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21:魂移し

「……何? 殺された?」


 元財務大臣トリエールを処刑した数日後、執務室にいたカインは、少し焦った様子の辺境伯フランキアから報告を受けた。

 人質部隊として集めていたヒロト派貴族の子女達が、王都民達によって襲撃され、全員殺されたというのだ。

 

 人手が足りないので、彼らには簡単な雑用などをさせていたのだが、それが裏目に出た。

 どうやら外に出たところを襲撃されたらしい。

 一応は人質なので扱いには注意しろと言っておいたはずなのだが、面倒を見させていた者達が手を抜いたか賄賂でも貰っていたのだろう。


 先日の処刑で興奮が収まらなかったのか、あるいはヒロト達の処刑まで待ち切れなかったのか。

 それとも本人達としては忖度してみせたつもりなのか。


 おそらくは全てが該当するのだろうが、本当のところはわからない。

 ……わかりたくない。


「担当していた奴をすぐに処刑しろ。死体はどうした?」


「寝泊まりさせていた広間に集めさせました。ですが、損傷も酷く、全てまでは……」


 辺境伯を引き連れて広間まで向かったカイン。

 場所がない上に、彼らを一人ずつ分けて面倒を見るのも人手が必要になる。


 子供達もその方が多少は気が紛れるだろうかと思い、彼らにはこの場所で共同生活をさせていた。

 状況が状況とはいえ、時々子供らしくはしゃぐ声が聞こえて来たりもしていたのだが……。


 昨日までは一緒に寝泊まりしていた場所には、十歳前後の子供達の遺体が変わり果てた姿で並べられていた。

 首を刎ねられ眼球をくり抜かれ、指を落とされ手足を切り離され、あるいは汚物を掛けられたり死姦されたりと、徹底的に痛めつけられている。


「……」


 元財務大臣を処刑した際は、至極真っ当な反応を見せていた子供達。

 恐怖と苦痛に歪んだままの彼らの表情を見ながら、カインは自分の中にまだ良心と呼べるようなモノが残っていることを実感した。


 子供とはいえ敵陣営の人間なのだから、別に自分に責任があるとまでは思わないが、しかし好ましい結果ではない。

 王都民が減るのなら非常に好ましいのだが。


 感情的な意味で気に入らないとか、処刑された臣下の仇討ちとか、そういうことは一切抜きにして、あいつらはこの世界から完全に滅ぼさなければならない気がする。

 その結末がどんな形であれ、奴らの歴史が自然な滅びを待つことを認める気にはなれない。


「この件はヒロト達には?」


「いえ、おそらくはまだ……」


 露骨な不機嫌さが混じったカインの声に、辺境伯は内心で冷や汗をかいた。

 しかし彼のこの言葉に嘘はない。


 ヒロト達は王宮の牢屋に入れたままになっているし、それ以外のヒロト派貴族達は王宮から追い出されて、近くにある彼らの領地にいる。

 まさか平民である王都民達と普段から交流するような連中でもないので、彼らから直接この情報を入手することはないだろう。


「箝口令を敷く。ヒロト達の処刑までは絶対に気付かれるな?」


「はっ」


 ヒロト派は、現在まともな戦力を持っていない。

 もちろんそれは魔王討伐で壊滅したからなのだが、それに加えて跡継ぎを人質に取られているということで迂闊に動くことも出来ない状態になっていた。


 しかし肝心の後継者を失い、血筋の断絶が確定したと知れば、どんな行動に出るかわからない。

 一か八か、あるいはヤケを起こす可能性は否定できないはずだ。

 復讐心に駆られて教会と手を組もうとする可能性は十分にある。


(あいつらに何か出来るとは思えないが……。教皇なら利用してくる可能性はあるな。……ん?)


