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セントアルネリア王城内。絢爛豪華なその建物の一角に、王族のみ出入りが許される庭園がある。歴代の国王たちが愛してきたその場所には四季折々数多の花々が咲き乱れ、この世のものとは思えないほどの美しい様相を見せる。そこに流れる静謐な空気は、いつの時代も訪れる者の心を優しく癒してくれるのだった。
その中に、ほんのり甘い香りを漂わせている桃の木があった。それなりに樹齢を重ねたその古木には、淡い色の果実がたわわに実っている。何代か前の国王が桃の果実を偏愛していたらしく、いつでも食べられるようにとこの木を植えたらしい。その名残か、庭師の手の行き届いている庭の中でもこの木は一際大きく、いつでも実がなるように魔法がかけられている。
アリシア王子は、この桃の木の近くに椅子を持ってきて座り込むのがいつのまにか日課となっていた。両腕を肘掛けに預け背もたれに全身を投げ出す彼は、やがて何かの気配を感じてその長い睫毛に縁取られた目をゆっくり開いた。
「殿下、お休みのところ失礼いたします」
「どうした?」
「国王陛下がお呼びです」
「・・・・・・すぐ行く」
煩わしそうにため息を吐き出してから立ち上がり、彼は庭園の外に控える銀髪の少年の方へ足を向けた。頭の中を過るのは、これまでに彼の兄であるアリソン王からもたらされてきた厄介事の数々。
「おまえは先に戻っていろ」
「は」
アリシアは、兄であるアリソン王のことが苦手だった。幼い時こそ優しかった彼は、歳を重ねるごとにどんどん屈折していった。表面にはなかなか現れないその変化は、彼の一番近くにいたアリシアだからこそ気付くことができたとも言えるだろう。
アリシアは深く深くため息をついてから、兄の待つ宮殿へと重い足を動かした。
「兄上、アリシアです」
「入れ」
アリソン王は執務机の前に座って、淡々と公印を押している。入室したアリシアは扉の前に立ち、兄の手が空くのを待った。
「いい天気だ。どうせおまえはあの庭にいたんだろう?」
「よくご存知で」
ちらりと目を上げ薄っすらと微笑んだアリソン王は、何の感情もない声で言った。
「つまらない弟だ」
「申し訳ありません」
たん、とまた一つ書類に印を押した彼は、おそらくは本題であろうことを切り出した。
「アリシア、おまえは後宮に全く興味を示さないな」
「生憎他人のものに手を出す趣味は無いので」
「ふ、私は別に構わないのだけどね。女は嫌いか?」
「面倒なことは嫌いです」
「七日後の午後、人に会ってもらう。おまえの正妻候補だ」
「兄上、私は――」
「我が国にとっても利益がある婚姻だ、期待している」
反論を許さず退室を促した彼は、また書類へと意識を戻している。アリシアは不機嫌そうに目を細めると、さっと踵を返した。




