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20:民主主義

 民主主義とは何か。


 最初にその理想を掲げた者が、心中で本当は何を思っていたのかはわからない。 


 だが、それがどれだけ崇高なものだったとしても、あるいは如何に下卑たものであったとしても、それがヒロトを通じて、正確にこの世界に伝えられることがなかったのだけは事実だ。


 民主主義とは何か。

 

 この世界における民主主義とは、それはつまり”民衆こそが特権階級だ”ということである。



 かつて自分がギロチン台に乗せられ、そして臣下達が処刑された広場。

 カインは十年前にヒロトがいた所に座り、あの時に自分がいた場所を見下ろしていた。

 視界の先にはあの時と同様に、民衆が蠢いている。


「これより、逆賊の処刑を行う!」


「よっしゃあ!」


「待ってたぜ!」


 カインの右腕として振る舞い始めた辺境伯フランキア。

 彼の宣言を聞き、娯楽に飢えた獣達は歓喜した。


 他人の不幸は自分の幸福。

 叩き売りされた安物の正義感に、我先にと乗り込んでいく。


 十年前から変わらない大衆を眺めながら、カインはその視線をちらりと横に移した。

 視線の先には、周囲の兵達に混じってやけに背丈の低い一団が緊張した面持ちで処刑の様子を見ている。


 通称、人質部隊。


 これはヒロトの子達を含む、ヒロト派の貴族達の子女を集めて結成した部隊だ。

 年齢は高くても十代半ば、低い者はまだ十歳にも満たない。


 ヒロト派の貴族達は、その殆どが当主を先の魔王討伐で失っている。

 つまり彼らは、家を存続されるために必要な跡継ぎをこれでほぼ全員抑えられた格好だ。


 彼らよりも更に幼い子女も別の名目で全員集められており、彼らに何かあればその時点で血筋の断絶が確定するため、ヒロト派も迂闊なことは出来ない。

 

「吊せ!」


 辺境伯の掛け声で連れて来られたのは、先日まで財務大臣をやっていた男、トリエールだ。 

  

「へっ、陛下! 違うのです! あれは全てヒロトの指示で行ったこと!」


 彼の罪状は国の財政を不当に悪化させたというものだ。

 もちろんそれは彼の言う通りヒロトの意向があってのことなのだが、しかし彼には別の罪状を用意してある。


「はっはっは! 見苦しいんだよ税金泥棒!」


「潔く死ねや!」


「血税を無駄遣いした罰が当たったんだ!」


 無残な格好で縛られて両腕を縛られて高く吊るされた元財務大臣。

 人々は彼を指差して嗤いだした。


 どういうわけか、碌に税金を払ってない者ほど血税という表現を使いたがる。

 彼らはむしろ多額の税金を使う側だというのに、なぜが自分達が税金の大半を納めている気になっていた。


 現実を考えようともしないし、世の中の仕組みを知ろうともしない。

 物事の真偽を問わないからこそ、彼らのような衆愚が実現するわけだ。 


 とはいえ、元財務大臣はもうそんなことを気にしている場合ではない。

 なにせ吊るされた彼の下では、見たこともない処刑器具が大口を開けて獲物が落ちてくるのを待っているのだから。


「良し! 動かせ!」


 辺境伯の合図で処刑器具が動作を開始し、その本性を見せた時、カインはこの機械を設計した者の正気を疑った。


 木の塊を細いチップにするための木材破砕機。

 おそらくは魔力を動力源とするそれをベースに改造した物だろう。


 上へと向けた大口に落ちてきた肉を、複数の高速回転する刃で巻き込んで細かい肉片に変え、それを別の口から排出するという構造になっている。

  

 魔道士達が機密書類廃棄を効率化するために開発した魔道具、シュレッダー。

 カインはアレも確か取り込み口が似たような構造だったことを思い出した。

 しかし、これはそれよりも遥かに強力で暴力的だ。


 何人もの魔道士の魔力を使って唸りを上げる処刑機。

 それと同時に、元財務大臣を吊るす縄が少しずつゆっくりと降ろされていく。

 せめて一気に落としてくれれば、まだ短い苦しみだけで済んだものを。


「見ろよあれ! 芋虫みたいだぜ!」


「社会の害虫にはお似合いだ!」


 熱狂する大衆。

 元財務大臣は、下で獲物を待ち構えている刃から逃れようと、必死に体を曲げたり、横に揺れたりしている。


 社会的には自分達よりも上だった存在。

 そんな彼の惨めな姿に、人々の自尊心は大いに満たされていく。


 ――チッ!


