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2:公開処刑

 クーデターから一週間後。

 カイン達は王宮前の広場でギロチン台の上に乗せられていた。

 他にも宰相や財務大臣、近衛隊長の三人が同じように台の上に乗せられている。


「よくもまあ、こんな数のギロチンがあったもんだ」


 カインは素の口調で感心したように言った。

 こうして玉座から降ろされた以上、王らしく振る舞ってやる必要はない。

 

 彼らが乗せられたギロチン台四つは横一列に並べられており、さらに正面にはなぜかもう一台置いてある。

 カインの記憶では過去三十年ぐらいはギロチンで処刑された者はいなかったはずだ。

 それなのにどうして現役のギロチン台が五台もあるのかと言う話である。

 

「陛下! 陛下ぁ! おのれ、逆賊どもめぇぇぇ!」


 カインの右隣のギロチン台の上で、中年の近衛隊長が叫んだ。


「煩いぞマグロイ。ここまで来たらもうどうにもならん。せめて格好ぐらいは付けさせろ」


「何を仰るか陛下! こんな物、ワシの力で、ぐぬぬぬぬぬぬ!」


 自分の拘束を壊そうと力を込める近衛隊長マグロイ。

 しかしながら、首と両手首を挟み込む鉄の板はびくともしなかった。

 その様子を横目で見て、溜息をつく他の三人。


 別にカインとて大人しく死んでやる気はないのである。

 だが全くと言っていいほどに好機が来ない。

 

 この一週間の間は牢獄で常時二人以上の監視が付いていたし、周囲も常に敵に囲まれた状態だった。

 頼みの近衛隊はといえば、どうやら隊の中からクーデター参加者を出した影響で互いに疑心暗鬼になったらしく、纏まった行動を一切見せていない。

 数人、あるいは単独でカインを救出しようとした者達もいたのだが、そこは多勢に無勢でどうにもならなかった。


 仮に上手く逃げ出せたとしても、そもそも勇者とその補佐である聖戦士三人が敵にいる時点で、こちらの敗北は確定である。

 彼らがいなくたって結果は大して変わらないはずだ。


(……負けだな)


 女神から勇者の福音を与えられたヒロト。

 そしてその補佐役として聖戦士の福音を与えられた三人の少女達。


 魔王ですら勝てないような連中が敵に回った時点で、もうどうすることもできない。

 全ては女神からの神託に従ってヒロトがこの世界に召喚された時点で決まっていた、と考えていいかもしれない。


 それにしても……。


「暴君を殺せぇ!」


「勇者様ばんざーい!」


「新しい時代の幕開けだ!」


「うぉぉぉぉぉぉ!」


「明るい未来が来たぞ!」


(……阿呆かこいつら)


 カインは広場に集まって熱狂する大衆を見て溜息を付いた。

 扇動されているだけだということにも気が付かず、自分達は正義を実行していると思っている者達。

 この処刑の後にはまるで天国のような理想郷が訪れるのだと、本気で思っている者達。

 そこには真剣に未来を見ようという意思が全くと言っていいほどに見当たらない。


 現実逃避。


 都合の悪い事実の一切から目を背けて生きている者達だ。

 抗おうという意志も、自分の手で希望を掴み取ろうという覚悟もない。

 何もかもが他人任せ。


 永遠に主役になれない存在。


(我ながらよくやったもんだ)


 こんな者達で構成された国家をよくもここまで運営してこれたと、カインは自分で自分を称賛したくなった。

 彼らに向かって”大衆は愚かだ”と言ったら、いったいどんな反応をするだろうか?

 きっとその言葉が味方の陣営から出たことなど想像すらしないのだろう。

 ただ機嫌を損ねて感情的に否定するに違いない。

 的外れな反論をする奴がいればまだマシな方か。 


 別に自分勝手に振る舞うこと自体は一向に構わない。

 それが生きるということだ。

 ただしあくまでも、自分の行動の結果を受け入れるという前提の下での話だ。

 どんなに都合の悪い終わりとなったのだとしても、それを受け入れるのであれば好きにしろ、ということである。


 ――ドォン!


