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いかてん部あらうんど!  作者: 水樹 皓
[にてん]鶏?チキン!
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6.「一から……いや、ゼロから思い出を作れば良いだけの事だ!」

 取りあえず、現状を確認しよう。


 目の前には、机越しに立ち、前髪の隙間からチラチラと俺を見下げる佐藤さん。

 紺色ブレザーを纏っているその身体は、少しぽっちゃりしているが、別にそれ程太っているわけでは無く、俺的には程よい感じ。そして言わずもがな胸は大勝利……って違う違う。


 ”現状”の確認をしよう。


 ここは……学校だな。佐藤さんの後ろに黒板も見えるし。

 黒板の上の時計を見ると、短針が4を指していた。

 視線を下げると、机の上には英語、数学、現代文……とにかくプリントが大量に。

 教室の中をぐるりと見渡すと、俺と佐藤さんの他に誰もいない。

 俺が現実逃避している間に、もう放課後を迎えていたようだ。


 ……やばい。


 正直何かやらかしている、嫌な想像しかできない。

 俗に言う”飲みすぎて昨夜の記憶が全くない。どうやって家まで帰ってきたんだっけ?”というのはこんな感じなのだろうか。

 ……てか、そもそも良く学校まで来られたな、俺。

 今身につけている金時高校のブレザーを着た記憶もなければ、家を出て電車に乗った記憶すらない。


「あの……さ。変なこと聞くようだけど……」

「は、はい……?」

「えっと……今日の俺、どんな感じだった?」

「え、えと……それは……」

「正直に言ってくれていいから。さあっ!」

「……怖かったです」


 そんなストレートに言われるとは思わなかった。


「朝、白井先生と一緒に教室に入ってきた時は……その、顔色が悪くて怖かったです」


 ……昨日は多分まともに眠れていなかっただろうしな。

 目の下にクマもできていることだろう。


「自己紹介の時は一言も話さなくて……結局、白井先生に促されるようにフラフラと自分の前の席に歩いてきて、ストンと椅子に座って……不気味でした」


 …………昨日作ったカンニングペーパーは無意味だったな……ははっ……。


「その後は授業が始まっても微動だにしなくて……佐藤君を当てた先生は何故か次々挙動不審になっていました……奇妙でした」


 …………。


「放課後、教室の掃除が始まっても佐藤くんは座ったままで……でも、クラスのみんなは気味悪がって避けて――」

「ごめんもう良い十分わかったからもうこれ以上何も言わないでっ!」


 確かに正直に言ってとは言ったけど!

 ……容赦なさすぎだろ。俺、もうHP残ってないぞ。


「あっ……えと……何かすみません……」


 そう言っておずおずと頭を下げるのを見る限り、悪気があったわけではないとわかる。

 別に悪い子ではないのだろう。

 むしろ、こんな俺に話しかけてくれている時点で……。


「そういやさ、君……佐藤さんは俺の事、怖くないの? 自分で言うのも何か嫌だけど、普通はこんな不気味な奴に話しかけたりしたくないだろ」


 俺なら無視する。関わり合いたくもない。

 目つきが悪いだけならまだしも、初対面で彼女の言ったような不気味な態度をしていた奴なんかには声をかけないのが正解だろう。

 ……やばい。自分で言ってて結構傷ついた。


「えと……それは……その、自分は佐藤君が怖い人じゃないって知ってたから……です」


 俺が顔色を更に悪くしている事には気づいていない様子の佐藤さんは、俯きつつ小さな、でもはっきりとした声でそう答えた。

 そんな彼女の言葉の一部に引っかかった俺は、反射的に聞き返していた。


「ん? 知ってた? ……えっと、俺達って前にどこかで会ったことあるっけ?」

「え? あっと……その……それは……」


 俺のナンパ野郎みたいな問に、佐藤さんは顔を伏せてもごもごと言い淀む。

 しかし直ぐに何かを決心するかのように”よしっ”と小さく呟くと、そのまま勢いよく顔を上げた。

 そして俺の目を真っ直ぐに見つめ、今までで一番大きな声で――。


「じ、実は入が――」


 ――と、そこで何とも間の悪いことに、ピンポン♪という軽快な電子音が佐藤さんの声を遮った。


 これはスマホの無料通話アプリの通知音だろう。

 俺もたまにアニ○イトとかから通知が来るから耳慣れた音だ。

 ただ、今鳴ったのはどうやら佐藤さんのスマホだったようで。


「あっ……えと……少し失礼します」


 俺にそう断ってから、足元に置いていた通学鞄からスマホを取り出した。

 そのまま、音符のイラストが描かれたカバーをつけたスマホを操作し……。

 ややあって指を止めると、どこかほっとしたような、でもどこか複雑そうな表情を見せた。

 

