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一通り診察が終わった後、ミアが昼食の準備をするというので、コチョウも慌てて手伝いを申し出た。マキタにはやめておけと渋い顔をされたが、そもそも彼女は一日中掃除やら洗濯やらで動き回る生活をしていたのだ。身体を動かした方が落ち着くからと微笑むコチョウに、誰も何も言えなかった。
「リュカはね、お城に仕えるようになるまではここで暮らしていたの」
温かい湯気のあがる鍋をかき混ぜながら、ミアが歌うように言う。コチョウは皿を並べてナイフでパンを切り分け、久しぶりの日常を噛み締めながらじっと彼女の声を聴いた。
「あの子、あの通り無表情で無愛想でしょ? 初めはみんな怖がっちゃって。あの子自身も誰にも懐かないし、先生とは毎日大喧嘩するし。本当にどうなっちゃうかと思った」
ミアはからからと笑い、鍋から皿へ丁寧にスープをよそっていく。
「リュカは、アリシア様にお会いしてから変わったわ。きっと、自分の役目を見つけたのね」
コチョウは、あの日何か言いたげだった彼の目を思い出した。あの時はただただ恐ろしかった、だが、きっとそれだけではなかった。自分はきっと、あの瞬間あの人に何かを感じていた。
「人は皆、それぞれ自分の役目を背負って生まれてくる。でも、この世に生まれ落ちた瞬間にそのことを忘れてしまうのね。だから、私達は忘れてしまった自分の役目を見つけるために生きてるんだ、それが人生だって、私の母がよく言ってたの」
私も早く自分のお役目を見つけなくちゃ。そう言って微笑むミアはとても眩しく、コチョウは思わず目を細めた。まだ知り合って数刻しか経っていないが、ミアの持つ明るさや優しい雰囲気からその人柄は十分伝わってくる。コチョウの周りに彼女と親しくしてくれる同世代の人間など一人もいなかったので、ミアのような存在と出会えたのは彼女にとって奇跡のようなことだった。
「さ、お腹すいたでしょ? ごはんにしましょ。ミアの特製スープ、お腹いっぱい食べてね」
こくこくと頷くコチョウに、ミアは優しく笑いかける。
「私、あなたともっと仲良くなりたい。私達、まだ知り合って少ししか経ってないけど、きっと大親友になれると思う。だって、コチョウが優しい子だってことはもう分かっちゃったもの」
目を見開いたコチョウの手を握り、ミアは陽だまりのように笑う。
「それにリュカが連れてきた人だもの、悪い人なわけがないわ。あの子がここに人を連れてくるなんて初めてなのよ。ね、もしかして、コチョウってリュカのいいひとだったりする?」
きらきら目を輝かせてそんなことを聞いてくるミアに驚いて、コチョウはめっそうもないと首をぶんぶん横に振った。
「あら、違うの? なあんだ。てっきり、リュカにもようやく春が来たかと思ったのに。どうかしら、お城勤めでお堅い仕事だし、顔も綺麗でしょ? ちょっと無愛想だけど優しいところもあるし、将来的にも安定だと思うんだけど」
ぐいぐいと見当違いにリュカをお勧めしてくるミアにどう答えたものか困り果てていると、不意に戸口からわいわいと数人の子どもたちが飛び込んできた。
「ミアー、お腹すいた!」
「ねえ、さっき来てたのってリュカ?」
「いい匂い! 早く早く!」
口々にまるで小鳥の囀りのように賑やかな彼らが微笑ましく、コチョウは思わず口元を緩めた。
「はいはい、じゃあこれ運んでくれる?」
よそったスープやパンを子どもたちに渡し、コチョウたちも食卓へつく。簡単な食前の祈りを済ますと、皆で揃って食事をした。
すっかり胃が小さくなってしまっているコチョウはスープをほんの数口食べるとすぐにその手を止めてしまったが、それよりもこんなに大勢で食卓を囲むのはずいぶん久しぶりな気がして、なんだか胸がいっぱいだった。
時折ふざけつつも黙々と食事をするの子どもたちの横で、食事はいらないと言っていたリュカもミアの説得により一応食卓にはついている。
「ねえ、アリシア様はしばらくこっちには来られないの?」
ミアの問いかけに、リュカはそうだ、と一言返事を返した。しかし彼の予想では、今日明日中には一度はここを覗きに来るだろうと思っている。
「こんなこと言ったらだめなんだろうけど、リュカとアリシア様って似た者同士よね」
「ミア」
「はいはい、ごめんなさい。今の、内緒にしてね」
リュカに不敬だと咎めるように名前を呼ばれ、ミアはいたずらっ子のようにコチョウに向かってウインクをした。コチョウが思わず微笑んだところで、マキタがスープのスプーンを口に運びながら唐突に口を開いた。
「おい、おまえら二人とも今日明日はゆっくりできるんだよな?」
「いいえ、明日までというのはーー」
「じゃああれだ、食べ終わったらマギサんとこに薬届けてこい」
「いいえ、あまり出歩くのはーー」
「おいおまえらあんま騒ぐな!ここは託児所じゃねえんだぞ!」
言葉を遮られまくったリュカから凄まじい冷気が流れ出す。しかしどきどきしているのはコチョウだけで、子どもたちもミアも平気な顔をして食事を続けている。きょときょとと目を彷徨わせているとミアと目が合い、にこっと微笑まれる。
「大丈夫、いつものことだから。あの二人いっつもあんな感じなの、息があってるんだかあってないんだか」
まあ最後はリュカが折れるしかないんだけどね、と耳元で囁かれた通り、気付けば午後は二人揃って出掛けることになっていた。




