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「・・・・・・マキタ医師」
扉が閉まり静かになった室内でアリシアがそう呟いた瞬間、近くのクローゼットからガタンと大きな音がした。さっと近寄ったリュカがその扉を開ける。
「いってて・・・・・・ったく、城ってのは全部が全部もっとでかいもんだと思ってたんだがな・・・・・・」
ぶつくさ言いながらクローゼットからのっそり現れたのは、無精髭を生やしたいかにも怪しげな男だった。草臥れた白衣が、かろうじて彼の職業を証明している。咄嗟に投げ込んだらしい商売道具の詰まった鞄を引っ張り出しているその背中に、アリシアは彼女の容態を問いかけた。
「ありゃ、何かできつく縛られた痕だ。栄養失調気味だし、衰弱してる。何であんな子がここにいる?」
「兄上が連れてきたんだ。たぶん、無理矢理攫ってきたんだろうな」
「そりゃ、穏やかじゃないな。見た感じ、どっかの姫様ってわけでもなさそうだったが」
ようやく鞄を手にした彼は、今度はクローゼットに頭を突っ込んで脱げてしまったらしい片方の靴を探している。アリシアは、意識を失いぐったりしていたコチョウのことを思って唇を噛み締めた。
「あー、王様は女の子を痛めつけて興奮する趣味でもあんのか?」
「ない、と思いたい。あの子はちょっと特別なんだ、兄上がやけに執着してる」
「ふーん。ま、俺には関係のない話だが、それが俺の患者の健康に関わることなら話は別だ。お、あったあった」
ようやく靴を見つけて、マイペースに履き直す。普段は適当が服を着て歩いているような男だが、マキタ医師は自分の患者のこととなると途端に顔付きが変わる。アリシアは、そんな彼の姿勢についてはとても尊敬していた。
「おまえさん、あの様子じゃどうせあの子の世話を任されるんだろう。それなら話が早い、俺にも診せろ」
「・・・・・・なんか、マキタ医師が言うと変態っぽいんだよなあ」
「なんっだそりゃ!俺は医者だぞ!」
先ほどまでアリソン王が座っていたソファにどさっと腰を落としながら、マキタ医師は不意に真面目な顔をした。
「俺は医者だ、信用ならん魔術やらなんやらは専門外だ。だがな、あの子は、なんつーか、ちょっと変だぞ」
「変?変ってどういうこと?」
「俺にもよく分からん。分からんが、とにかく何かが変だ。上手く言えんが、一度そういうもんに精通してるもんに見てもらってもいいかもしれん」
分かってるだろうが、宮廷付きの者は止めておけよとすかさず釘を刺される。アリシアは苦く笑いながらその忠告に頷いた。
「とにかく、まずは三食しっかり栄養のあるもんを食べさせて、たっぷり睡眠をとらせてやれ」
マキタ医師はそこでふと、部屋の隅で静かに控えているリュカに目をやった。
「おう、元気でやってるか」
「・・・・・・はい」
「たまには顔出せ、あいつら寂しがってたぞ」
「・・・・・・はい」
「足は?」
「問題ありません」
「そりゃよかった」
アリシアは二人のやりとりを聞きながら、報せを待てと言ったアリソン王のことを考えていた。あの口ぶりでは、城の彼女への待遇はあまり良くないのだろう。だが、アリシアがあまり口出しをすると逆に彼女の立場を悪くする可能性があった。
「・・・・・・マキタ医師、もしよければなんだけど」
「あん?」
「医者として、彼女の側についていてくれないか」
「常駐ってことか?そりゃ無理だ、目ぇ付けられたら面倒だ」
「じゃあ時々でいい、一週間に一度、いや、五日に一度、こっそり城に来て欲しいんだ」
おまえさんもだんだん人使いが荒くなってきたなあとぶつぶつ言っているのは聞き流して、アリシアはやや強引に彼と三日に一度は経過観察をしてもらう約束を取り付けた。
「信頼できる人が少ないんだ。貴方には迷惑を掛けてばかりで、本当に申し訳ない」
「いい、いい、んな簡単に頭下げんな。これが俺の仕事だ」
いかにも煩わしそうな顔をされ、その態度にリュカがぴくりと眉を釣り上げる。アリシアは、好き勝手に鞄の中身の点検を始めたこの面倒見のいい大人を目を細めて見やった。
「ありがとう、マキタ医師。貴方に会えてよかった」
「んだそりゃ、そういうのは女に言え」
とりあえず今は、王からの報せを待つしかない。アリシアは気を引き締めて、リュカに目配せをした。




