17:凱旋
王国の北東。
とある貴族の領地には、この地域周辺の貴族達が戦力を結集させていた。
「さてお前達、準備は出来ているな?」
「はっ。もちろんです、”陛下”」
広間に集まった貴族達が、カインの前に跪く。
「他の地方貴族達も、我らの動きに呼応して王都へと戦力を差し向ける手筈になっております」
ここにいる分も含めて貴族達を取りまとめた男、フランキア辺境伯がわかっているといった様子で答える。
他の貴族達も頷いた。
東の罪飼いの一族の元を密かに抜け出して接触してきたカインに同調し、戦力を掻き集めた”反国王ヒロト派”。
この十年で力を大幅に削ぎ落とされていた彼らは、魔王討伐軍の派遣によって王都周辺の戦力が空になったこのタイミングを狙い、打開を図ろうとしていた。
与えられた爵位など、大きな負担を強いるための口実でしか無い。
彼らが求めているのは名目上ではなく、実体としての影響力拡大だ。
この時点をもって、彼らは”カイン派”へと看板を変えたのである。
「王都にはもう碌な戦力が残っていない。殆ど無血開城に近い形になるだろう。残っている王都民も話にならないからな」
カインは吐き捨てた。
この十年間、国王ヒロトの治世下で王都は生産能力のほぼ全てを放棄し、その殆どを地方や、あるいは聖地を中心とする教会系の土地に頼っていた。
つまり彼らは自分達だけで独立した勢力を維持するだけの能力を、全く持っていないのである。
さらにはこれまで頼りにしていた軍事力も、二度の魔王討伐失敗によってその殆どを失った。
まさしく千載一遇の好機。
ここで攻めないでいつ攻めるというのか。
「陛下」
「なんだ?」
貴族の一人が前に進み出る。
「恐れながら、教会の者達も我々の目論見には気がついた様子。先日申し上げました通り、平民の中でもまともな者達は、この十年で大半が聖地へと移動しております故、もしかするとこれを好機として動いてくるかもしれませぬ」
「ああ、わかっている。最悪は教会と全面戦争も有り得る話だ、王都を取った後はすぐに準備を始めるぞ」
「はっ!」
教皇グレゴリー。
自分が元々いた世界の常識で物事を推し量っていた勇者ヒロトや、現実よりも妄想を優先する者達とは異なり、彼はおそらくかなり手強い相手だ。
ヒロト達を背後からそそのかし、王都を堕落の街に変えると同時に、有望な人材を片っ端から自分達の領地へと引き込んだ。
具体的な数字は調査しなければわからないにしても、純粋な国力で言えば既に向こうが上回っていることはまず間違いない。
こちらが優位に立っているのは、カインという勇者の存在ぐらいか。
(俺への対抗策と大義名分に目処が立てば……、いよいよぶつかるな)
仮にカイン抜きで彼らと戦うとすれば、間違いなく勝てないだろう。
こちらの戦力は疲弊した地方貴族達とその民、そして究極の衆愚でも目指しているとしか思えない王都周辺の大衆。
まともに戦えそうなのは前者だが、しかしそれでも地力が違いすぎる。
相手は武僧や腕に覚えのある平民達、さらに職人達もかなり流れているから、装備の質も向こうが上のはずだ。
「とにかく、まずは王都だ。最速で行くぞ」
「はっ!」
「いきなり王都民を殺したりはするな? 奴らにはまだ”使い道”がある」
魔王討伐軍を引き連れて王都出発した”勇者カイン”が、”国王カイン”として地方貴族軍を引き連れて王都を制圧したのは、この数日後だ。
★
「おいおい、なんだなんだ?」
騎士団を初めとして、戦力の殆どを外に出してしまった王都。
十年前から悪化し続けていた治安が、取り締まる者達の不在でさらに悪化した街。
地方貴族軍を引き連れた”国王”カインは、その中を真っ直ぐに王宮へと向かって移動して行った。
「なんですか貴方達は?! ここは王宮ですよ! 不敬です!」
「それはお前だ」
「――!」
先頭を歩いていたカインは、偶然入り口の辺りにいた侍女を容赦無く聖剣で斬り捨てた。
それを見ていた者達が思わず息を呑む。
十年前の”国王カイン”であれば、まず考えられない行動である。
「キャァァァァァァァァァ!」
「カ、カイン様?!」
突如として王宮に現れた武装集団によって侍女が斬り捨てられたことで、王宮の者達が騒然となり始めた。
しかしカインであることに気がついたのか、彼らは近付こうとした足を止めた。
しかし今は彼らに用はない。
幾度となく通った通路を通り、カインは地方貴族達を引き連れて玉座のある謁見の間へと向かった。
バンッ!
