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ぺこっと頭を下げてすごすごと森の中の道を引き返す少年は、ちらりと後ろを振り返る。大きな門の前にはまだコチョウの姿があって、おそらくは自分の姿が見えなくなるまであそこで見送るつもりなのだろうなということがなんとなく分かった。少年は一度大きく手を振ってから、マントを翻しぱっと駆け出した。あんなに薄着で、会話しながらも時折寒さに震えていた彼女を、これ以上外にいさせたくなかった。
森の中をしばらく走った少年は、やがて少し開けた山道で足を止めた。大きな木の根元に、巨大な犬、否、一匹の狼が座っている。銀色がかった灰色の美しい毛並みのその狼は、少年が近寄るとその大きな体を起こし首を垂れた。
「待たせてごめん、帰ろっか」
少年が歩き始めると、その狼も斜め後ろにぴったり寄り添って歩き出す。珍しい青みがかった灰色と明るい緑色のオッドアイは、辺りを油断なく見回している。
「あの子、ありがとう、って」
黙々と歩きながらぽつんとそう零した少年を、護衛の彼は何も言わずに見上げた。
「たぶん何のことか分かってたはずなのに、全然怒ってなかった。あんなことがあったのに」
リュカ、と少年が名前を呼んだ瞬間、彼の背後には一人の少年が立っていた。銀に近い灰色の髪に、珍しい色のオッドアイ。無表情のまま己の主人を見やる彼は、黙って次に続く言葉を待った。
「いつも俺の代わりにあれを届けてくれてありがとう。これ、あの子がくれたんだ。リュカにあげるよ」
「それは殿下がお持ちください。それよりも早くお戻りになられた方がよろしいかと」
淡々とそう進言するリュカに、少年は苦く微笑んだ。
「まあ、そうだよね。とりあえず帰ろうか」
そう言ってひとつ深呼吸をした彼は、次の瞬間まるで空気に溶けるようにして消える。護衛の少年はそれを見届けてから、ひとつ瞬きをする間にその姿を再び狼へと変えた。そして一足先に城へ戻った己の主人の元へと、風のように駆け出した。