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19:卑怯者

 地下の隠し部屋で、全ての申し送り事項を確認したカイン。

 彼は自分の行動をカモフラージュする意味も兼ねて、城の地下牢へと向かった。


 そこには現在、ヒロト本人を始めとした王宮内の”ヒロト派”が全員入れられている。

 ヒロト派の子女は全て人質部隊として徴兵したので、ここにいるのは大人だけだが。


 自分もいつ殺されるのかと緊張した様子の牢番に案内させ、カインは一番奥の牢の前に立った。


「気分はどうだ? ヒロト」


 両手両足を失った前勇者。

 勇者の力を失ったとは聞いていないから、もしかしたら聖剣さえあればまだ力を使えるのかもしれないが、しかし彼にはもう剣を握る手が無い。


「お前は――!」


 声を掛けてきた相手がカインだったことに気がついたヒロト。

 アシェリアに膝枕をされて寝ていた彼は、顔だけをカインの方向に向けた。


「よくもやりやがったな! 今すぐここから――」


 今すぐここから出せ。

 そう言おうとしたヒロトは、唐突なデジャブに襲われた。

  

 ……なぜだろうか?


 途中で発言を打ち切ったヒロトに、何かあったのかと視線が集まる。

 

「い、今すぐ僕達をここから出せ!」


 しかし結局何も思い浮かばなかったらしく、改めて言い直したヒロト。

 それを聞いて、隣の牢に入れられていた財務大臣トリエールと宰相エルガが静かに息を呑んだ。

 ヒロトの口を塞ぎに行きたいが、牢が違うのではそれは出来ないし、迂闊に声を上げてカインの注意を引くのも御免だ。

 

 カイン達が王宮に到着してから彼らがこの牢屋に入れられるまで、若干の時間的な猶予があった。

 その間に逃げ出したり、命乞いや点数稼ぎをしようとした者もいたのだが、全てカインの不興を買って斬り殺されている。


 彼らだって本当はここで助命を願い出たいが、今のカインはそう容易な相手ではない。

 十年前のような、気に入らない相手の話でもとりあえず聞いてくれるような寛容さは持っていないのである。


「ああ、それなら心配するな。もう少ししたら出してやる」


「本当ですか?!」


 その言葉を聞いた周囲から安堵の声が漏れる。

 しかし宰相や財務大臣を初め、カインの言葉の意味に気がついた者達は静かに戦慄した。


 逃げ出すことも許さず、わざわざ自分達をこの場所に閉じ込めたのだ。

 まさか何事も無く解放してくれるわけがないではないか。


 きっと今は”何か”の準備をしていて、それがもうすぐ完了するのだろう。

 一体”何か”まではわからないが、しかし決して歓迎できない事であるのは間違いない。

 そしてそれが政治的な意味を持っているであろうことも。


「それまでは行儀良くしておけよ? ”勇者”様?」


「……?!」


 安い挑発。

 しかしこれぐらい露骨でなければ、彼らにはわからない。


「この……!」


 体を起こそうとしたヒロト。

 だが四肢の無い体にはまだ慣れていないのか、体が一度跳ねただけだ。


「あなた!」


 膝から落ちた夫を慌てて拾い上げようとするアシェリア。


(こいつのせいで……!)


 自分一人では起き上がることすらも出来ない屈辱。

 全ては目の前にいる男のせいだ。

 そう思った直後、ヒロトはそれが明らかにおかしいことに気がついた。


(ちょっと待て。落ちつけ、落ち着いて考えるんだ)


 確かにヒロト達がこの牢に入れられているのはカインのせいだ。

 それは間違いない。

 

 だが自分が四肢を失ったのは?

 それは魔王によるものだ。


(魔王……?)


 ヒロトの視界の真ん中で、善意と良心に愛想を尽かした赤い瞳が輝いた。


 ――どこかで見たことがある。


(どこだ? どこで見た? 思い出せ、思い出すんだ)


 この王宮の中ではないどこかで。

 この王都ではないどこかで。


 そう、あれは確か――。


 カチリと。

 ヒロトの中で、全てがつながった。


 確信。

 

「お前が……、魔王だったのか……」


 呆然とした顔でカインを見た勇者。


 勝負事というのは、その勝敗や内容はもちろんだが、戦う相手が誰であるかというのが最も重要だ。

 誰に勝ったのか、そして誰に負けたのか。

 

 弱者に勝利したところで矮小な器しか満たされることはないが、しかし弱者に敗北すれば器そのものが破壊される。


 十年前、ヒロトにとっては見下す対象でしかなかったカイン。

 異世界から来た勇者の中での序列は、そこから更新されていない。

 あくまでも自分が上、カインが下だ。


 カインが勇者の力を得たのは、自分が魔王に負けたから。

 彼が自分よりも強力な勇者の力を与えられたなど、妄言に決まっている。


 ……そう思っていた。


 だが、もしも魔王の正体がカインだったとしたら?

