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いかてん部あらうんど!  作者: 水樹 皓
[いちてん]イカ天?いかてん!
2/17

1.「私と契約して、魔王になって欲しいんだ」

 夢から覚める、そんな感覚。

 ふっと意識が浮上して行き、ゆっくりとその瞼を開ける……。


「んっ……まぶし……」


 眠気眼に飛び込んできた人工的な灯りに、思わず目を細めた。――と。


『目が覚めたようね、佐藤樹(さとういつき)君』


 頭上から落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

 俺は一度閉じた目を、再度ゆっくりと開く。


「あなたは……?」


 俺が横になるベッドの脇に、純白のナース服を身に纏った女性が座っていた。

 その黒髪は腰まで流れる様に下ろされている。更にその切れ長の瞳も相まりクールな印象を受ける。

 この世の物とは思えぬその大人な姿に見惚れていると、女性が口を開いていた。


「私は月夜(つきよ)よ。ちなみにここは病院で、今は……深夜の1時ね」

「病院?」

「ええ。佐藤君は一ヵ月の間眠りっぱなしだったの」

「一ヵ月?」

「一時は心臓も止まっていたのに、”ザ〇ラル! なんとイツキがいきかえった!”と医師も驚愕していたそうよ」

「ざお〇る?」

「で、早速なのだけれど、佐藤君。あなたに何があったのかは覚えているかしら?」

「へ? 何がって……っ!」


 女性――月夜さんに問いかけられ、まだ覚めきっていない頭を何とか動かした。

 直後、雪崩の様にこれまでの記憶が聡明に蘇ってきて、眠気も一気に吹き飛んだ。


「そうだ! 俺、トラックに轢かれたと思ったら変なじーさんに『すまん。間違って殺してもうたテヘペロ』みたいな事言われて、次は髪が青い女の子に『私と契約して、魔王になって欲しいんだ』みたいな事言われて――っごほっ、ごほっ」

「落ち着きなさい……そう、ゆっくり深呼吸をして……」


 頭になだれ込んできた大量の理解不能な情報に、俺は取り乱してしまったようだ。

 月夜さんが優しく背中を擦って声を掛けてくれたため、何とか落ち着きを取り戻すことができた。


「……すみません。もう、大丈夫です」

「そう? 無理はしないでね」


 月夜さんはそう言うと、俺の背に伸ばしていた手を引っ込め、椅子に座り直した。

 その拍子に、腰までまっすぐに垂れ下がった黒髪が、その大きな胸にさらりとかかって……。


「……佐藤君?」

「え? ――あっ、なな何でしょうか?」


 危ない危ない、思わず目が引きつけられていた。

 月夜さんは善意で俺を落ち着かせようとしてくれていたのに……。


「もう一度、今までに起きたことを思い出してみましょう。今度は焦らず、ゆっくりと」

「……そうですね……えっと、確か……」


 俺はやけに鮮明に思い出される記憶を辿り、今度は落ち着いてポツリポツリと話しだした。


 今日は高校の入学式があって、昨夜RPGキャラ(レアリスたん)のレベリングをしていたが、特に寝坊することなく家を出た事。

 最寄り駅近くの交差点に差し掛かったところで、ふと前を見ると、同じ高校の制服を来た少女が横断歩道を渡っていた事。

 歩行者の信号は確かに青だったが、居眠り運転か、トラックがスピードを緩める事なくその少女に突っ込んでいった事。

 少女はヘッドホンをしていたため、周りの音が聞こえていなかったのか、「危ない!」という俺の呼びかけに全く反応しなかった事。


 そして――。


「気がついたら俺は鞄を放り投げて、彼女に向かって走り出していて……その後は……」

「……その後は?」


 そう、問題なのはその後の事。

 頭には鮮明に残っているのだが、正直自分でも信じがたい。

 俺は首を傾げる月夜さんに促されるように、一度閉じた口を再度開いた。


「その後は……その、さっき少し言ったと思うんですけど、気がついたら真っ白な空間にいて、自分の事を神様とか言う変なじーさんに絡まれたんですよね……すみません、変な話ですよね」


 自分で言ってて”頭大丈夫か?”と突っ込みを入れたくなった。

 でも、夢……だとは思えない程はっきりとその記憶は残っている。それに……。


「じーさんに促されるままに扉を押し開けたら、今度はまるで人形のような少女がいて……その、俺の隣には昨夜プレイしてたはずのRPGのキャラもいてですね……」


 そのRPGキャラ――レアリスたんを抱き上げた時に感じたずっしりとした感触。初めて触った鎧の冷ややかさや、女性特有の甘い香りは今でも鮮明に残っている。


「――それで、その後は必死で扉まで駆け込んで……そうしたら次はここで目を覚ましたんです」

「なるほどね……」


 ……ここまで話して、やっぱり大人の女性(月夜さん)は良い人だと確信した。

 俺の目つき(三白眼)に怖がる事無く、荒唐無稽な話を馬鹿にするわけでも無く、最後まで黙って真剣に聞いてくれたのだから。


 話を聞き終えた月夜さんは、神妙な顔で数回頷き……。


「佐藤君」

「はい」

「あなたは転生――いえ、話から察するに異世界転移をしたのよ」

「はい?」


 真剣な声音でそう告げた。

 ……何か、目がさっきまでより輝いているような――ってそうじゃなくて!


