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1:良心の落日

 彼は今、玉座に座ったままで剣を突きつけられていた。 


 国王カイン。

 唯一の後継者として王家に生まれ、先代の急逝によって十代でこの世界唯一の国の王となった男。


 政治的な思惑の元に妻を迎え、いよいよ二十代の後半に入ろうかという頃。

 そして来年にも十代の最後の年を迎える妻との間に、そろそろ跡継ぎをという時期になった今。


 彼は臣下だった者達に周囲を取り囲まれ、幾つもの剣を向けられていた。


「……何の真似だ?」


 一体何が起こったのか。

 内心の狼狽を隠しつつ、彼は考えられる可能性を模索した。


 焦ってはいけない。

 隙を見せれば足元をすくわれる。 


 王族特有の赤い瞳をゆっくりと動かして、周囲の状況を確認した。


 自分を取り囲んで剣を向けているのは騎士団に所属している者達だ。

 しかしそれ以外に文官達も混じっている。

 彼らがこちらに剣を向けて来ないのは、単に持っていないからだろう。

 王宮内で帯剣を咎められないのは騎士達だけだ。


(クーデターか?)


 やはりというか、なんというか。

 カインはその可能性をまず最初に考えた。


 現実的な話として、八方美人に国家の運営は不可能だ。

 程度の差こそあれ、どうやっても王に反感を持つ者は出てくる。


 ……それはどんな者達だろうか?


 カインは頭の中を整理した。


 現実を直視する能力がある者達は、不要に締め付けない限りにおいては案外に物分りがいい。

 友好的な関係になるのは難しいが、しかし敵対的な関係を回避するのは割と簡単である。


 真っ当な志を持つ者達もまた与し易い。

 何せ性根が真っ直ぐなのだから、こちらが最低限の倫理を保っておけば、どうということもない。


 問題は能力も無ければ性根も腐っている者達である。


 自らが最も手厚く遇されるべき人間だと信じて疑わない者。

 自分以上の賢者など存在しないと思いこんでいる者。

 理想と現実の区別がつかない者。

 単純に身の程や物事を知らない者。


 詳細はとにかくとして、積極的にクーデターを起こしたがるのはこういった類の連中だろう。

 自分達の不満がそれで解消されると本気で思っている。

 とにかく未来を考えようとしない。

 見えているのは目先の損得のことだけである。

 もっと先のことを考えようという意思そのものがないのだから、考える能力があるかどうか以前の問題だ。


 それにしても――。


(近衛隊までいるのか……)


 カインは横目でチラリと周囲の者達の服装を確認した。

 本来であれば王の盾として、カインを守らなければならない者達。

 彼に対して剣を向けている者達の中には、その近衛の姿も含まれている。


(音頭を取ったのは誰だ?)


 近衛隊は倫理観や忠誠心の高さを見て選抜されている。

 しかも騎士団とは組織的に独立している上に、両者は仲が悪い。

 脳筋揃いの騎士団、お高く止まった近衛隊、等と陰で言い合っているのはカインもよく知っている。

 騎士団がクーデターの中心だというのなら、近衛隊の者達を味方に引き入れるのは、そう容易ではないはずだ。

 まさか自分達の行動の意味がわからない者達でもあるまい。


(人質でも取られたのか?)


 仮に彼らが近衛という自分達の立場を理解していたとして、その上でこんな行動を取るとすればどんな可能性があるか? 

 そう考えたカインに唯一思いついたのがそれだ。

 例えば家族を人質に取られたとすれば、逆に性根が真っ直ぐな者ほど抵抗できないだろう。


「陛下。身柄を拘束させて頂きます」


 無言となったカインに対し、騎士団長アーカムが緊張した面持ちで告げた。

 その額には幾つもの汗が浮かんでおり、少なくとも王に対して剣を向けるということの意味は理解しているように見える。

 

 果たして彼はどちらだろうか?

 望んでやっているのか?

 それとも脅されているのか?


「これは何の真似だと聞いているんだが?」


 カインが王族の証である赤い瞳で睨みつける。

 

