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「リュカ、手紙は届いてる?」
「いいえ」
「そう・・・・・・ありがとう」
「いいえ」
かっちりした服に身を包み部屋の隅に控えるリュカは、肘掛け椅子に座り分かりやすく項垂れる主人を無表情で見守っていた。
アリシアにペンフレンドが出来たことは、彼の最も近くにいるリュカとリアンにしか知らされていないことだ。護衛としてあまり彼の側を離れたくないリュカは、何故自分が度々手紙を届ける役目を担わされるのかと、密かに不満を抱いていた。もちろんアリシアからは丁寧に事情を説明された上でもう止めてくれと言いたくなるほど何度も感謝の言葉を伝えられているので、その不満を表に出したことはない。それでも、何故あのような娘に執心なさるのかという思いは消えなかった
「失礼いたします。殿下、朝食のご準備が整ってございます」
「すぐ行く」
呼びに来た侍女に短く返事をして、アリシアは先ほどまでの憔悴っぷりが嘘のようにしゃんと背筋を伸ばして立ち上がった。リュカは、いつものことながらそのいかにも支配者然とした立ち振る舞いに気が引き締まる。そして無表情のまま、颯爽と歩き出すアリシアの背中を追った。
「アリシア、今日は全ての公務を休め」
「・・・・・・どういう風の吹き回しです」
「兄が弟を気遣って何がおかしい?」
アリシアは、侍女に給仕させながら相変わらず薄く微笑んでいるアリソン王を怪訝そうに見やった。
「お言葉ですが、私が今まで散々申し上げてきたことをお忘れですか?」
「忘れるわけがないだろう。やりたくないやりたくないと、あんなに子ども染みた直訴を見たのは初めてだったからな」
ぴりっと張り詰めた空気をとりなしたのは、じっと様子を見守っていた王妃ソフィアだった。
「殿下は最近お顔の色があまりよろしくありませんわ。私からも申し上げます、少しお休みになってはいかがでしょう」
にこにこと大らかな笑みを浮かべているソフィアは、短気で気まぐれなアリソン王とは正反対の気性の持ち主だ。いついかなる時でもその穏やかな物腰が崩れることはなく、しかしアリシアと極々一握りの部下然り、アリソン王に面と向かって物申すことのできる貴重な人物の一人でもあった。
「・・・・・・分かりました、貴方がそうおっしゃるのなら」
「ふっ、王妃の命には従うか。おまえの反抗期はいったいいつ終わるのだろうな」
馬鹿にした響きを感じ取ったアリシアはしかし、黙ってグラスの水を口に含んだ。アリソン王はそんな弟を見て、楽しくて堪らないといったように目を細める。
「まあいい、今日はゆっくり休め」
「・・・・・・ありがとうございます」
これはまた何か面倒なことが起こるに違いないと思いながら、アリシアはテーブルの上のシルバーを睨みつけた。この捻くれ者の兄が楽しそうにしている時は、大抵嵐の前触れなのだ。それが分かっていても、待ち受ける試練から逃れられたことは今までに一度もなかった。それこそ、何が起きても平然としていられるように心構えをすることしか出来ないのだ。
「そうだわ、せっかくのお休みですもの、クレア嬢と美味しいお茶でもお飲みになったらいかがかしら?」
ソフィアが名案とばかりに両手を合わせてそんなことを言う。瞬間アリソン王は面白そうにアリシアを見やり、アリシアは恨みがましくソフィアを見た。
クレア嬢というのは、数ヶ月前に一度会ったきりのアリシアの婚約者だ。西方の島国スチナートの王族の血を引く姫君であり、いわゆる政略結婚である。
「今日は私がいろいろなところを案内してさしあげるお約束なのです。その後にどこかでお二人になれる場を設けますわね」
「いえ、クレア嬢にもご都合がおありでしょうから」
「あら、そんなこと。あの方も殿下にお会い出来るとなればたいそうお喜びになりますわ。ぜひお時間を空けておいてくださいませね」
にこ、と笑いながらそんなことを言われ、アリシアは苦い顔をすることしか出来なかった。まさかこれが狙いかと兄の顔を見ると、素知らぬ顔でグラスに口をつけている。
それっきり会話が途切れてしまった食卓には食器とシルバーが触れ合う音だけが響いていて、アリシアはひっそりとため息をついたのだった。




