5.「そいつはどこの岡崎だよっ!」
俺の朝は早い。
毎朝5時に起床し、弁当の支度までレベリングを……。
「……フウ?」
朝日と共にいつも通りの時間に目を覚ました俺。
そのすぐ側に、妹の寝顔があった。
そっと閉じた目を何故か赤く腫らし、俺の身体にがっしりと抱きついている。
「何だ、この状況……?」
理解不能。
……そういや、昨日はいつの間に寝たんだっけか?
「え~っと……」
昨日の出来事に思考を飛ばすと、一瞬で全てが鮮明に蘇ってきた。
確か、家に帰ってきて、禁断症状が出て、壁ドンされて、カンニングペーパー作って、勝つドン食べて、身を清めて………………あ。
「レ、アリス……たん……」
ベッドに寝たまま、ゆっくりと首を横に動かす。
妹の小さな頭の向こう。
そこには、記憶のままの無情なる現実――カセットのささってないゲームハードがポツンと存在していた……。
「ふふふ……へへへッ…………ぶるぁああああああああああああああああ――」
『……んぅ? …………へっ!? お、お兄ちゃんっ!!』
***
『ねぇ、お母さん。お兄――兄さん、本当にこのまま学校行かせるの?』
『大丈夫大丈夫。ほっときゃその内元に戻るわよ』
『で、でも〜』
『ふふふっ。そんなに心配なら途中まで一緒に行ってあげたらどう? 少し前までは良く一緒に学校行ってたじゃないの』
『……わかった』
***
『……じゃあ、私はまだ先の駅だから一緒に行けるのはここまでだけど……ちゃんと学校まで行ってよね? ……また車に轢かれたりしたら許さないんだから』
***
『――肩ぶつかったz――ひぃ! すんませんっ何でもないッス……へ? あ、兄貴!?』
『うわっ、何アレ? まじ卍』
『あーゆーのには関わらない方がいいって。ほら、行こっ』
***
『……え~と、佐藤君? 緊張しなくても大丈夫ですよ? ほら、簡単にで大丈夫ですので、皆に自己紹介を――』
***
『ハァーイ! ソレデェハ、ココヲ……デハセッカクナーノデ、ミスターサト――Oh! ……サトウクンノウシロノ、ミスサトウサン。オネガイシマス』
『は、はい。……えっと――』
***
『え~(クイッ)ではこの途中式を(クイッ)佐藤く――(クイクイクイクイッッ)……佐藤……さん。書きに来てください(クイクイクイクイクイクイ――)』
『わ、わかりました…………あ、あの……先生。眼鏡、落ちてます……よ?』
***
『ではですね、はい。今日はこの詩を勉強していくわけですがね、はい。まずはですね、はい。音読をしていこうと思うのでですね、はい。今日復帰したですね、はい。佐藤君にでs――はいはいはいはいはいぃぃ! ……佐藤君の後ろのですね……佐藤さんお願いしますね……はぃ』
『……えーと……はい』
***
『起立、礼』
………………。
…………。
……。
……どうでも良い。
そう、どうでも良い。
レアリスたんがいない世界なんて。
『……あの』
出逢ったあの日からずっと俺の側に居てくれた君は……もういないんだ。
君と沢山の作品の中から偶然出逢ったあの瞬間も。初めて寝落ちしたあの瞬間も……もう、全て俺の記憶の中にしか存在しない。
『あのっ!』
俺のレベリングは全て君から始まったのに……。
原点と言ってもいい。
もし君と出逢えてなかったら、きっと今頃俺はレベリング――いや、ゲームの楽しさを知らず、ただただ平凡な毎日を送っていたに違い――。
『し、失礼しますっ!!』
違いな……違い……ちがっ……t……。
「フガッッ!!」
鼻がァ!
「な、何だァ!? ――って……え? 俺は今まで何を……?」
突如として襲ってきたのは、プールで思っきり鼻から水を吸込んだ時のあの気持ち悪い痛み。
落ち着いたところでハッと正面を見ると、そこにはストローが刺さったジュースの紙パックを手に持った女子生徒の姿が。
その両目を隠すように伸びた前髪の隙間から、恐る恐るといった感じで俺の顔を窺っている。
「…………」
「…………」
俺が黙ってその顔を見返すと、彼女もオドオドとしつつも同じ様に黙って見返してくる。
……え? 何?
数秒か、数分か。
暫く物音1つ聞こえない謎な時間が流れゆき……。
「あ、あの……」
――と、目の前の大人しそうな黒髪ボブカットの少女が、一度小さく息を吸込んだと思ったら小さな声で話しだした。
「す、すみません。……その、心ここにあらずな人がいた場合はこうしたら良いと、からおけ部の先輩が教えてくださったので――」
「そいつはどこの岡崎だよっ!」
「へ? ……えと……自分の先輩は岡崎ではないです……よ?」
「……あー、うん。……何かごめん」
一人で暴走してネタぶっ込んだ時に分かってもらえないと、何か気まずい&悲しくなるよね。
……でも、正直助かった。
もしあのままだったら、2年前モン○ターファーム2でアリスたんと名前をつけて愛情いっぱいに育てていた娘が何の前触れもなく死んだ時以上の鬱状態になっていたかもしれない。
正直昨日の夜からの記憶は曖昧だが、取りあえず今は正常に戻る事ができた。
目の前のこの子のおかげだ。鼻痛いけど。
「えっと……君……」
「は、はい」
「その……ごめん、君の名は……?」
「あっ。……えと、自分は佐藤君の後ろの席の、佐藤音羽といいます」
「佐藤さんか……取りあえず、ありがとう」
かなり乱暴だったけど、でもこの子が鼻にストローを突っ込んでくれなかったら、恐らく俺はもう暫くこちらに戻ってこれていなかっただろう。……鼻痛いけど。
だから、俺は目の前の少女――佐藤さんに精一杯の感謝の意を伝えた。
しかし当の佐藤さんは、意味がわからないといった様子でちょこんと首を傾げており。
『……え、えっと……むしろ、お礼を言わないとなのは自分の方なのですが……』
「へ? 何て?」
「――あっい、いえっ! こちらの話です何でもないです……」
声が小さくてよく聞き取れなかったので聞き返したら、佐藤さんは慌てた様子で、ほんのり赤くした顔を左右に振った。
「……ほ、本当に何でもないです……よ」
俺が黙って顔を見返していたら、佐藤さんは尻すぼみになりながらもそう答えた。
何でもないとは思えないけど……まあ、良いか。
【いかてんQ&A】
今回のタイトルにもしている「そいつはどこの岡崎だよっ!」のくだり。
かなり伝わりにくいですが、元ネタが一発でわかった方とはお友達になれそうです。誕生日に便座カバー贈りたいです。