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人があまり立ち入らない安全な場所。候補はいくつかあったが、最終的にアリシアにとって最も身近なところが選ばれた。彼の寝室である。リュカは頑として彼女をソファーの上に寝かせようとしたが、アリシアの必死の説得により最終的になんとかベッドに落ち着いた。
「・・・・・・どうして」
もう何度目か分からない問いかけが口から零れ落ちる。血の気のない青白い顔をした彼女は、死んだように眠り続けている。以前からほっそりしていたが、それにも増して痩せ細っているような気がした。
「リュカ、どうしてこの子がここにいるのか調べてくれ」
「承知しました」
「あと、マキタ医師を呼んで。内々にね」
「はい」
マキタ医師というのは、アリシアが懇意にしている町医者の一人だ。王宮にも専属の医師はいるが、どこで誰とどう繋がりがあるか分からないため、アリシアはいつもその人間性をよく知っていて本当に信頼の置ける者に判断を仰ぐようにしているのだった。
「そうだ、リアンはどこにーー」
アリシアの声は、不意に響いたノックの音に遮られた。途端に空気が張り詰め、リュカがさっと寝室を出て行く。じっと耳を澄ませていると、やがて寝室の外からリュカの声がした。
「殿下、御目通りを願う者が」
「・・・・・・すぐ行く」
アリシアは、なるべく気怠げに見えるように髪や衣服を少しだけ乱して寝室を出た。そして、礼を執る数人の衛兵に冷たい目を向ける。
「何だ」
「お休みのところ失礼いたします。陛下からの命で、お客人をお迎えに参りました」
「客人?」
「陛下より、抵抗すればお客人の身の安全は保障しないと仰せつかっております」
不機嫌そうに兵士をぎろりと睨みつけたアリシアは、やはり兄が絡んでいたかと心の中で舌打ちをした。突然言い渡された今日一日の休暇も、おそらくは偶然を装いこうして彼女と引き合わせるのが目的だったのだろう。
「王に伝えよ。アリシアは体調を崩している。その客人とやらについて詳しく事情を聞きたいが、あいにく部屋から出ることが叶わぬと」
「恐れながら殿下、我々はーー」
なおも言い募ろうとした兵士は、隣にいた別の兵士に小突かれて口を閉じる。一礼し大人しく退出していった彼らを見送って、アリシアは腹立たしげにため息を吐いた。
「殿下、いかがいたしましょう」
「・・・・・・どちらにせよあの人が動くまでは何も変わらない。ここでマキタ医師を待つ」
一礼したリュカは、足早に部屋を出て行った。一人残されたアリシアは、ゆっくり寝室へと戻る。ベッドの中の少女は、相変わらずこんこんと眠り続けている。
「・・・・・・幸運の女神」
かつてそう呼ばれた存在のことを、アリシアは古い歴史書の中で一度だけ見かけたことがあった。書庫の片隅にひっそり隠すように仕舞われていたその書物にほんの数行に渡って記された、まるで神話やおとぎ話にも似た逸話。
「君はいったい、何を背負っているの」
途方に暮れたアリシアの声がぽつんと零れ落ち、部屋の中を漂って消えた。




