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しあわせと呼ばれた人  作者: なつのいろ
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 その日、ロイエーズの屋敷は朝から姦しかった。姉たちは髪を整えいい匂いのするオイルを身体に塗りつけ、どうすればより美しく着飾れるかという話で盛り上がっている。朝食の給仕を終えたコチョウは、ようやくささやかな食事の時間が持てると思いきや、彼女たちが今日身に纏うドレスや靴の手入れをさせられていた。

 先日コチョウが買ってきた飾り紐の取り合いをしていた彼女たちは、黙って丁寧に靴を磨いているコチョウを横目にいやらしく笑った。



「リン、手は綺麗に洗ったの?もしも汚したりなんかしたら、あの火かき棒でしこたまぶってやるからね」

「お姉さまの言う通りよ、あんたなんかがそんな高価なものを触らせてもらえることに感謝なさい」



 コチョウは何も言わず、分かっていますとばかりに微笑んだ。今日は、王宮で舞踏会が開かれる。一応貴族の端くれであるこの家にも、数ヶ月前から声が掛かっていた。三人の女たちはその舞踏会で王族もしくは大貴族の子息に気に入られようと身支度に余念がない。やれあれを持ってこい、これを準備しろと一頻りこき使われたコチョウは、身振り手振りでそろそろ買い出しに行くと一生懸命伝えた。朝食を食べることはもう諦めている。どうせ残飯のようなものしか食べることを許されていないのだ、食べても食べなくてもさして変わりはなかった。



  質素な外套を着てフードを被り買い物かごを持って外に出ると、コチョウは黙々と山道を下っていく。商店が集まっている王都の中心部までは、彼女の足ではゆうに一時間ほどかかってしまう。鬱蒼とした森の中を抜けていかなくてはならず、夜になると夜盗も出る危険な道だ。しかしコチョウは、この道を歩くことが嫌いではなかった。

 彼女が早足で歩いていると、どこからか数羽の小鳥たちが舞い降りてきて近くの枝に止まる。彼らはきょるんとした目で彼女を見つめ、美しい声で鳴き始めた。まるで聴いておくれと言わんばかりのその鳴き方に、コチョウは優しい笑みを向ける。彼らはコチョウがこの道を通る度に飛んできて、いつも多彩な音色で彼女を楽しませてくれるのだ。

 今日も街に出る直前までついてきてコチョウを楽しませると、一斉に飛び立って森へと帰っていった。それに手を振り、彼女は市場へと赴いた。





「嬢ちゃん、金が無えなら物は買えねえ。分かったらさっさと帰んな」



 頑として譲らない小間物屋の主人に、コチョウは困り果てて眉を下げた。彼女はよくお使いに出されるが、今までに金を持たされたことは一度も無い。それはカトレアが彼女のことを全く信用しておらず、全て後払いにするようにとの手紙を彼女に持たせているからだ。カトレアの署名とロイエーズ家の紋章が記されたその手紙は、昔からこの街に住む人々にとってはそれなりの効力を有している。コチョウはいつも店側に買いたいものを伝え、その手紙を見せることでつけ払いで買い物を済ませていた。

 しかしこの店の主人は初めて見る顔で、この手紙のこともよく分かっていなかった。おろおろと視線を彷徨わせて何も言わないコチョウに苛ついたのか、店主は荒っぽく彼女の肩を押した。



「ここにいられちゃ商売の邪魔だ、さあ帰った帰った!」



 華奢なコチョウはその勢いを殺せずふらつき、バランスを崩して地面に倒れ込む。ちょうど泥濘に崩れ落ちてしまい、外套とドレスの裾に泥が染み込んでいく。抱きしめて庇ったカトレアの手紙が汚れなかったことににほっとしていると、ふと誰かの人影がコチョウを覆った。


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