「あの……異世界転移というと……」

「あら、佐藤君は異世界転移を知らないの?」

「いえ、それは分かりますけど。……俺もそういったのにはまっていた時期はありましたから」


 俺にも、異世界に行ってチートスキルで無双している自分を妄想している時期はあった。だが、それはあくまでも過去のものだし、所詮は妄想。

 そもそも、もし仮に異世界に行ける機会があったとして、何の躊躇いも無く手を上げる人はいないだろう。異世界に行くよりも、この平和な地球でレベリング(ゲーム)をしながら生活していた方が幸せに決まっているから。それに……。


「なら話は早いわ。今の佐藤君の話を客観的に聞く限り、異世界転移したとしか説明がつかないもの」

「いや、でも流石にそんな夢のような話は……」

「でも、夢だとも思えないのでしょう?」


 ……確かに、あの出来事を全て夢だった――で片づけるにしては、記憶の中の感触や匂いがリアル過ぎる。


「まあ、今それが夢だったかどうかなんて考えても仕方がないわ。証明する手段もないのだし……それよりもっ」

「へ――っ!」


 俺が下を向いて頭を悩ませていると、ふっと手元に影が落ちてきた。

 顔を上げると、息がかかる程の至近距離に月夜さんの顔があり、俺は思わず息を詰まらせていた。


「ねえ! その異世界のお話をもう一度詳しく聞かせてくれないかしらっ」


 先程までのクールさは何処へやら。

 まるで好奇心旺盛な子供の様に、その漆黒の瞳をキラキラと輝かせている。

 月夜さんは気がついていないのか、どんどんその身を寄せてきているため、その豊満な胸が俺の腕に思いっきり押し付けられていて……。


「ほ、ほらっ。もう一度詳しく聞けば何か分かるかもしれないでしょう?」


 俺はその初めてのやわっこい感触にドキドキして固まり、月夜さんの顔をただただ見つめ返す事しかできなかった。

 すると、月夜さんは何か言い訳のように早口で捲し立てた。

 その見た目の大人っぽさとギャップを感じさせる、どこか子供っぽい仕草……良い……。


「えっと……佐藤君?」

「いい……」

「あの……?」

「……え?」


 ……はっ! いかんいかん。

 浮気はいかん。

 俺にはヨメがいるというのに……そう、レアリスたんというヨメがっ!


「えっと……大丈夫?」

「は、はい。すみません何でもないです。ちゃんと戻ってきましたっ!」

「そう……それなら良かったわ」


 そう答える月夜さんは身を引いて元の体勢に戻っていた。

 ……俺も理性が戻ったぜ!


「それで……その、お話なのだけれど……」

「え? あー、俺が異世界転移?した話でしたっけ?」

「そう、それよっ!」


 またもや、その身をズイッと俺に寄せて……。

 でも、今度は大丈夫。

 今の俺の心には、しっかりとレアリスたんの顔が浮かび上がっているから。


「え、えっと……では、俺が昨夜レアリスた――ゴホン、RPGキャラのレベリングをしていた辺りから――」

「その話、転移に関係あるのかしら?」

「……では、俺がトラックに撥ねられた辺りから――」


 俺は高鳴る鼓動を何とか押し留めて、トラックに撥ねられてから先程目が覚めるまでに起きたことを、もう一度説明し始めた。

 時折、月夜さんが質問を挟みながらあっという間に時は過ぎて行き……。


「……ふう。ありがとう、佐藤君。良いお話を聞かせてもらったわ」


 そう言って、月夜さんが満足気な笑みを浮かべてこの病室を出て行った時には、既に朝日が昇り始めていた。


「つ、疲れた……」


 俺はやっと解放された事にホッとしたのもつかの間、気を抜いた一瞬の内にバタンッと倒れる様に眠りについた。


***


 月夜さんに会った影響か、俺はその夜、夢を見ていた。

 淡い、初恋の夢を……。


 突然だが、俺には幼い頃からの永遠の悩みがある。

 それは、この凶悪なまでの目つきの悪さ(三白眼)だ。

 母さんもじいちゃんもばあちゃんも別に目つきが悪いわけではないので、俺だけ突然変異なのかもしれない。


 この目のせいで、俺は幼い頃から多くの人に怖がられてきた。

 学校の同級生は勿論、後輩から先輩まで。

 そんな俺の周りに集まるのは、決まってガラの悪い連中ばかり。

 でも、俺はただのゲームオタクだ。

 だからそんな連中と話が合うはずもなく、かと言ってゲームが好きそうな連中に声を掛けようものなら皆一目散に逃げていく。……俺が人見知りで口下手というのも災いしたのだろう。


 でも、見てくれている人は見てくれている。

 身体も成長して行き、生徒のみならず教師からも怖がられ始めていた小学5年生。

 その時の担任だった女性の先生が、俺の外見ではなく内面を見て、他の生徒と変わらない態度で怒ったり褒めたりしてくれた。

 その先生は、外見だけでなく雰囲気も月夜さんに似ていて、落ち着いた大人の女性といった人だった。


 ……さて、ここまでの話で予想はついているだろうが、俺の初恋の相手は、その月夜さんに似ているという先生だ。

 そして、多分、その影響なのだろう。

 俺が年上の大人な女性に憧れを抱くようになったのは。

【いかてんQ&A】

異世界転生:新たな命を授かり「異世界」へ生まれ変わりを果たす事。基本は元の世界では死亡する。テンプレは”トラックに撥ねられる”。

異世界転移:元の身体のまま「異世界」へ移動する事。元の世界で死亡する事もあれば、魔法陣等で召喚される事もあり、転移方法は多岐にわたる。

※転生と転移には曖昧な部分もありますが、この作品の中では上記で統一しています。簡単に纏めると、異世界で全く別人の身体に生まれ変わるのが”転生”。そのままの容姿で異世界へ行くのが”転移”です。

(参考:小説家になろうガイドライン)

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