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「驚いた、本当に誰かいらっしゃるんですか?」
「いや、あの、気になるっちゃ気になるんだけどそういう感じじゃなくて」
微妙な顔をして目線を逸らすアリシアは、手持ち無沙汰に自分の衣服の飾りを弄っている。
「もしかして、その方とは表の殿下の時に会われたんですか?」
「あ、いや、表といえば表なんだけど、それだけじゃないというか・・・・・・」
表というのは、アリシアのアリシア王子としての表の顔のことだ。彼なりにこの国とこの国の王子としての立場を考えた結果生み出されたその人格は、本来の彼の気質とは正反対と言えた。
本当のアリシアという人間は、気が優しく少し臆病な少年だ。反してアリシア王子はいつも冷静沈着でそこはかとなく無気力、冷酷な一面も持ち合わせる男である。
「そうやって二つの顔を使い分けることも、もしかしたら必要なことなのかもしれないですけど。それにしても、最近殿下が殿下でいられる時間が少なすぎやしませんか?」
「・・・・・・だからいつも言ってるのに。リアンの前では俺は普通になる、だからリアンも俺の前では敬語は止めてくれって」
「そういうわけにもいきませんよ」
「リアンはケチだ」
「なんとでも言ってください」
む、と膨れてみせるアリシアが、リアンの記憶の中の幼い男の子と重なる。変わらないなあと思わず苦笑してしまうのは、いつの間にか自然と芽生えていた兄心ゆえだろうか。
「えーっと、つまり、その、きちんと謝りたい子がいるんだ。謝るのは謝れたんだけど、俺の気がすまなくて。自己満足でしかないって分かってるんだけど、どうしてももやもやして」
「珍しいですね、殿下がそこまで謝らないといけないことをするなんて」
「・・・・・・俺、兄上が怖いよ。もしもあの子が本当にそうだったとしても、この国にいるってことはそれを隠して生活してるんだと思う。それなのにわざわざ呼び立てて脅して」
リアンは彼が何を言っているのかはっきりとは分からなかったが、またアリソン王の行動がアリシアの琴線に触れたのだということだけは分かった。
「謝りたいのなら、言葉と一緒に何か贈ってみては?」
「実はもうやった、直接謝りにも行った」
「直接?またあの姿でですか?」
途端にバツの悪そうな顔をしたアリシアは、でもリュカについて来てもらったしと言い訳がましく言った。相変わらず反省の色を見せない彼に、リアンはわざとらしくため息をついた。
「・・・・・・まあ、それは今は置いておきます。直接謝ってその方も笑って許してくれたんなら、あっさり引いた方がいいんじゃないですか?」
「でも」
「あまり深入りされない方がいいと思いますよ」
「・・・・・・そうだよね」
しょんぼり項垂れてしまったアリシアに、リアンは少し言葉がきつかったかなと罪悪感のようなものに見舞われる。基本的にまっすぐな性格で気のいいアリシアは、たまに相手の気持ちを考えすぎて身動きが取れなくなることがある。情の深さゆえにわりと頻繁に起こるそれは、彼自身にとってあまり良くないものだとリアンは思っていた。
「俺がいつまでも引きずってたらだめだね。あの子も、もしかしたらもう忘れたいって思ってるかもしれないし」
美しい瞳を伏せてそう自分に言い聞かせるアリシアに同調しながら、リアンは名前も知らないその女性に心の中で謝った。彼がここまで落ち込むということは、突然城に呼び出された彼女はアリソン王の前で何か酷い扱いをされたということであり、おそらくはアリシア自身もそれに関わってしまったということなのだろう。しかし、自らの行いに囚われ少しずつ壊れていく彼を、リアンはもう二度と見たくはなかった。
しかし、心なしかいつもより一回り小さく思えるほどすっかり項垂れてしまったアリシアの姿は、リアンの兄心を激しく揺さぶった。
「・・・・・・そうですね。なんなら、最後に一度だけお詫びの気持ちを込めてその方とどこかでお茶をするっていうのはどうです?もちろんその時は私も同伴しますけど」
「えっ。でも、そんなの迷惑じゃないかな」
「もちろん条件はありますよ。お相手の方がどういう人物か、事前に私が確かめてからです」
アリシアはその条件についてうんうんと考えた後、渋々頷いた。
「リアンだから心配ないとは思うんだけど、あの子口が利けないらしいんだ」
そこは気遣ってあげてほしいと神妙な顔をして訴える彼に、リアンは大きく頷いた。それから、アリシアがたいそう時間をかけて一通の手紙を認めるのを見守った。




