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行きと同じく迷路のような地下道を抜け、螺旋階段を登り、いくつもの扉を抜けて、コチョウは城内へと戻った。床下にある隠し扉を押し上げて廊下へと出たリュカは、さっとコチョウを引き上げてそこを閉じ、外套を脱ぐと何食わぬ顔で歩き出した。
あと数歩でコチョウの部屋に辿り着くという時、前を歩いていたリュカが突然足を止めた。小さく舌打ちをするのが聞こえ、彼はコチョウを連れて廊下の端へと移動し顔を伏せた。
正面から複数の足音と衣擦れの音が近づいてくる。床を見るコチョウの視界の隅に、マーメイドブルーのドレスの裾が入り込んだ。
「ーー貴方、たしか殿下のお側に控えていた」
は、と畏まるリュカにおそらく身分の高い人なのだろうと緊張する。
「その者は?」
ますます体を硬ばらせるコチョウの代わりに、リュカが城内で新しく雇う者ですと答えた。
「もしかして、わたくしにつけてくださる者ですの?ソフィア様が直々に選んでくださるとおっしゃっていたのだけれど」
期待のこもった目を向けられ、コチョウは困り果ててますます深く頭を下げた。その拍子にさらりと黒髪が流れる。
「まあ・・・・・・なんて美しい髪。東方の女性は皆綺麗な黒髪をしていると言うけれど、貴方もそう?」
急に親しげに声を掛けられ、顔を上げなさいと促されたコチョウは恐る恐る床から目を挙げた。
「いいえ、この者は」
説明しようとするリュカを遮り黒髪の美しさについて熱弁していた女性ーークレアは、やがてはっとしたように顔を赤くした。
「ごめんなさい、つい嬉しくて話しすぎてしまいました。こちらで同じくらいの歳の者と顔を合わせたのが初めてだったものだから」
深呼吸をしたクレアは、元の落ち着きを取り戻して優雅に微笑んだ。
「いずれまた顔を合わせるでしょう。わたくしのことをよく覚えておいで」
コチョウは再び頭を下げ、護衛を二人引き連れた彼女が去っていくのを見送った。
完全に人通りがなくなった後、リュカが素早く部屋の扉を開けコチョウを入れた。ソファーへと腰を下ろしたコチョウは、ベッドメイクを確認しているリュカをじっと見つめる。素知らぬ顔で部屋を整えていたリュカは、やがてちらりと彼女に目を向けた。
「・・・・・・先程は申し訳ありませんでした」
無礼な真似を、と頭を下げられ、コチョウは目を瞬かせる。ふるふると首を横に振った彼女は、口だけであの方は、と尋ねた。
「あの方は西方の島国スチナートの姫君です」
アリシアの婚約者だという情報は伏せる。目を丸くしているコチョウに、リュカは少しお休みになられてはと声を掛ける。
「おそらく近いうちに殿下がお会いになられます。それまでお休みください」
いち早く報告すべきことがあるリュカは、のろのろとベッドの方へと向かうコチョウを見届けてから部屋を出た。男であるリュカに着替えを手伝うことは出来ない。脳裏に、自分につく者かと尋ねたクレアが蘇る。
「・・・・・・」
とにかく報告を。リュカは足早に主の元へと向かった。




