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自室へと戻ったアリシアは、お気に入りの肘掛け椅子に全身を投げ出すようにして座った。目を閉じ空を仰ぐ彼の口からは細い息が漏れ、いかにも疲労困憊といった様子だ。ゆっくり深呼吸をする音しか響かない室内を、扉をノックする軽快な音が切り裂く。
「失礼いたします」
返事を待たずして入室した青年は、肘掛け椅子で脱力しているアリシアを見て呆れたようにため息を吐いた。
「陛下にお会いになられていたんですか?」
ダークブラウンの髪に優しいはちみつ色の目を持つ青年――リアンは腕の中に抱える書類を卓上に置き、腰に手を当てて己の仕える主人を振り返った。相変わらず椅子の上で伸びているアリシアは、その姿勢のまま小さく震え出す。来るぞ、とリアンが思うのと同時に、彼はばっと顔を上げた。
「いややっぱりあれ怖すぎるって!兄上雰囲気ありすぎるんだよ怖いよ!最近やたら絡まれるし呼び出される回数多すぎだし・・・・・・っ!」
わあっと両手で顔を覆い泣き崩れるアリシアの背中をよしよしと撫でながら、リアンは相変わらずだなあと遠い目をした。
「ほーら泣かないでくださーい、大丈夫ですよー」
「こ、こんな時もリアンは敬語だし!」
「あー、うーん、とりあえず泣き止みましょうねー」
眉を下げ涙目になっているアリシアに、いつもの飄々としたアリシア王子の姿はない。リアンは彼のことを幼い頃から、それこそまだよちよち歩きの頃からよく知っているので、特に慌てるでもなく手慣れた様子でハンカチを手渡した。
「ありがとう・・・・・・」
青い瞳から溢れる涙はさながら宝石のようで、リアンはいつものことながらその美しさに目を奪われる。 子どもの頃はまるで女の子のように愛らしかったが、まだまだ未発達ではあるものの男としての成長も見られるようになった今、アリシアは男も女も惹きつける不思議な魅力を持つようになっている。特にこうして昔馴染みのリアンの前でえぐえぐと泣く時は何か危うい感じがして、リアンは自分でもよく分からない不安に駆られるのが常だった。
「何かあったんですか?」
「兄上が、俺の正妻候補と会うようにって。俺にはまだ早いよ!リアンもそう思わない?」
リアンは未だ半泣きのアリシアの手前顔には出さなかったものの、ついに来たかと思った。今年十七を迎えるアリシアに縁談の話が持ち込まれるのは時間の問題だった。
「いいじゃないですか、お会いになられたら。どのみち避けられないお話ですし」
「そりゃそうだけど・・・・・・」
もごもごと口ごもるアリシアに、リアンは努めて明るく言った。
「もしかしたら素敵な出会いがあるかもしれませんよ。ついに殿下にも春が来ますね」
「だから、俺にはまだ早いって」
「何をおっしゃいます。殿下はもう十七でしょう」
「うっ・・・・・・リアンはどうなの?もう二十三だし、恋人はいる?」
「私のことはいいんです。殿下こそ、誰か気になる方はいらっしゃらないんですか?」
その問いかけに珍しくぐっと言葉に詰まっているアリシアを見て、リアンは驚いて目を見開いた。