勇者の福音で身体能力を強化されたカイン。
彼が謁見の間の扉を勢いよく蹴破ると、中にいた人々が一斉にカインの方向を向いた。
どうやら謁見の間ではちょうど政務が行われていたらしい。
両脇の壁に立つ数人の兵達。
玉座の前に跪いている神官。
横に立っている宰相。
そして二つ並んだ玉座についている王妃アシェリアと――。
「なんだお前は?!」
アシェリアの横、本来は国王が座る場所にいた少年が声を上げた。
カインも初めて見る顔だ。
年齢はまだ十代に達していないだろう。
(ああ、なるほどな)
ヒロトは既に玉座に座れない体だ。
となると、つまりこの少年がその後釜ということか。
彼の視点から見れば、もうすぐ王様になる自分の前に無礼者達が現れた、といったところだろう。
「カッ、カイン様! お早いお帰りで……」
宰相エルガが慌てた様子でカイン達に近づいてきた。
この状況を見れば、彼らが何をしていたかは明らかだ。
カインの後ろにいたフランキアは鼻で笑いたくなった。
人はワインを出せと叫び、そして出てきたワインを見て自分が求めているのはパンだと言い始める。
勇者カインには魔王討伐後には是非とも国王への復帰をと言いつつ、裏ではヒロトとアシェリアの子を王に出来るように教会と話をしていたわけだ。
最後は状況を見て、どちらかを切り捨てて勝ち馬に乗るつもりだったと見ていい。
しかし彼らは、まさかカインがこれほど早く戻ってくるとは思わなかったのだろう。
せめてカイン達が王都に到着したことを、急いで知らせる者ぐらいは用意しておけば良かったものを。
カインは宰相の問いには答えることなく、玉座まで進んだ。
「……」
跪いていた神官もまたこの状況を理解したらしく、口を出さないことを選択したらしい。
当然だ、ここでカイン派とヒロト派が争ってくれれば、教会系が漁夫の利を得ることになるのは明白。
それに、勇者となった今のカインを止められるような戦力は持っていない。
カインを王にする気は一切無いアシェリアとその子供。
カインを王にして巻き返しを図ろうとしている地方貴族。
どちらか都合の良い方を選ぶつもりでいる宰相と神官。
三者の思惑はしかし、彼ら自身によって成就することはない。
それを決めるのはあくまでもカインだ。
「どけ。今回だけは特別に見逃してやる」
玉座に座ったままの少年の前に立ち、それを見下ろしたカイン。
相手はまだ子供だ。
大人同様にいきなり首を刎ねるのもかわいそうだと思い、彼に玉座から降りるように促した。
しかし――。
「ふざけるな平民のくせに! 僕は王子だぞ! それにもうすぐ王になるんだ! お前達、この無礼者を今すぐ殺せ!」
……流石はヒロトとアシェリアの子だと言ったところか。
自分達が特権階級であるということが、結果ではなく前提だと思いこんでしまった者によくある話だ。
元々の才覚はともかくとして、教育は完全に失敗だったと判断していいだろう。
「その通りです。王は王の子が成るもの。この子以上に王に相応しい者はいません」
横に座った母親に肯定されて安心する子供。
少年は、それ見ろと言わんばかりの顔でカインを見上げた。
しかしカインはそれよりも背後から感じる神官の視線を気にしていた。
ここで見たことを、後で教皇に報告するのはわかりきっている。
前向きに見るならば、教会側の動きをここで多少コントロール出来るということだ。
流石にこうなってしまっては、子供を殺すのは気乗りしないなどとは言っていられない。
本来ならばこうなる前にアシェリアが降ろすべきなのだろうが、彼女自身がこの少年を次の王にする気満々なのだから仕方があるまいと諦めることにした。
美学は必ずしも幸福論を含まない。
人間の中には、物事の好き嫌いで行動しない者もいる。
普通の人間は永遠に自力で空を飛べない。
鳥の考えることなど、感覚の段階からして受け入れられないだろう。
理解を求めるのはナンセンスというものだ。
輝く赤い瞳。
カインは聖剣を抜くと、目の前の少年の首を刎ねた。
「マヒロト!」
飛び散る鮮血。