「正義だよ」


 騎士団長に対して発せられたカインの問いに対し、別の声が答えた。

 人の壁が割れ、玉座の正面から一人の少年が進み出る。


「お前は……」


「勇者殿!」


 カインから見て左側で、彼と同じように剣を向けられていた宰相ボルドーが叫んだ。


 勇者ヒロト。

 異世界から召喚され、一年ほど前に魔王を討伐した男である。

 彼の後ろには、その時一緒に戦った三人の少女がピッタリと付き従っている。


「どういうことだ?」


「民を苦しめる暴虐非道な国王を打ち倒すためさ。彼らは人々のために立ち上がったんだ」


 以前に謁見した時とは、明らかに異なるヒロトの口調。

 勝ち誇ったような、見下したような、自分の方が格上だと信じて疑わない目をしている。


「民を……、苦しめる?」


 カインは彼が何を言っているのか、即座に理解できなかった。

 少なくとも国民達を不当に締め上げるようなことはしていないはずだ。


 税金だって蓄えができないほど高くはないし、治安もそう悪くはない。

 賄賂や汚職の類は全く無いとまではいかないだろうが、しかしそれも国の根幹を揺るがすような水準ではない。

 気に入らない奴を公開処刑にしてやりたい気分になった時も、こらえて公正に努めているのである。 


「何を言っているのです! 陛下が民を苦しめるなどと! 確かにまだ未熟なところはあれど、歴史上稀に見る善王ではありませんか!」


 カインから見て右側に立っていた財務大臣ゴールが反論した。

 宰相もそうだが、この二人はどうやらクーデターには与していないらしい。

 どちらも口煩いが、国王である自分に向かって正論をぶつけてくる忠臣だ。

 面と向かって善王などと言われるのは流石に恥ずかしいので、金輪際止めて欲しい所ではあるが。


(一応は疑っておくべきだろうな)


 これが演技である可能性もある。

 彼ら二人ならば、その可能性を疑えと間違いなく言うはずだ。

 ”二人を信じていた”などと言えば、後で説教を食らうに違いない。


(……待てよ?)


 横目で財務大臣の顔を見たカインは、ここでヒロトの目的に感づいた。


(そうか。こいつ、文化を侵略しに来たな) 


 前に財務大臣と話したことがある。

 勇者ヒロトは別の世界、つまり異世界の人間だ。

 となれば、きっと自分達とは異なる価値観を持っているだろう。 

 どこかのタイミングでそれをこちらに押し付けて来るかもしれない、と。


(確かこいつの世界には、王制ではなく民衆の投票によって物事を決める国というのがあるんだったか?)  


 ヒロトの世界とこの世界とでは、様々な事情が違う。

 魔族の脅威があるこの世界でそんなことをすれば崩壊まっしぐらだ。

 そうでなくとも段階に応じたやり方と言うものがある。

 それこそ武器の強弱関係が一つ異なるだけでも、同じやり方をそのまま取り入れることは難しい。


「王族に生まれ育った世間知らずに、人々を幸せにすることはできない。つまりお前は国王失格だ」


 ヒロトが勝ち誇ったようにカインに告げた。

 自らを賢者と思い上がった愚者。

 カインにはそう見えた。


 賢者は自らが愚者である可能性を疑い、愚者は自らが賢者であると信じて疑わない。


 どうやらヒロトは、王の大半が意図的に尊大に振る舞っているということを理解していないらしい。

 カインがそう結論付けたその時、視界の右端に青色のドレスが揺れた。

 

「ん?」


 王妃アシェリア。

 ここまで無言だった彼女がカインの隣の椅子から移動し、勇者ヒロトの横に立ったのである。


(そうか、こいつも裏切ったか)


 彼女が親しそうにゆっくりとヒロトの腕に抱きついたのを見て、カインはそう判断した。 

 政治的な打算の上での結婚とはいえ、特に悪い感情は持っていなかったのだが、こうなっては仕方がない。

 政略結婚というと、相手の実家との良好な関係を深めるためか、あるいは敵の陣営に走らせないようにするためのどちらかが多いのだが、彼女の場合は後者だ。

 おそらくは彼女の実家も、既にこの事態を了承済みなのだろう。


「アシェリア様! どういうことです!」


 彼女の裏切りは予想外だったのか、宰相が狼狽した声を上げた。

 二人の結婚を前向きに推し進めたのは彼である。

 結果を見れば失策だったと判断すべきなのだろうが、味方陣営には女の扱いに長けた者がいないこともあって、カインとしてもあまり攻める気になれなかった。

 むしろ彼としては結構頑張った方ではないかとすら思っている。


「おだまりなさい宰相。私は気づいたのです。いったい誰がこの世界の王に相応しいのか。それに……、真実の愛にも」 


 そう言ったアシェリアをヒロトが抱き寄せた。

 彼の後ろにいた三人の少女の表情がそれを見て少しだけ不機嫌そうになったのだが、気がついたのは、おそらく正面から見ていたカインだけだろう。


(女を三人囲って、まだ足りないか)

 

 半分呆れたカインだったが、アシェリアがうっとりとした目で勇者を見た瞬間、僅かに目眩がした。

 てっきり実家の利益のためにヒロト側についたのだと思ったのだが、もしかするとそうではないのかもしれない。


 努めて冷静に考えてみれば、王妃になった娘が夫である国王を裏切ったというのは、相当に外聞が悪い。

 ヒロトの側についたことによる利益で埋め合わせるにしても、そう簡単ではないはずだ。

 ということはもしかすると、彼女は王妃としての立場よりも自分自身の色恋を優先させた、ということではないだろうか?

