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「殿下、どちらへ」
「・・・・・・王の庭へ」
「クレア様の件はいかがいたしますか」
「あー、今それ言わないでってば!行くよ、行くしかないだろ!」
辺りを伺い伺い部屋を出ようとしていたところに声を掛けたリュカは、両手で耳を塞ぐアリシアに冷めきった目を向けた。
「もうすぐお時間かと」
「リュカは本当にしっかりしてるよな・・・・・・」
「ありがとうございます」
「ううん・・・・・・」
リュカは、自分が側にいるうちは絶対に彼を甘やかさないようにしようと心に決めていた。いつもなんやかんやとアリシアに甘いリアンは、彼にとってはもはや天敵のような存在だ。リュカは、常日頃己の主人にもっともっと強く逞ましい絶対的な存在になってほしいと願っているのだ。
「ちょっとだけ覗きに行くのは?」
「もうすぐお時間かと」
「ちょっとだけ!一瞬見に行くだけ!」
まるで聞き分けのない野良犬を見るような目を向けられたアリシアは、大人しく部屋に戻り重い足を動かしてクレアの待つ広間へと向かった。
待ち構えていた侍女に中庭へ行くようにと伝えられたアリシアは、そのバルコニーのテーブルの前に座っている金髪の女性にゆっくり近づいた。
「御機嫌よう」
立ち上がって一礼し優雅に微笑んだクレアは、アリシアが席に着くのを待ってからゆったりと椅子に腰掛ける。テーブルの上には紅茶のカップとクッキー、焼き菓子などが可愛らしく並んでいる。それらにちらりと目をやって、アリシアは無表情のまま長旅でお疲れでしょうと形式ばかりの気遣いを口にした。
「お気遣いありがとうございます。でも今日は本当に楽しくて、疲れなんか吹き飛びましたわ。ソフィア様が城の隅々まで案内してくださって、とても勉強になりました。なんでもこの城には八つの摩訶不思議な伝説があるそうですよ!殿下もご存知ですか?」
はきはきと一息に言ってのけたクレアは、さすがに喋りすぎたと思ったのかじんわり赤面した。アリシアはそんな彼女を観察しながら、意外と子どもっぽいところもあるのかもしれないなと思う。
「ーーあの方はそういった話がお好きですから」
ぽんと返ってきた返事に一瞬目を見開いたクレアは、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「はい、とても楽しそうにお話ししてくださいました」
冷めないうちにと勧められ、アリシアは温かいカップに注がれている紅茶を口に運んだ。ずっと何を話せばいいか悩ましかったが、目の前に広がる中庭を楽しみながらの茶会は思いの外穏やかに進行していった。
「ここにはたくさんお庭があって嬉しいですわ。見ているだけで癒されます」
相槌を打ちながら紅茶を飲み干したアリシアは、にこやかに話し続けている彼女に目を向けた。話は自国にある植物園へと移っている。
「珍しい植物ばかり植わっている温室もあって、それはもう美しいのです。そういえば、こちらに世界一美しい庭があるとお聞きしました」
世界一美しい庭。その言葉でまず浮かんだのはアリシアお気に入りのあの庭だった。
「私もぜひそのお庭をーー」
「あそこは」
突然アリシアの温度のない声が、穏やかな会話を切り裂いた。
「あそこは王の庭です、立ち入ることを許されている者は限られている」
王の庭、と反芻したクレアは一瞬表情を強張らせた後、すぐに感情の読めない笑みを浮かべてみせた。
「殿下はその場所がお好きなのですね」
「・・・・・・失礼、そろそろ部屋に戻ります」
「ええ。お付き合いいただいてありがとうございました。ではまた、近いうちに」
アリシアは黙って踵を返した。やはり腹の探り合いは疲れる。無性にあの庭に足を運びたくなった。