 爆発。

 

 既に首をギロチン台に固定されていたカインには見えなかったが、彼の右側の方で大きな爆発が起こった。


「陛下をお救いしろ!」


「きゃぁぁぁぁぁ!」

  

「敵襲だ!」


 首を少し回して目線を思い切りその方向に向ける。

 どうやらカイン達を助け出そうした者達が広場に乱入したらしい。


「おお! ようやく来たか!」


 マグロイが歓喜の声を上げた。

 とはいえ、人数は全部で十人もいない。

 助けに来るにしたって、わざわざこのタイミングにするメリットは無いはずだ。


 不満の捌け口として、王と側近の公開処刑を望む群衆。

 そして勇者を始めとした、新たな体制とその主役の座を望む者達。 

  

 そんな連中が集まっている所に突っ込むなど、煮るなり焼くなり好きにしてくださいと言っているようなものだ。


(戦力も妙案もなく追い込まれて賭けに出たか? 逃げておけば良いものを……)


 カインは密かに唇を噛んだ。

 別に”全ての国民を愛する”などという寒気のする主義を持っているわけではないが、かといって自分のために死地に乗り込むような連中を無下にするほど腐ってもいない。

  

「陛下! 今助け――、ぎゃ!」


 広場の人々を散らしながらカイン達のいるギロチン台へと近づいていた男達。

 勢いに乗ってそのまま四人を救出しようとした彼らを、魔法の矢が貫いた。


「なんだ?!」


「おい見ろ!」


「ユリア様だ!」


 魔弓士ユリア。

 勇者ヒロトの補佐として聖戦士の福音を与えられて三人の少女の一人である。

 カインの背後、王宮のバルコニーにいた彼女が弓を構えて見下ろしていた。

 横にはヒロトとアシェリア、そして他の二人の聖戦士もいる。


「動け! 止まったら殺られるぞ!」


 男達はカインの方向に走りながらも、攻撃を回避しようと進路を左右に揺らした。

 が、しかし。


「甘いですね」


 ドドドドッ!


「うわぁぁぁぁぁ!」


 魔力で作られた矢の連撃が、忠臣達を容赦無く貫いていく。


「普通の人間が動く速度など、私にとっては止まっているも同然です」


「くそ……」 


 最後に残ったのはリーダー格と思われる一人。

 カインは彼の顔を見たことがある。

 普段はあまり接点が無かったが、確か近衛隊の所属だったはずだ。

  

(他の奴らもか?)


 横のマグロイを見れば、部下を目の前で殺された怒りで全身を真っ赤にして震えている。

 そんなことなど意にも介さず、ユリアが最後の一人に向けて冷酷に矢を放った。


「かっ、カイン国王ばんざぁぁぁぁぁぁい!」


 ドスッ!

 

 自分の名を叫ぶ断末魔。

 カインの目の前で、自分を助けようとした男達は散った。

 倒れた彼らの体に民衆が殺到する。


「ビビらせやがって!」


「人の迷惑を考えろってんだよ! 世間知らず!」


「思い上がってんじゃねぇよ! 苦労も知らねぇ奴らがよ!」


「特権階級のつもりか?! 人間のクズが!」


 ほんの一週間前までは、この国の誇りと憧れだったはずの者達。

 彼らの遺体は人々によって足蹴にされ、物を投げつけられ、汚物をかけられた。

 ボロボロになった遺体達。

 身分など関係無しに、厳しい訓練を耐え抜いた者だけがなることを許される近衛隊は、この時点を持って、侮辱と嘲笑、そして嫉妬と憎悪の対象となった。


「おのれ……。おのれぇぇぇぇ!」


 マグロイが自分の手首を引きちぎりそうな勢いで暴れ出す。

 宰相と財務大臣もまた拳を握りしめた。

 

「みんな待たせたね、時間だ!」


 背後から降り注ぐ声。

 それが誰の声であるかなど、考える必要すらない。


 勇者ヒロト。

 今回の一件の首謀者とも言える男だ。


「勇者様!」


「救世主ヒロト様―!」


 聴衆から湧き上がる歓声。

 まるで広域洗脳魔法でも使ったのかと思えるぐらいの支持の高さだ。


 魔王を倒した英雄、そしてこれから自分達の生活を変えてくれる救世主。

 そんな偶像に呆気なく騙される者達。

 こんな光景を見せられてしまっては、流石のカインも認めざるを得ない。


 ――大衆は愚かだ、救いようがないほどに。


「これより暴虐の王カインを始めとする、民を虐げ私利私欲を貪っていた者達の処刑式を始める!」


 安物の英雄による高らかな宣言。

 それに答えた人々は、まるでカインの考えを肯定したかのように、こぞって腕と気勢を上げた。


 

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