 

「感情を優先して物事が上手くいくと思っているのか?」


 カインは時間稼ぎも兼ねて聞いてみた。


「本物の愛があれば、何だって乗り越えられますわ」


 ……再び目眩がした。


 王族や貴族が好き勝手に振る舞えるものだと勘違いしている者は多いが、少なくともこの世界では違う。

 その社会的影響力を維持していくという前提がある限り、むしろ自由は大して無いのである。

 カインだってそれでメイドとの身分違いの恋を諦めたのだ。

 彼女はもう他人の妻であり、二児の母となったと聞いている。


(ヒロトに毒されたか……)


 そういえば、彼の世界では身分の意義が薄れ、自由恋愛が活発だと聞いたのをカインは思い出した。

 話を聞いたときは羨ましいものだと思ったのだが、今のこの世界でそれをやるのは非現実的だ。

 なぜなら、社会的な信頼と信用は血の繋がりによって下支えされているのだから。

 軍事にせよ経済にせよ、あるいは政治にせよ、血縁抜きに成立するほどには、この世界はまだ成熟していない。


「意にそぐわない結婚が良しとされる世界なんて、根本的に間違っている! この世界は僕が変える!」


 高々と宣言するヒロト。

 騎士団長を始め、カインに剣を向けていた者達が全員頷いた。


(なるほどな)


 カインは騎士団や近衛隊の者達がこのクーデターに乗った理由を概ね理解した。

 同時に迂闊だった自分を戒める。

 

 つまりは琴線に触れたのである、彼らの。


 愛と正義。

 世のため人のため。


 なるほど、彼らが好きそうな言葉だ。

 子供の頃の想いを胸に秘めたまま、醜い現実を他人任せにしてきたこいつらが好みそうな話である。


 大きな力を振るい、人々に称賛される。

 つまり彼らは英雄ごっこを始めたわけだ。

 理想を妄想で肯定する、現実と実態を無視した茶番を。


「はぁ……」


 カインは溜息を付いた。

 自分の中にある何かが急激に萎えていく。

 ここまで逆転の可能性を探ってきたのだが、なんだかもう、何もかもがどうでもよくなってきた。


 彼とて別に聖人君主というわけではないのだ。

 王族に生まれたから、王になったから、その役目を全うしようと努めていただけに過ぎない。

 その役目がここで終わるというのなら、別にそれでもいいかもしれない。


「……連れていけ。宰相と財務大臣もな」


 彼の溜息を諦めと受け取ったのか、騎士団長は部下達に指示を出した。


「……近衛隊長はいないんだな?」


「……!」


 連行される際に、謁見の間にいる全員の顔を確認したカインは鼻で笑った。

 きっと近衛隊長は味方に引き込むことができなかったのだろう。

 王の間違いを正すために、死刑を覚悟で鉄拳制裁するような男だ。

 クーデターなどという女々しい行動を取るぐらいなら、とっくの昔に一人で殴り込んで来ているだろう。 

 不器用な男ではあるが、そういうところは近衛隊長を任されるだけのことはある。


 ガンッ!


「――」


 遠回しに忠誠心の低さを言われたことに気がついたのか、騎士団長がカインを殴り飛ばした。

 王子の頃から近衛隊長にはよく殴られていたが、それ以外の人間に殴られたのは始めてだ。 

 と同時に、カインは近衛隊長がちゃんと加減してくれていたことを理解した。

 きっと唯一の王子である自分を、彼なりに真っ直ぐ育てようとしていたのだろう。 


「陛下!」


「陛下に何をする!」


「黙れ! 騎士道を侮辱することは許さん!」 


 カインは思った。

 なんとも安い騎士道だと。

 自らの死刑も顧みずにぶつかってきた忠臣達とは違う。

 こうして自分が安全になったから力を振るっただけだ。

 もちろん己の自尊心のために。


 実際、クーデターに参加した者達の中に、今までカインに正面から意見してきた者は一人も含まれていない。

 この事態を予見することも止めることも出来なかったのは残念だが、少なくともその点に関しては彼らを褒めてやるべきだろう。


 しかしそう考えてみると、余計に目の前の彼らが薄情な小物に見えてくる。


「大した騎士道だ」


 なんだかもうどうでもいい。

 そう思ったカインは、余計な一言を敢えて言ってみた。


 ガンッ!


 二回目の衝撃。

 カインはそれで意識を失った。 

 

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