どうやら少年の名はマヒロトというらしい。
父親の名前に文字を加えたわけか。
「邪魔だ」
カインは首を失った王子の体を無造作に投げ捨てた。
切り離した頭部も一緒に放り投げる。
カインと一緒にやってきた貴族達から小さなどよめきが上がる。
こうなることを予見していたのは、神官と辺境伯フランキアの二人だけだ。
そして彼らは当然、これが内外に対する政治的なパフォーマンスであることを理解している。
例えばここにカインと王子の二人しかいなかったとしたら、おそらくこうはなっていなかっただろう。
「マヒロト! マヒロト! なんてことを?!」
息子の遺体に駆け寄るアシェリア。
彼女に自分の対応が不味かったという自覚はない。
罪悪感。
自分の中にまだ良心の類が残っていることを感じながら、カインはアシェリアの座っていた椅子を蹴り飛ばしてから玉座に座った。
フランキアが跪き、他のカイン派達もそれに倣う。
宰相とて、その行動の意味がわからないわけではない。
彼も慌てて跪いた。
予想以上にとんでもないことになったと、大量が汗が吹き出す。
ひっくり返ったのだ。
十年前にカインの血筋は平民に落とされ、そしてヒロトの血筋が新たな王族になった。
十年後の今、再びカインの血筋が王族となり、ヒロトの血筋は平民へと戻された。
つまりそういうことだ。
平民の子供が玉座に座ったというのだから、ここで殺さなければ舐められる。
「そこの神官」
「はっ!」
「見苦しいところを見せたな。話は”国王の”俺が引き継ごう」
視界の片隅に少年の遺体を入れながら、ここは敵の眼前、無理をしてでも傲慢に振る舞って見せねばならないと、カインは内心で自分に言い聞かせた。
教会はこちらの事情全てを把握しているわけではない。
こちらが既に一戦交える腹を決めていることは知らず、よって打算的な友好関係の選択肢をまだ残しているはずだ。
……少しでもこちらに有利な条件で開戦に持ち込まねばならない。
「おい、その煩い奴をつまみ出せ。死んでるのも一緒にだ。それで? 何の話をしていた?」
カインは横に立っていた兵達に指示を出したのだが、彼らが戸惑っているのを見たカイン派の貴族が自分の配下にそれをやらせた。
これで少しでも覚えが良くなればいいとでも考えたのだろう。
泣き叫びながら連れて行かれるアシェリア。
しかしカインは彼女の方向を一瞬も見ない。
「はい、それはもちろん次の国王に関してでございます。即位式には教皇台下も出席いたしますので、その日程調整もあります故」
宰相の動きが一瞬固まった。
横で話を聞いていた辺境伯は、これがカインにすり寄る発言だと認識した。
ヒロトの子はもう一人いるはずだが、それを王にするのは諦めたということだろう。
同時にそれは、この神官が教皇からそれ相応に信を置かれていることの証明でもある。
そうでなければ、教皇の判断を仰ぐために一度持ち帰るはずだ。
「不要だ」
カインは神官の言葉を一言で斬り捨てた。
王として十年の空白。
果たしてどこまで上手くやれるかと、内心で冷や汗をかきながら。
「……と言いますと?」
「王は十年前から俺のままだ。……少々不測の事態は生じたがな」
「……なるほど。では台下にもそのようにお伝えいたします」
「ああ」
この世界では本来、教皇は猊下と呼ばれる。
台下はその一段下の役職者達に対して使われている呼び方である。
教会内部の後継者争いを制したグレゴリーは、政治的な思惑で今も自分を台下と呼ばせていた。
過去の教皇の中には、猊下どころか聖下と呼ばせるほど自己顕示欲が強かった者すらいたのだが、それとは対照的だ。
満足感よりも損得を優先する男。
それが今代の教皇であるグレゴリーに対するカインの印象である。
この十年の間は、勇者ヒロトや騎士団長アーカムにあっさり出し抜かれた自分に落ち込んだりもしたのだが、しかしあの男が裏で糸を引いていたのであれば納得だ。
(勇者の力に胡座をかけば足元をすくわれる。ここからが勝負だな)
言うなれば、十年前に自分を負かした相手。
カインはその男と、再び戦おうとしていた。




