31
「ーーおや、お姫様のお目覚めのようだ」
浅いような深いような、とにかくやけに鮮明な夢から醒めたコチョウは、しばらくの間ここが現実の世界だということに気付けなかった。室内はまだ仄暗く、おそらくはまだ夜中だろうと察せられた。
ぼんやりした頭のままベッド脇を見ようとした彼女の上に、ふと影が落ちる。誰かいると気付いた時には既に遅く、ぎし、とベッドが軋んで、コチョウの身体には何者かが馬乗りになっていた。
「・・・・・・さて、まずは声か」
恐怖のあまりひゅっと息を呑んだコチョウを氷のように冷たい絶対的支配者の眼差しで見下ろしながら、アリソン王は美しく口端を吊り上げて彼女の細い首へと手を伸ばした。
「おはようございます」
朝、いつものように入室したリュカは、ベッド脇に移動している花瓶を見てほんの少し渋い顔をした。いつもはリュカが入室する頃には目を覚まして身体を起こしているのだが、今日は珍しくこの部屋の主は未だベッドの中で惰眠を貪っているらしい。リュカは静かに退室しながら、己の主人のことを思い返しさらに渋い顔をした。
彼女のことを心配するあまり、そわそわとひたすら書類の上の文鎮を持ち上げたり下ろしたりインクの蓋を開けたり閉めたりしていた姿はなかなかに情けなかった。
しかも、先日飽くまでもアリシア王子としてコチョウと顔を合わせることになった彼は、威圧的な態度を取ってしまったことを死ぬほど気にしていた。
昨日の夜にでも、そのことを謝りに行ったのだろうか。リュカは閉じた扉の前でしばらく佇んだ後、無理に起こすこともないとアリシア王子の部屋へと向かった。
「殿下、失礼いたします」
「リュカ、今日はどうだった?元気そう?」
「まだお休みになられていました」
「あ、そうなんだ・・・・・・珍しいね。体調、あんまり良くないのかな」
「ところで、殿下は昨夜どちらに?」
「え、昨日? 普通に部屋で寝てたけど。なんで?」
そのあっさりとした答え方に、予想が外れたリュカは少しばかり考え込んだ。彼でないのなら、他の誰かがあの部屋に訪れたということだろうか。しかし、あの部屋に入ることが出来るのは、自分と数人の侍女を除けば実質ーー。
そこまで考えて、リュカははたとある可能性に思いあたった。そして、何やらぶつぶつ言っている主人を置いて足早に先ほど来た道を引き返す。もうすっかり見慣れてしまった扉の前で深呼吸をすると、はっきりとノックをしてから中に入った。
「おはようございます」
部屋の主は、今度は目を覚ましていた。ベッドの上に身体を起こしているが、見るからに顔色が悪い。唇を真一文字に結んで、指が白くなるほどぎゅっとシーツを握りしめている。
「体調はいかがですか」
リュカが近付くとその華奢な肩がびくっと震えた。そのまるで初対面の時に戻ったかのような怯え方に、彼は怪訝そうに足を止める。
「昨日、マキタ医師が診察に来ましたか?」
こく、と頷く。
「彼が何か失礼を?」
ふるふると首を振る。医者に診てもらった翌日だというのに、何故体調が悪化しているのか。
「他に誰か入室しましたか?」
ゆっくりと首を横に振りぽろっと涙を落としたコチョウを見て、彼は昨夜一体誰がここを訪れたのかを察した。よく見ると、首のあたりや手首が赤くなっている。
「・・・・・・怪我の手当てを」
包帯を取りにいくために再び退室しながら、リュカは無意識に爪を食い込ませていたらしい手から力を抜いた。僅かながら動揺しているらしい自分が奇妙で、しかし表面上は普段と全く変わらない無表情のまま廊下を歩く。
このことを、あの心配性な主人にどのように伝えるべきか。リュカはおそらくは取り乱すだろう彼のことを思って珍しくため息をついた。