「えっと……すみません。部活の先輩が呼んでいるので、自分はこれで失礼します……ね?」

「あ、ああ、そうか。何か俺も引き止めて悪かったな」

「い、いえ……それでは」


 佐藤さんは最後に何か言いたそうな、そんな表情で俺を見つめた後、しかし結局何にも口にせずに早足で教室を後にした。

 俺はその後姿を見送り――と、今度はグ~♩という間の抜けた音が鳴った。


 これは俺の腹の音だろう。

 レベリングに夢中になって夜更かししている時に何度も聞いているから耳慣れた音だ。


「今日は朝から何も食べてないから当然か……。そういや、フウは今日の昼飯どうしたんだろうな?」


 俺達兄妹の弁当はいつも俺が作っている。

 母さんはパートで朝からいないし、フウは……包丁持たせると血まみれになるからな。


 フウが初めて包丁を握った時に両手血まみれで泣いていた事を思い出しつつ、一応通学カバンの中を確認する。


「……すっかり忘れてたわ。これ、どうやって返そう?」


 真っ先に俺の目に飛び込んできたのは【妹と結婚するためならいかてんしてやるっ! 著:白井右近】というラノベ。

 昨日如月に手渡されて、そのまま持って帰ってしまったものだ。


「ま、まあ、コレは一旦置いておこう……」


 言いつつ、表紙にきわどい恰好の黒髪少女が描かれたラノベを、そっと持ち上げる。

 すると、その下に……。


 俺は昨日家に帰ってからこのカバンは開けていないわけで。

 入っているとすれば、今取り出した痛々しいラノベだけのはずで。

 それなのに、カバンの中にはもう1つ何かがあって、それはつまり……。


「……今日は母さんパート休みの日だったっけ?」


 そんな事を呟きつつ、俺は机上のプリントを机の中に適当に突っ込み、見慣れた弁当箱を取り出した。

 ……てか、弁当箱の上に乗ってたってことは、あのラノベ母さんに見られたのか。

 俺は別にアニメやらゲームやらゲームやらが好きな事を家族に隠しているわけでも無いが、あのラノベは少々過激なやつだし……正直気恥ずかしい。隠してたエロ本が見つかったのと同じくらい。エロ本持ってないけど。


 ……でも、何にしても助かった。

 空腹は限界に近い。

 俺は心の中で母さんに感謝しつつ、いそいそと弁当の蓋を開け……。


 一段目:真っ白ご飯がギッシリ。

 二段目:焦げ焦げ卵焼きがギッシリ。

 ……以上!


「へ?」


 思わず間の抜けた声が漏れていた。


 ……ただ、ぽけっとしたのも一瞬で、誰が作ってくれたかは直ぐに理解した。 


「……いただきます」


 言って箸を取りつつ、今まで考えないようにしてきたレアリスたんの事について考える。


 流石にレアリスたんが居なくなった事は受け止める事ができた。

 レアリスたんは俺のヨメだけど、あくまでも2次元の存在(ゲームのデータ)なんだ。……そこの境界は一応認識できているぞ。うん。多分。……恐らく。


 現実の人間には、一度死んだらもう二度と会えない。俺は死に戻り何ぞ出来やしないから、悔やんでも二度とやり直す事はできない。

 でも、レアリスたん――2次元ならやり直せる。何度だって。

 今までのデータ(思い出)が空っぽになったからと、止まっていても仕方がない。

 正直お財布は痛いが、またソフトを買い直せば良いだけだ。

 そして一から……いや、ゼロからレベリングすれば(思い出を作れば)良いだけの事だ! どこかの鬼がかってるメイドさんもそんな事を言ってた気がする。


 俺はそう自分を奮い立たせ、しんと静まり返った教室の中、不器用な妹の作った弁当を夢中になって食べた。

 ……所々焦げて月面みたいになっている卵焼きは、でもいつも自分が作るものよりも美味いと感じた。


***


 ……やっと出てきた。


 私は廊下の曲がり角に身を潜め、とある男子生徒が教室から出て行くのを見送った。

 その後姿が完全に見えなくなるまでじっと待ち、最後に周囲を見渡して誰もいない事を確認してから、先程まで男子生徒――佐藤樹(さとういつき)が居た教室に身を滑らせる。


『きー君の席は……あそこか』


 教卓の座席表を確認し、教室中央の席へと移動する。


『こ、ここがきー君の席……』


 椅子に座ると、まだ彼の体温がほんのりと残っていて……。


「ふ、ふふっ……ふへへへへへh――」


 ……っと、いけないいけない。

 思わず大きな声を出してしまった。

 そっと廊下側の窓へと近づいて教室の外を窺い、取りあえず誰にも聞かれていなかった事に安堵。

 再び彼の机へと舞い戻る。


『ん? ……もうっ、だらしないんだから』


 ふと机の中を見ると、大量のプリントが乱雑に詰め込まれていた。

 片づけが出来ない所は昔から変わってない。


『……や、やっぱり私がいないと駄目ね……フフッ』


 仕方なく机の中のプリントを整理する事に……ん?


『これは……?』


 プリントを取り出していると、プリントとは少し違う感触の何か堅い物が私の指に当たった。

 何だろうと思いつつ、ソレを掴んで取り出す。


「――っ!」


 見間違いかと思った。

 でも、それは確かに私の手に存在していて……。


 私は誰かに見られているかなど気にする余裕もなく、気がつくとソレを掴んだままその場から駆け出していた。

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