異世界転移して異世界転移ものを書く小説家になった
わかりやすく言うなら12畳くらいの執務室兼自宅。
執筆用に広めに発注した机に、腰を痛めないようにと大枚はたいた本皮の椅子、一人用にしてはやや大きめベッドに応接セット、これで部屋がいっぱいになる程度の広さ。
朝は適当な時間に目覚め、昼間は机に向かって執筆活動、時には編集者とミーティングを行って、夜には酒場で浴びるほど麦酒を飲む。
何不自由ない暮らしとまではいかないが、この世界においては充分過ぎるほど贅沢な日々。
俺が与えられたチートスキルを活用すればこの世界を支配することだって出来るんだけど、孤独を愛し、孤独に愛された俺は基本的に一人で毎日を過ごせるこの生活が気に入っている。
それに、
「先生、これからラファエルはどうなるんです?」
俺の小説は売れている。
向かいのソファで興奮気味に話すのは編集者のナナイさん。
美人だし、スタイルいいし、すごく付き合いたいし、俺がその気になれば《心理操作》のスキルでいつでも彼女にできるんだけど、それはしない。
いつでも出来る、という事であればわざわざ今すぐやる必要はないんだから。
「そうだねえ。次は万を超える魔物の群れをたった一人で蹴散らす展開にしようか」
「万の軍勢を!? 一体どうやって!?」
万の軍勢を一人で倒すにはどうしたものか。
ガトリングでも使わせるか?
でもガトリングくらいで万単位を蹴散らすのは厳しいか。
とすると、ブラックホールでも生み出させるか。
ブラックホールという概念を説明するのは難しいな。
ならば、もういっそ力だけで全部吹っ飛ばすか。
自分の持っている能力やスキルを頭の中に思い浮かべながら、物語の続きを考える。
異世界からこちらの世界に生まれ変わった少年ラファエルは、神様に与えられた圧倒的な能力とスキルで並み居る敵をなぎ倒す。
5歳には剣術で師匠を上回り、7歳で全ての属性の呪文をマスター、9歳には伝説の神竜バハムートを倒し、11歳には異世界との行き来ができるようになる。
それからは異世界の兵器を転送してあらゆる悪に立ち向かうのだ。
その姿は神の生き写しとあがめられ、出会う女の子とは必ずロマンスになる。
簡単な筋書き、簡単な展開、そのシンプルさが都の人々を興奮させ、熱狂させる。
「さあ、どうしようかねぇ」
「ええ!? 教えてくださいよー」
口を尖らせるナナイ。
「編集者の私にだけ、こっそり、ね?」
そう、彼女もまた俺の小説のファンだ。
こうして編集者としての特権を利用して、誰よりも先に物語の展開知ろうとするいけない子悪魔。
それがいい。
いつ、俺のものにしてやろうか。
おっといけない。
ついつい下世話な方に考えてしまった。
自分の内面を隠すように話題を切り替える。
「ところでさ」
「はい」
首をかしげるナナイ。ちくしょう可愛いな。
「ラファエルみたいな人間が実在したらどう思う?」
「ええ? そんな人間が実在するわけないじゃないですかぁ」
だから小説になるんでしょう? と、言った後、ふとナナイは思案顔になった。
「ただ、もしも、もしもですよ?」
うんうん、俺は続きを促す。
「もしも、本当にラファエルみたいな人間がいたとしたら」
どうなんだ?
ラファエルみたいなチート持ちが、目の前の俺がそんなチート持ちだったとしたら・・・・・・
「気ぃ使いますよ。だって、ちょっとでも怒らせたらすぐに殺されそうじゃないですかぁ。友達にはなれないですよねぇ」
こういうのはフィクションだから楽しいんですよ。言いながらナナイが立ち上がり、
「じゃ、先生、続きお願いしますね。みーんな、期待してるんですから♪」
足取り軽く、俺の部屋を出て行った。
彼女が去った後、扉を見つめながら考える。
そうかぁ、こんなチート持ちが実在したら引かれるかぁ。
良かった、俺が本気を出さなくて。
あーあ、誰か俺の代わりに無双してくんないかなぁ