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早朝、コチョウはいつものように玄関先を掃除しようとして扉のすぐ側に置かれている一通の手紙を見つけた。そのシンプルな封筒に唯一印字されている金色の繊細な花のモチーフが、ほんのりと送り主のセンスの良さを匂わせている。
彼女はいつものように服の裾でよく手を拭いてからそれに触れる。自然と笑みが浮かんでしまうのは、彼女がいつの間にかこの手紙が届くのを心待ちにするようになっていたからだ。しかしその場ですぐに読んでしまうのは勿体無いような気がして、コチョウはいつも夜眠る前にそれを読むようにしていた。
手紙の内容は最近の天気のことや好きな食べ物のこと、花や鳥のことなど本当にささやかなことばかりだ。そしてそういった話題の最後に必ず綴られる貴方は何がお好きですかという言葉が、いつもコチョウの心を揺さぶった。
自分が何を好きなのか、彼女はもう随分長い間考えたことがなかった。そもそも、わざわざ彼女の嗜好を知りたがるような人物もいなかったのだ。こうして手紙をやり取りするようになって、コチョウは自分自身について考える時間が増えたように感じていた。
――花の貴方へ
そう始まる手紙の差出人が誰なのか、未だにコチョウはよく分かっていなかった。美しい筆跡と上品な便箋、果たしてあの手紙を届けてくれている少年なのか、それとも。しかし、それでいいとも思っていた。コチョウは、これほどまでに自分が読み書きが出来ることに感謝したことはなかった。
幼い頃の記憶はほとんど忘れてしまったが、唯一覚えているのは実の兄の存在とあの男の子との会話、それから二カ国分の文字の読み書きだった。
コチョウは以前一度姉たちの前で文字を書いた際、おまえはもう二度と字を書くなときつく言われたことがある。その時は何故そんなことを言われたのか分からず悲しくて堪らなかったが、今になって考えると彼女たちの思いも分かる。きっと、他所者で一番年下のコチョウが一番字が綺麗だったことがショックで悔しくて堪らなかったのだ。
コチョウは、文字を書くことが好きだった。誰が教えてくれたのか、どうやって教わったのかももう思い出せないが、紙の上で一文字一文字丁寧にペンを滑らせていると心が落ち着くのだ。今日の夜、手紙を読んでその返事を書こう。コチョウはそれを楽しみに今日一日を乗り切ることにした。