 唸りを上げて高速回転する無数の刃達。

 その領域に入った瞬間、掠めるような音と共に元財務大臣の片足が消えた。


「あ……あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 一瞬遅れて到着した激痛。

 消えた足の付け根から鮮血が飛び散る。

 そして処刑機の排出口からは、細切れになった肉と骨が血と共に排出された。

 

 どう考えても彼の足”だったもの”だろう。


(おいおい……)


 自分の”前例の無い処刑方法にしろ”という命令に答えるために用意された機械を見て、カインは思った。

 これを考えた奴は、絶対に殺しておいた方が良い、と。

 

 そもそも、この国の工業力から考えて、カインの命令より前の時点でこの殺人機械が完成していたのは明らかだ。

 おそらく最初の構想は何年も前だろう。

 元々はいったいこれを何に使うつもりだったのか……。


(あれは狙ってやっているのか……?)


 この類の機械で発生する事故として一般的なのは、回転する刃に体の一部や衣服が触れてしまい、そのまま圧倒的な力で全身を引きずり込まれるというケースだ。

 もちろんその場合も助かる可能性は低いわけだが、今回はそれとは少し現象が違う。


 回転する刃に体の一部が触れるところまでは同じ……、なのだが、刃の切れ味があまりにも良すぎるのか、あるいは引き込む力があまりにも圧倒的なのか、触れた箇所だけが綺麗に抉り取られていた。


 つまり元財務大臣は、自分の命が尽き果てるまで、体を下からゆっくりと細切れにされていかなければならないのである。


「ひっ、ひぃぃぃぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!」


 広場に鳴り響く絶叫。

 人々の歓声の中で、生きたままの人間が肉骨片に変わっていく。

 膝が消え、腿が消え、そろそろ胴体だ。


 カインは横目で先程の人質部隊の子供達を見た。

 ガタガタと震えているのはいい方で、泣き出す者や地面にうずくまって吐いている者が何人もいる。

 流石に彼らの年齢でこれを直視するのは厳しいだろう。


(あれは……、確かアドレナの子供だったな)


 人質部隊の中で彼女だけが冷静に他の子供を介抱している様に見える。

 処刑の様子を直接見ないようにしたのだろうか?

 しかしそれでもやはり不自然な印象は拭えない。


「ぁぁ……、ぁごぉ……」


 ついに激痛に耐えきれなくなったのか、元財務大臣は白目を向き、口から泡を吐き始めた。

 処刑機の刃が骨盤を噛み砕き、支えを失って零れ落ちてくる彼の内臓を飲み込んでいく。


 やがて元財務大臣は脳髄までを砕かれ、人の姿を完全に失った。


「ヒャッホォォォォォォォ!」


「国王カインばんざーい!」


 歓喜してカインを称える民衆。 


 ――今すぐに聖剣を抜いて、こいつらを皆殺しにしたい。


 カインは自分の復讐とか、臣下の敵討ちとか、そういうことは一切に抜きにして、純粋に目の前の大衆を殺したくなった。

 はっきり言って、生理的に受け付けない。


(我慢、我慢だ……)


 権力者というのは、往々にして孤独な忍耐を要求される。

 まさに今のカインのようにだ。


 そんな彼の心中を察したのかどうかはわからないが、辺境伯は再び声を張り上げた。


「聞け! これより一週間後、逆賊ヒロトを初めとする者達の、一斉処刑を行う!」


「マジかよ!」


「すげぇええ!」


「もったいつけてくれるぜ!」


「今すぐやっちまえよ!」


 群衆の期待が高まる。

 勇者の力を与えられ、国王にまでなった、勝ち組の中の勝ち組。

 それが転落する瞬間を見られるというのだから、彼らにとっては当然の反応だ。


「場所は隣街のピエト! そこに用意した、最新型の処刑器具を用いて処刑を行う! 王都民は全員、一人残らずピエトで逆賊の最後を見届けよ! これは王命である!」


 王都から数キロ離れた場所にある街ピエト。

 そこまでの移動を嫌った人々からは不満の声が上がり始めた。

 が、しかし――。


「最新型の処刑器具ってどんなのだろうな?」


「今日のもすごかったからな! きっととんでもねぇのが用意されてるに違いないぜ!」


「俺、絶対見に行く!」


 先程、元財務大臣を細切れにした処刑に興奮していた人々は、その欲望を抑えきれなかった。

 今日の処刑に使われたのは、それだけ見事な装置だった。

 完全な新規設計ではないとはいえ、それでもこの世界の工業力で考えれば、間違いなく最先端といっていい代物だ。


 そして殺されるのは他でもない”ヒロト様”である。 

 人々は、成功者がいったいどんな凄惨な方法で処刑されるのだろうかと、口々に話しながら帰路についた。


 この世界に根付いた”民主主義”の中に、美学などという概念は一切含まれていない。


 少なくとも、それだけは間違いないだろう。

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