 それはつまり、自分が直接カインと戦い、そして敗北したということではないか。


 突きつけられた現実。


「……さて、何のことだろうな?」

 

 薄暗い空間で赤い瞳が怪しく光る。

 カインの反応は肯定ではなかった。


 ……が、しかし否定もしてはいない。


 ヒロトを初め、周囲の人々はその推測が真実なのだと解釈した。

 つまりはカインこそが新たな魔王なのだと。

 

 そしてそれを理解した宰相や財務大臣を初めとする文官達は、今まで思いつかなかったシナリオが一つあることにようやく気がついた。


 ――もしも、神託が偽物だったとしたら?

 

 勇者は依然としてヒロトただ一人のままで、魔王カインと教会が手を組み、一芝居打ったのだとしたらどうだろうか?

 例えば魔王には勇者を殺すことが出来ないので、生きたままで無力化するためにこんなことをやったのだとしたら……。


「嵌められたのか……?」


 宰相が呆然と呟く。

 ヒロト派は勇者ヒロトという最大の切り札を、自ら捨ててしまったのか? 

 勝利の可能性を、自分で手放したということか?


「騙しやがったな……!」


 睨みつけるヒロト。

 現在への不満と将来への不安。

 ここで彼らの負の感情は、全てが目の前にいる赤い瞳の男へと矛先を向けた。


「はて? あいにくと”王族に生まれ育った世間知らず”なんでな。”勇者様”の言っている意味が全く理解できんよ」


 そう言って身を翻したカイン。

 その言葉は明らかに嘘だ。


「待て! 卑怯者!」


 背後からヒロトが叫んでも、彼の足取りは微塵も止まる気配がない。

 そしてその背中で彼らを嘲笑うようにして、カインはその場を去っていった。


 

 王宮で侍女として働くティナ。

 彼女は密かに国王カインの行動を探っていた。

 理由はもちろん彼が対立する陣営の人間だからだ。


(一人で図書室と宝物庫で”何か”をした後、地下牢へ。そして今度は……)


 今、彼女はヒロトの側妃アドレナの部屋の前にいる。

 アドレナは”魔王によって”殺されているので、この部屋はもう誰も使っていないのだが、しかしまだそのままの状態で残されていた。


(まさか下着でも漁ってるの?)


 世の中には実際にそういう趣味の人間もいるので、一概には否定できない。

 ティナは真偽を確かめようと、耳を澄ませた。

 ボソボソとだが、カインの独り言らしき声が聞こえてくる。


「魂移し……。そんなことが現実に可能なのか? この理論が正しいなら、過去にも未来にも……」


(魂移し……?)


 耳に入ってきたのは聞き慣れない単語だ。

 いや、彼女にとっては人生で初めて聞いたと言っていい。

 

 気になったティナは、扉を少しだけそっと開けて中の覗き込んだ。

 カインがこちらに背を向け、本棚の前に立って何かを読んでいる、

 どうやら死んだ人妻の下着を漁っているわけではなく、治癒師だった彼女の研究資料を見ているらしい。


(まさか……、不老不死を求めてるの?)


 ティナは、確かアドレナがそんな研究をしていたことを思い出した。

 老いた肉体を捨て、若い体に魂を移す。

 なるほど、それならば確かに魂移しという単語が出てきたのも納得がいく。


(そう言えば……、アドレナは聖戦士の力のおかげで研究が進んだって言ってたことがあったわ)


 勇者の力は聖戦士よりも強力。

 アドレナの研究が成果を出していた場合、それを引き継いだカインが本当に不老不死を実現してしまう可能性がある。


(もしそうなったら……、大変なことになるわ)


 杞憂かもしれない。

 しかしそうなってからでは全てが遅い。  

 ティナはこのことを自分の陣営に伝えようと、部屋からそっと離れて歩き始めた。


(――え?! 何これ?! 通れない?!) 


 目視では何も確認できない空間。

 しかしそこには確かに見えない壁があり、ティナが通るのを阻んでいる。


(ちょっと……、嘘でしょ?!)


 慌てて手で触って通れる所を探す。

 しかし見えない壁は途切れること無く続いているようで、全く通れる気配がない。

 

(それじゃあ反対側から!)


 通路の反対方向へ向かおうと背後を振り返ったティナ。

  

「きゃ!」


「どうした? 何かいい話が見つかったか?」


 自分よりも背の高い男。

 ティナは恐る恐るその男を見上げた。


 大丈夫。

 相手の正体は既にわかっている。

 

 ――カインだ。


 ティナ目の前には、いつの間にかカインが立っていた。

 そして左手では腰の聖剣が僅かに抜かれている。


「え、ええとですねっ! ちょ、ちょうど手が空いたので、休憩でもしようかなぁなんてですねっ!」

(どうしようどうしようどうしよう! 殺される!)


 慌てて取り繕うティナ。

 こういう事態を想定していないわけではなかったが、しかしいざ本人を目の前にすると、上手く演技が出来ない。


「そうか、それならば休暇をやろう。……使い切れないほど特大の奴をな」


「えっと……、あの……」


 獲物を狙う捕食者の如く輝く赤い瞳。 

 その日を境に、彼女の姿は王宮から消えた。



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