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しあわせと呼ばれた人  作者: なつのいろ
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「護衛を・・・・・・いや、場所を移す? そもそも兄上に見つからない・・・・・・」



 ぶつぶつと呟きながら部屋の中を歩き回るアリシアを目で追いながら、同じように難しい顔で腕を組んでいるリアンは内心で重苦しいため息をついた。



「体調が心配ですね。せっかく治りかけていたのに」



 二人の頭の中は、また怪我を増やしたらしい少女のことがぐるぐる回っている。リアンは直接顔を合わせたことこそないものの、アリシアに引き摺られるように彼女には心を割いていた。



「リアンはどう思う?」


「そうですね・・・・・・そもそも、陛下はなぜあれほど執着されるのか」



 ぴた、と歩き回る足を止めたアリシアは、しばらく逡巡した後に言った。



「実は今、ちょっと調べてることがあるんだ」



 幸運の女神。アリシアはそう呼ばれる存在のことを密やかに調べ続けていたが、下手に話してリアンを巻き込んでしまうことを恐れていた。



「ーー殿下、失礼いたします」



 不意に響いたノックの音に、二人同時にぱっと視線を動かし、すぐにアリシアが入室の許可を出した。するりと音もなく部屋に入ってきたリュカは、リアンの姿を見るや否や眉間に深い皺を刻む。リアンはというと、そのあからさまな反応に思わず苦笑を漏らした。



「リュカ、マキタ医師は?」


「今日は難しい、明日必ずと」


「そうか・・・・・・彼女の様子は?」


「熱が出て今は眠っています。今朝はマキタ医師から預かった薬を」



 淡々と答えるリュカは、リアンをちらりと氷のような無表情で見遣った。早く出て行けと言わんばかりのその視線を受けてなお、彼は退室どころかぴくりとも動く気配を見せない。そればかりか悪気なくにこっと笑いかけ、余計にリュカの神経を逆撫でした。張り詰めた空気にため息をつきながらも、もうこればかりは仕方がないためあえて触れないことを選択したアリシアは、思考を彼女へと戻した。



 アリシアは、アリソン王から彼女の世話を言付かっただけに過ぎない。彼女の体調を整えるため、怪我を癒すためだとして面会謝絶のような状態をとることも考えたが、それらは城内の人間には効力を発揮したとしても彼には関係のないことだ。そもそも彼女はアリソン王が連れてきたのであって、アリシアに口を出す権限はない。



「リュカ、なるべく彼女についていてあげてくれないか。今彼女を守れるのはおまえしかいないんだ」



 リュカはなんとも言えず複雑な心境になりつつも是と答えた。護衛が主人の元を離れるなど言語道断だが、その主人から直接言いつけられてしまえばもはや反抗する意思もない。事実、味方の少ない彼女の側に怪しまれることなく控えられるのは、今のところリュカだけだった。



「何か変わったことがあったら、何でもいいから報告してくれーー頼んだよ、リュカ」



 黙礼し最後にリアンを睨めつけることを忘れず退室すると、リュカはその足でコチョウの元へ向かった。








 つい先日手当てした傷は、明らかに何者かによってつけられたものだった。慢性的な熱に浮かされリュカが近付くだけで怯えた顔をみせるコチョウだが、身体を強張らせながらも大丈夫と言わんばかりに必死に笑みを浮かべようとする姿は痛々しく、彼は理由も分からず胸中に沸き立つ苛立ちにじっと耐えていた。



「包帯を替えます」



 目的を告げ、ゆっくりと近付くリュカに彼女はやはり身体を強張らせた。かたかたと小さく震える手に気付かないふりをしながら、腕の白い包帯を丁寧に解いてゆく。下から現れた細い腕と手首には手形の痣が青黒く浮かび上がっており、以前から手当てをしていたまだ完治していない擦過傷の上には新しく爪の跡のような傷が刻まれている。彼は、その頼りない首元や衣服の下にまで同じように生々しい傷があることを知っていた。



 マキタ医師から預かっている塗り薬を手に取りながら、リュカは何故よりにもよってこんな見るからに貧弱でろくに抵抗もできそうもない女を痛めつけるのだろうと思った。力の弱い者が力の強い者に従うのは自然界の理だ、しかしそれは強い者が弱い者を無闇に痛めつけてもいい理由にはならない。



 手早く、しかし丁寧に新しい包帯を巻き終えたリュカは、そっと感謝の込もった笑みを零すコチョウをちらりと見やりながら、これからする自分らしくない行動に自分の中で理由をつけた。



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