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いかてん部あらうんど!  作者: 水樹 皓
[いちてん]イカ天?いかてん!
3/17

2.「……あぁ、手が……手が震えるぅ!」

 目を覚ましたあの日から一週間が経った。

 あれから月夜さんとは一度も会っていない。

 結局、あれも夢――か、百歩譲って異世界での出来事だったのでは――と思い始めていた……のだが。


「現実……か」


 子供の頃の12月25日みたいに、目が覚めると枕元にプレゼント(一枚の紙)が置かれていた。

 ただし、置いて行ったのは白鬚じいさんではなく、月夜さんだろう。その紙には――。


【いかてん部 未経験者も大歓迎です。興味のある方は部室まで 部室場所:旧校舎4階家庭科室】


 と、几帳面な文字で書かれていた。イラスト等といったものはなく、非常に簡素なチラシ。

 そしてその紙には『月夜より』とただそれだけ書かれた付箋が張り付けられてあった。


「……いかてん?」


 ふむ。

 いかてん……イカ天……イカの天ぷら……お料理研究部……か? 部室も家庭科室だし。

 右下に押してある印鑑を見るに、このチラシは俺が通う(実際にはまだ通ってないが)私立金時高校のものだろう。

 金時高校には少し特殊な校則があり、生徒は必ず何かの部に所属しなければならないというものがある。代わりに、部を設立するのも結構簡単で、少し変わった部活も数多く存在するとは聞いていたけど……これは名前も変わってるな――って。


「それよりもっ! ……えっと……月夜さんが何で金時高校の部活のチラシを……?」


 月夜さんはこの病院の看護師だろ?

 うーん……。

 も、もしかして1ヶ月遅れで高校に行く俺を心配して、わざわざ学校まで出向いて俺に合いそうな部活を探すという、月夜さんなりの大人な対応……。


「いや、それは流石に妄想しすぎだよなぁ」

「……兄さん」

「へ?」


 意識外からかけられた聞き慣れた声。

 それは、もう何年も聞いていなかったのではと思えるほど懐かしいもので……。


「フ、フウか。……えっと……何時からそこに?」

「兄さんが気持ち悪い顔でにやけていた辺りから」

「き、気持ち悪――そんな顔してたはずは……」


 今のはグサッと刺さった。

 ……駄目だ……もう立ち直れそうにない……。


「どうでも良いけど、早く支度してくれない?」

「……したく?」

「まだ寝ぼけてんの? 兄さん、今日退院でしょ」


 ……そうだった。

 月夜さんからの贈り物(勧誘チラシ)ですっかり忘れていたが、俺は今日、晴れて退院することができるのだ。

 そう思うと、急に元気が湧いてきた。


「良し! サッサと帰ってレアリスたんに会いに――グッ」


 首根っこを掴まれた。痛い。

 俺を見る妹の目も痛い。


 ……だって、目覚めてからこの一週間ゲームしてないんだよ?

 病院では寝たきりでする事が無く、あるとすれば毎日着替えを持ってきてくれる母さんの話し相手をするだけの日々。それも、お向かいの息子さんが結婚した――だとか、パート先に新しく入った女の子が――だとか、本当にどうでも良い事ばかり。


 だから、ポチポチとレベリングしたい症候群が発生しても無理はなかろう。


「……やばい。手が震えて――」

「兄さん、サッサと支度」

「はい」


 妹――佐藤風花(さとうふうか)は本当に俺の妹かと思うほど……まあ、可愛い方だろう。身長は同年代の中でもやや低い方だが、ショートの黒髪から覗く顔は小さく、その目も俺と違ってぱっちり二重で大きいし。

 でも、今俺に向けているその目は……まるでゴミを見るかのようだ。

 別に兄妹仲が悪いと言うわけではない……と思う。でも、最近妹の俺に対する態度が冷たくなっているのも事実。……まあ、その理由に心当たりはあるが。


 暫く、フウが監視する(見守る)中、俺がいそいそと荷造りをするという時間が流れ……。


「お待たせ~。おはよう樹。もう荷造りは終わった?」


 数分後。

 退院の手続きをしてくれていたらしい母さんがやってきて、その後は流れる様にすんなりと家に帰る事ができた。


***


 ――その日の昼過ぎおやつの時間。


 俺は無事退院した事。そして明日からでも学校に通える旨の事を伝えるべく、母さんと2人で私立金時高校へとやって来ていた。

 ……尚、家に帰ってから少し遅めの昼食だけ取って直ぐに出てきたため、ゲームにはまだ触れていない。


 ……あぁ、手が……手が震えるぅ!


「じゃあお母さんはもう帰るけど、樹もあまり遅くならないようにね。……ちゃんと帰ってきなさいよ」

「わかってるよ。少し校内を見て回ったら直ぐに帰るから」


 流石にもう二度とトラックに撥ねられるなんてヘマはしない。

 あの時も、もっとよく考えて行動していれば、他に良い手があったかもしれないし。

 俺はどうも、アドリブというか、本番に弱い部分があるから……。


「――っと、くよくよしてても仕方ないか」


 担任への挨拶は滞りなく終了していた。

 俺のクラス――1年4組の担任の先生は、人の良さそうな好青年(眼鏡属性)といった感じだった。

 その好青年――黒井(くろい)先生の計らいにより、校内の見学をさせてもらえる事になった。

 現在は放課後で、校内からは活気に満ちた様々な声が聞こえてくる。


 ……せっかく校内を見学させてもらえることになったわけだし……覗いてみるか?


