もちろんです」


 カインの懸念通り、魂移しで自分の娘の体に乗り移っていたアドレナ。

 彼女は改めて一礼すると、今度こそ部屋を出ていった。


 他には誰もいなくなった部屋で、テーブルに向き直った教皇。

 その上には、この世界の地図が広げられている。


(さて、これでカインに対抗できる駒は手に入った)


 教皇はボードゲームで使う駒を三つ手に取ると、それを地図の上に置き始めた。


(王都、ピエト、そしてこの聖地。世界の人間は三ヶ所にほぼ全員が集められた。王都にはカインとその戦力。ピエトにはこの十年で舞い上がった愚か者達。聖地には私の戦力)


 十年の時を経て、再び王に返り咲いたカイン。

 単体の戦力として、事実上の最難関は彼であると教皇は認識していた。

 故にそれに対抗する手段を求めていたのである。


(古の時代、暴君となった勇者を殺すために女神が授けた”勇者殺しの剣”。彼は我々がそれを保有していることは知らないはず。ヒロトにそれを持たせ、カインに上手くぶつけることさえ出来れば、それ以外は聖地の戦力で押しつぶせる)


 王都とピエト。

 この二ヶ所に集結する人々を、教皇は殲滅するべき敵とみなしていた。

 ”新たな世界”を担う者は既にこの聖地に集結しており、害悪を撒き散らす者達を完全に滅ぼすことによって、平穏な時代が到来するのだと。


(最低でも、ピエトに集められた悪魔達だけは、なんとしてでも滅ぼさなければ。この点に関してだけはどうやら向こうも考えは同じ。流石に彼らを殺すべきだということぐらいは理解出来るようになりましたか)


 かつて王の地位から引きずり降ろされるまでのカイン達は、王都民を殺すこと無く世の中を上手く回そうとしていた。

 しかしそんなことは不可能だというのが教皇の判断だ。


 だからこそ彼はヒロト達をそそのかしてカイン達を排除し、時間を掛けて王都の力を削いできた。

 そして同時に、自分達の戦力を強化してきたのである。

 全ては平穏な世界を実現するために、だ。


(準備は整った。最後の懸念となるのはやはり……)


 教皇は四つ目の駒を手に持つと、それを魔王城の位置に置いた。


(ヒロトからの情報によれば、魔王の正体はカインだということ。にわかには信じられませんが……。本当にそうだとすれば、彼らがカインの戦力として人間同士の戦いに参入してくる可能性がある)


 当初、彼は王都とピエトを落として聖地以外の人間を皆殺しにしてから、魔王を倒すつもりでいた。

 ヒロトが使えるならそれでいいし、彼に無理ならば新たな勇者を女神が選出するはずだ、と。

 そして魔王を倒した勇者を”処分”すれば、それで全てが完了する。


 しかし魔王軍がカインの指揮下で動くとすれば、そうも言っていられない。

 彼らの戦力は決して過小評価していい水準ではなく、それがカイン派と足並みを揃えてくるとなれば、聖地の戦力だけでは対抗しきれない可能性がある。

 

(……仕方がない。ピエトの悪魔達には、死ぬ前に一仕事して貰うとしましょうか)


 若き日に思い描いた、善意で満たされた平穏な世界。

 その理想郷を実現するため、教皇グレゴリーもまた、最後の勝負を始めようとしていた。

 


 さて、教皇が野望実現の最終段階を始めようと決断していた頃、魔王城のある一室では緊急の会議が開かれていた。


「やっぱり罠じゃないのか?」


「そもそも、いつ気が付かれたんだ?」


 猫の尻尾がある者や、犬の耳がある者など、様々な容姿の者達が円卓を囲んで座っている。

 問題となっているのは、王都に潜入していたティナが持ち帰った手紙である。


「おい、これが国王カインから渡されたって言うのは本当なんだろうな?」


「本当ですってば! めちゃくちゃ怖かったんですよ?! 本当に殺されるかと思ったんですから!」


 コウモリの羽を生やした魔族の問いに、ティナが必死で答えた。


 余談ではあるが、彼女は正真正銘の人間である。

 そもそも、この世界には”魔族”などという種族は存在しない。


 傲慢な人間達の脅威に対抗しようと魔王の下に集まった者達が、種族の垣根を超え、価値観の違いを超えて団結するために作り出した文化に過ぎない。

 例え人間といえど、傲慢な世界に反旗を翻そうと魔王軍の一員になった時点で、それはもう”魔族”なのである。


「どうする?」


 一人が鎧の男を見た。

 魔王、そう呼ばれている人物を。


 それに釣られて、他の者達も彼の反応を待った。


 今は兜は外してテーブルの上に置いているので、その表情はこの部屋にいる全員によく見える。

 カインと同じ顔、そして同じ赤い瞳。


 ”魔王”は悩みの溜息を一つ吐いてから、改めてティナが持ってきた手紙を見た。


『王都で待つ。兄より』


 そこには、ただそれだけが書いてあった。

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