 教皇グレゴリーを頂点として教会系がどう動いてくるか。

 それを考え始めたカインは、子供達の中にアドレナの子の姿が無いことに気がついた。


「おい、これで全員か?」


「はい。……少なくとも取り戻せた分は」


 確か彼女の娘は八歳かそれぐらいの年齢だったはずだ。

 容姿もそれなりに良かったし、性欲の対象として王都民達に”確保”されたと考えるのが自然なようにも見える。


 だが――。


(処刑の時、あの子供だけはやけに落ち着いていた。まるで、そういうのは見慣れているような。いや、むしろまるで……)


 ……大人のような。


 カインがアドレナの部屋で先日見つけた”魂移し”に関する資料。

 あれによれば、予め準備をしておくことで、死んだ時に自分の魂を他の人間の体に移すことが出来るらしい。


(仮に死んだアドレナの魂が娘の方に入っていたとしたら……)


 一つ気になっていたことがある。


 十年前のクーデターの裏で糸を引いていたのが教皇だったとして、果たして彼はどのようにして勇者ヒロトを動かしたのだろうか?


 彼はあの時点でとっくに教皇だった。

 それが勇者と直接何回も会うなど目立つことこの上ないし、それならば流石にカイン達もクーデターの兆候に気付いたはずだ。  

 

 となると、多少なりとも仲介役として動いた者がいた可能性が高い。

 教皇グレゴリーと勇者ヒロトの双方から、少なくとも計画の実行に必要な程度には信頼され、そしてどちらの周辺を動き回っていても不自然ではない人物。


 治癒師アドレナ。

 勇者ヒロトの妻であり、元々は教会のシスターだった彼女はその条件を満たしている。


(……自分の娘を犠牲にしたのか?)


 魂移しで器となった人間に元々あった魂は、上書きされて消えるらしい。

 それが事実かどうかはわからないが、アドレナが本当に娘に自分の魂を移したのだとしたら、少なくとも彼女は自分の娘の魂が消え去ることを承知の上でやったことになる。


「……屑が」


「は?」


「いや……、なんでもない」 


 カインは思わず言葉に出してしまった。

 長男をカインに殺されたヒロト達の反応もそうだったが、どうも彼らは子供を自分達のための道具程度にしか見ていないような印象を受ける。


 これでは、他人の子供の死に対して内心で多少なりとも動揺しているカインが、まるで馬鹿か無能みたいではないか。

 いや、実際にそうなのかもしれないが。 


「アドレナの子がここにいない。死体になっていてもいい、見つけ出せ」


「アドレナの……。わかりました」


 カインは辺境伯に指示を出すと、執務室に戻ることにした。

 これが杞憂に終わればいいが、しかし予測は悪い方に立てておくべきだ。


 魂移しで器になった者の身体能力がどうなるかはわからないが、しかし娘の体そのままだったとすると、騒ぎに乗じて単独で逃げ出すことは困難だろう。

 その場合、おそらくは協力者がいたはずだ。


(あるいはわざとやったか?)


 王都内に教会系の勢力と通じている者達が潜んでいるとして、もしかすると彼女を逃がすために意図的に騒ぎを起こした可能性がある。

 だとすれば他の子供達はそのためだけに犠牲になったということか。

 

 別に彼女だけを逃がすのならば他に方法もあるだろうに、死んだと思わせるためにこの方法を選んだのか。

 あるいは逆に、わかる者にだけわかる露骨な挑発のつもりかもしれない。


 ……なぜだろう。

 胸がざわつく。


 十年前に臣下達の処刑を見せられた時と同じ気分だ。

 ……奴らが気に入らない。


 倫理とか道徳とか、善とか正義とか、そんなものは一切抜きにして。

 筋とか理屈とか、そんなものも一切抜きにして。


 ――とにかく奴らが気に入らない。


 カインは自分が心の底からあいつらを殺したいのだということを再認識した。

 策謀の歴史と共に受け継がれてきた赤い瞳が輝く。


 危機は好機。


 もしも本当にアドレナが自分の娘に魂移しを実行していたとして、それを自分にとって有利に働かせるにはどうするべきか。


 自分が教皇だったら、この機会をどう使う?

 自分がヒロト派の貴族で、ここから巻き返したいと思っていたら、どう行動する?

 自分が反ヒロト派で、自分達の勢力を拡大したいと思っていたら、どう利用する?


 戻った執務室には誰もいない。 

 かつてカインと共に未来を考えた者達はもうどこにもいない。


 しかし未来はある。

 そしてカインとは別の未来を考えていた者達も。


(……よし、誘い出すか)


 隣町のピエトに向けて輸送中だったヒロト達が、”カインの思惑通り”謎の部隊の奇襲を受けて全滅し、そして人質全員が強奪されたのは、彼らの処刑の前日である。


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