 学校に来るために着替えた中学の学ランのポケット(高校の制服は事故でズタボロになったため注文中。今日、家に届く予定)には、例の月夜さんからの贈り物(勧誘チラシ)が入っている。

 まだ他にどんな部活があるかわからないし、理由は分からないままだが、月夜さんがわざわざくれたものだし……。

 あの大人な月夜さんがくれたものだから、変な部活でない事は確かだしな。うん!

 素敵な大人の女性に悪い人はいないっ!


「良し行こうっ!」


 俺は颯爽と駆け出した。


***


 ――1時間後

 部室の場所が分からずに校内をあちこち彷徨った。

 ……時折すれ違った生徒に逃げられたが……まあ、大丈夫だろう。


「こ、ここか……ぜぇ、はぁ」


 俺は自慢じゃないが、体力が無い。

 見かけはそれなりに運動できそうに思われるが、何せ自由時間は殆どゲームしかしてない(両手しか動かしてない)からな。


 俺は息を整えつつ、”いかてん部”と書かれた紙が張り付けられた扉をノックする。


「失礼します」

『……どうぞ』


 中から聞こえてきたのは、凛とした女性の……って、どこかで聞いたことがあるような……。

 首を傾げつつも、そのおんぼろな扉をガラガラと開き……。


「久しぶり……でもないわね。こんにちは、佐藤君」

「え? ……つきよ……さん?」


 そう。そこにいたのは、紛れもなくあの大人な月夜さん本人だった。

 ……でも。


「……な、何で月夜さんがここに……? それに、その制服……」


 窓際の席に腰かけ、切れ長の瞳で俺の事を見ているのは確かに月夜さん。

 ただし、その服装は純白のナース姿ではなく、金時高校指定の紺色のブレザー姿であった。


 月夜さんは今頃あの病院で働いているはず。

 それが一体どうして、高校の制服を着てこんな所にいるのか。

 ……予想しえるはずもない出来事に混乱してきた。


 俺が扉を開けたままの姿勢でフリーズしていると、月夜さんがゆっくりと立ち上がった。


「ふふ、私がここにいるのは当然よ。私はこの学校の生徒……そして、いかてん部部長なのだから」

「ぶちょー? ……で、でも、月夜さんはあの病院で働いているんじゃ……」

「あら? 私、一度でもそんな事言ったかしら? 確かにナース服を着てお見舞いには行ったけれど、あの病院で働いているとは一度も言ってない筈よ。……記憶力の良い佐藤君ならわかる筈よね?」

「それは…………言って……ない?」


 俺は事故に会ってからやけに良くなった記憶力を駆使して、月夜さんとの会話の全てを遡ってみた。が、確かに月夜さんは一度もあの病院で働いているとは言ってなかった。

 単に俺が勘違いしていただけ。

 確かにその通りなのだが、あの状況なら誰だって勘違いするだろう。


「ちなみに、私は佐藤君に何一つ嘘はついていないわよ。……ああ、名前だけはあそこで知られると少し面倒だったから、ネット上で使っている名前を教えていたわね」


 今度こそ完全に思考停止してしまった俺を余所に、月夜さんはこちらへと足を進めながら言葉を紡ぐ。

 そして入り口で固まる俺の一歩手前で立ち止まると――。


「では、改めて……私は私立金時高校1年生の如月夜月(きさらぎやつき)。これからよろしくね、佐藤樹(さとういつき)君」

「きさらぎやつき……?」

「ええ、そうよ。これから同じ部の仲間になるのだから、名前は覚えておいてもらわないとね」

「……本当に、ここの生徒……?」

「だからそう言っているでしょう? 私は嘘が嫌いなの。それとも私が先生にでも見えるのかしら?」


 ……なるほど。

 今は化粧をしていないからか、高校の制服を着ているからか。俺とタメの女子高生(JK)と言われれば確かにそう見える。


 それは、つまり……。


「なんだ、ガキか」


 少しの間とは言え、JK(ガキ)にときめいてしまった自分が恥ずかしい。


「よし、帰ろ」


 用もなくなったし、さっさと帰ろうと踵を返してぇ!


「何しやがるっ! 思いっきり首締まったぞ思っきり!」

「いえ、いきなり帰ろうとするから咄嗟に」


 月夜さん――否、如月は俺の学ランの後ろ襟を引っ掴んだまま、悪びれもせずに淡々とそう告げる。


「取りあえず中に入りましょう。ここで騒いでは、他の部の方に迷惑でしょう」

「他の部って、ここに来るまで物音1つ聞こえてこなかった――っ!!」


 思っきり引っ張られた。

 俺、体力ないって言っても一応男だぞ。

 幾ら何でもこんな華奢な女子に簡単に引きずられるなんて――って痛い痛い首締まるっ!


「――っゴホッガハッ……はぁ、はぁ……何すんねん! 死ぬかと思ったぞっ!」

「あら、ごめんなさいね」


 さっと襟を離した如月は淡々とそれだけ言うと、先程まで座っていた窓際の椅子に座り直した。


「お前……はぁ……」


 俺も仕方なく調理台を挟んだ対面の椅子に腰掛けた。……逃げてもまた連れ戻されそうだし。取りあえず仕方な〜くだ。

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