ぷろろーぐ「貴方には500731代目魔王として、我々魔族を救っていただきます!」
『よし、ではお主には望み通り”完全記憶能力”を授けよう! その力で世界を平和に導いてくれい!』
くれい、くれい、くれぃ―――。
***
ここは泣く子も黙る魔王城。その最上階。
薄暗い魔王の謁見室の中心で、魔法陣の淡い光が灯っている。
「我らの王、初代魔王の名を受け継ぎし者よ」
「初代魔王の意思を受け継ぎし者よ」
「魔族を再び光ある場所へと導く者よ」
従者の格好をした女性が3人。
魔法陣の前に横並びで立ち、1人ずつ異なる言葉を紡いでゆく。
皆慣れた様子で、間違えることもなく落ち着いている。
「我、初代魔王の力を受け継ぎし者、フィールが命じる。500731代目魔王として我ら魔族を救わんとする者よ、今、此処に」
最後に、従者達の中心に立つ、豪華なドレスを着たまるで人形のように美しい少女――フィールが静かに言葉を紡ぐ。
すると魔法陣がまばゆく発光し、辺りを真っ白に染め上げていった。
魔方陣を中心に突風が吹き荒れ、従者達の服や、フィールの鮮やかな青の長髪をなびかせる。
やがて光と風が徐々に納まってゆき、魔法陣は跡形もなく消え去っていた。
魔法陣のあった場所に現れたのは巨大な扉。
扉は黒く無機質で、その高さはこの部屋の天井近くまである。
フィールと従者達が見守る中、扉が大きな音を立てゆっくりと開いていく。
「……今回は2人ですか。上出来ですね」
「あの男、強そうだな! 目つきが良いぜ!」
「ほんと。初代魔王様の生まれ変わりみたいね~」
扉の向こう。そこには2つの人影があった。
人影を認識した従者達は、思い思いに歓喜の声をあげる。
歓喜の渦の中心に立つ2つの人影。
1人は、扉を開けるために両手を突き出した格好のまま静止している、学校の制服であろう紺のブレザーを纏った黒髪黒眼の少年。その凶悪な三白眼はまさに魔王並だが、ポカンと口を半開きにしたその間抜け面により、恐ろしさは半減されている。
1人は、直立不動のまま無表情で眉1つ動かさない、鉄の鎧を纏った金髪碧眼の女性。歳は少年よりも上だろうか、頼れる姉御といった雰囲気を醸し出している。目鼻立ちの整った凛々しい顔。その目は静かに閉じられていた。
歓喜に沸く従者達。
一方で、ただ1人憂いを帯びた表情をしているフィールが、透き通った聞き心地の良い声で話しだした。
「いきなりの事で驚かれていることでしょう。ご説明しますので、先ずはこちらへ来ていただけますか?」
「……はあ」
尚も間抜けな顔をしている少年は、若干警戒しつつもフィールの言葉に従い、ふらふらと扉の中へと一歩足を踏み出した。
「ありがとうございます。……そちらの方もお願いできますか?」
「…………」
フィールは、少年が自分の言葉に素直に従ってくれたことにほっとしつつ、未だ扉の外で固まっている女性に声を掛けた。
「ん? ……え!?」
少年はフィールの言葉に、片足を扉の中へと踏み出した格好で停止した。
そして彼女の視線の先を追って後ろを振り返り、女性の姿を認識すると目を大きく見開いた。
「どうかされましたか?」
「あ、いや、えーと……な、何でもないですよ?」
「そうですか? 良ければ、そちらの女性も連れてきていただけますか?」
「……わかりました」
少年は女性に近づくと、恐る恐るといった様子で彼女の手を取り、ゆっくりと引っ張る。
すると、女性は引っ張られるがままに地面へと倒れていった。
その様子に慌てた少年が胸に抱くように受け止めたため、地面に倒れこむ事は無かったが、女性は少年の腕の中で糸の切れた人形のようにだらーんとしている。
「あの……そちらの女性、大丈夫でしょうか?」
一連の流れを黙って眺めていたフィールであったが、たまらずといった様子で声を掛けた。
「あ、はい。……今、行きます」
少年は神妙な顔つきで何やら考え込んでいたが、ややあってそう返事を返した。続けて腕の中の女性を抱き上げ、ふらふらとした頼りない足取りで扉を潜り、フィールの元へと歩いて行った。
「ぜぇ、はぁ……で、では、説明、してもらいましょう、か?」
少年はフィールの前まで辿り着くと、女性をそっと床に横たえた。
女性を抱き上げて歩いた事で疲れたのか、大きく肩で息をしている。
女性はすらっとしているが、鉄の鎧が重いのであろうか。
「では、先ずは簡単な自己紹介から。……私の名はフィール。この魔王城の主です」
「……っ!?」
フィールは一度姿勢を正すと、少年の眼を真正面から見つめ、よく通る声で言った。
少年は彼女の言葉を聞くと同時に、思わずといった様子で口を開いた。……が、先ずは話を最後まで聞く方が利口と考えたのか、無言でフィールの蒼眼を見つめ返し、話の続きを促した。
少年の凶悪な三白眼を真正面から受け止めたフィールは、しかし特に臆する事なく再度口を開く。
「急にこのような所に呼び出されて、混乱していることでしょう。申し訳なく思いますが、我々魔族にはもう他に道がありません。……我々が貴方を呼び出した理由は、ただ一つです」
フィールはここで一度言葉を切ると、軽く息を吸い込み、次の言葉を発した。
「貴方には500731代目魔王として、我々魔族を救っていただきます!」
「帰ります!」
「勿論直ぐに了承していただけるとは――へ?」
そこからの少年の行動は早かった。
予想外の答えに目が点になっているフィールの方など見向きもせず、素早く回れ右をし、開きっぱなしの扉目がけて駆け出したのだ。
途中、自身の足元に横たわっている鎧姿の女性をチラと見たが、運ぶ余裕はないと考えたのかそのまま放置。
「お、お待ちください! 私の話を最後まで――」
フィールはしばらくポカーンとしていたが、少年が扉の手前に差し掛かった所で正気に戻り、普段は出さないような大声で呼びかけたが。
「あなた達の事情なんて知りませんよ! 大体俺は異世界俺TUEEEなんぞ望んでないし! 地球で平和にレベリングができたらそれで良いんだよ! 包容力があってでも時には叱ってくれる大人なお姉ちゃんがいれば尚良しっ!!」
「はい? 何言って――って、本当にちょっと待ってくださ――!」
フィールの必死の呼びかけも虚しく、少年は大声で叫びながら扉から外に飛び出すと、そのままあっけなく彼女達の視界から姿を消した。
「そんな……」
フィールはその光景を見て、ペタンとその場に力なく座り込んだ。
少年を外に出した扉は、もう要は済んだとばかりに重々しい音を立てて閉じてゆく。
「……このような行動を取った方は初めてですね」
「アハハハ! 最高だな!」
「ああ、ス・テ・キ(ハート)」
フィールの一歩後ろから一連の出来事を眺めていた従者達は、扉の閉まる音に混じって呑気に思い思いの感想を述べている。
完全に閉じた扉はそのまま音もなく、静かに空間へと溶け去る様に消えていった。
「……嘘でしょ?」
尚もその場に座り込んだ状態のフィールは、虚空を呆然と見つめながら、最後にそう言葉を零したのだった。