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とにもかくにも、今はゆっくり休養をとることが大切だ。マキタは布団の中で苦しそうに眠るコチョウを最後にじっと見つめた後、荷物をまとめておもむろに窓へと向かった。手触りの良い高級そうなカーテンを開けると、バルコニーも何もないその窓の外側にはいかつい鉄格子がはめられている。彼は懐から取り出した鍵でその窓を開けると、何やらこちょこちょと慣れた手つきでその鉄格子を外した。
「ったく、いい年したおっさんに毎回こんなアクロバティックなことさせるたぁね・・・・・・」
ぶつぶつと文句を言いながらも、彼の行動は素早い。手早く身体を外にくぐらせ、元どおりに鉄格子をはめ直す。後は壁面を伝って、アリシアが手配してくれている隣の部屋へと移るだけだ。身軽に隣の部屋のバルコニーに乗り移りながら、マキタは相変わらず牢獄みたいだなと顔を顰める。見たところごくごく普通の、強いて言うなら少し栄養失調気味の子どもでしかない。そんな彼女が、何故こうも厳重に城に囚われているのだろうか。その理由について、アリシアは苦い顔はするものの詳しいことは決して話そうとはしなかった。おそらくは、何か王宮絡みの事情があるのだろうと察している。
鍵の空いていた窓から部屋に入ると、中に控えていたすらっと細身の少年が不機嫌そうに濡れ布巾を押し付けてきた。
「いつも悪いな」
「いいえ」
少年ーーリュカは、自分の手渡した布巾でマイペースに手の汚れを拭き取っているマキタをいらいらと見守った。
「今日の容態はいかがでしたか」
早く言えと言わんばかりに切り込んでくるリュカに、マキタは相変わらずのんびりと応える。
「熱がまだ下がってねえ、意識も曖昧、あとあの子、ちゃんと飯食ってないだろ」
「さあ、私には分かりかねます」
「意識が戻った時にちょっとでも食わしてやらんと、いつまで経っても弱ったままだ」
おまえ、そういうの得意だろ。マキタは眉間に皺を寄せてこちらを睨みあげてくるリュカをちらっと見やった。
「あいにくと、そういった命は受けておりませんので」
「じゃあ俺から言っといてやる。一日一食でもいいから何か食べさせてやれ」
何故自分がそんなことを、と憮然とした顔をしたリュカに、マキタは続けて言った。
「お前がどんだけ嫌がろうと、あれは俺の患者だ。アリシアからも命を受けてる、お前にもちゃんと手伝ってもらうぞ」
ぐっと言葉に詰まったリュカは、湧き上がる苛立ちを隠そうともせずに彼の持つ布巾をむしり取った。そのまま退室する彼を見送って、マキタはやれやれと首をすくめる。
「ったく、あいつのあの短気はどうにかならないもんかね」
リュカがあの少女にいい顔をしないのは分かりきっていたことだったが、別に彼女がリュカに何かをしたというわけでもない。マキタは、ふと幼き日の、まるで自分以外の人間は全員敵だと言わんばかりにナイフのように鋭い目をしていたリュカを思い出した。しかし、態度こそ反抗的だが彼がマキタやアリシアの言葉を無下に扱わないということもまた、分かりきったことだった。次ここを訪れる時には、彼女の体調は少なからず快方へ向かっているに違いない。マキタは人がいないのを見計らって部屋の外へ滑り出ながら、ふっと小さく笑った。




