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大金の使い道

 お金というのは不思議なものだ。様々な物を購入できるだけでなく、上手く使えば時間を節約したり、信用を得たり、はたまた金を使って金を生み出すことまでできる。だからこそ使い方はよく考えなければいけない。

 中央広場も人が減ってきたな。集めるのがだるそうな木材辺りが多めに買えるといいんだが……。

 リアルでの時間は深夜を回っている。


 クロウがログアウトしたあと、一人になった俺はまた露店を見に来ていた。待ちに待ったゲームの発売日なのにそんなすぐ止めてたまるかってんだ。

 露店を流し見していると、早速木材を売っている店を発見した。値段も手ごろだ。二十本の木材全て買っていこう。


「すいません、この木材をください」「この木材が欲しいんやけど」


 被った。シンクロ率百パーセント。完全に同タイミングだ。

 隣を見ると、緑色のつば付き帽子を被った少女が、大きな丸い目でこちらを見ていた。帽子の下から赤色のくせ毛がぴょんぴょんと元気よく飛び出ている。

 その少女はキッと俺を睨むとすぐに店主のほうを向いた。


「ウチの方が早い。せやからこの木材全部頼むわ」


 あー、たまにいるんだよなこういうやつ。


「何言ってんだよ。同時だっただろ」


 再びこちらに振り返り、じとーっとした目で俺を睨む少女。

 女の子からの熱い視線。悪くないな。まぁここで揉めてもしょうがないし、木材くらいは譲ってやってもいいか。


「あんた名前はなんて言うん?」

「俺か? 俺はアイザックだが」

「アイザック……どこかで聞いたことあるような……?」

「まぁよくある名前だしな」


 彼女は「ふぅん」と言いながら品定めするように俺のほうをジロジロと見る。


「確かに名前も外見もパッとせんし、なんやモブみたいやわ」


 前言撤回。怒るほどではないが、こんなやつに譲る必要はないな。


「そういう君の名前は?」

「ウチはアリッサ、後の天下に名前を残す未来の大商人やで。せやから仕入れの邪魔をせんといてもらえる?」


 俺の経験上、口先だけの奴ってのは以外に少ない。多分アリッサは商売に関して腕に覚えがあるのだろう。

 まぁそれとこれとは話が別だがな。


「店主、俺達が声をかけたのは同時だったよな?」

「は、はい……」


 気の弱そうな店主は眉尻を下げて困ったような顔をしながら答えた。


「なら木材の半分を俺に売ってくれ。これで平等だろう」

「ちょっと待ちぃ、先に目を付けたのは、」

「これでいいな、ありがとう」


 アリッサのことは無視をしてさっさと会計を済ました。

 不満そうな顔でこちらを見ていたが、既に買った後のものは返せないだろう。


「フンッ、まぁいいわ。ウチもモブに付き合ってるほど暇じゃないんや。これで手打ちにしたる」


 そう言って残りの木材を購入した彼女は足早に露店の雑踏に消えていった。

 まぁ色んなやつがいるのがMMOだからな。こういうこともあるよな。



 その後しばらく露店を見て回ったが、木材を売っている全然店が見つからなかった。

 やっぱり買う人が多いのか。これは大人しく自分で切りに行ったほうがよさそうだな。



「一人五シルバーからでーす。お願いしまーす」


 人が少なくなってきた中央エリアで、声をあげている少年を発見した。

 何だ物乞いか?

 

「いかがですかー。お店が開店したあかつきにはー、割引サービスがー、受けられまーすよー」


 青い髪の眠そうな目をした少年は、やる気が薄そうな感じの間延びした声で呼びかけている。

 どうやら店を開くための開業資金を集めているみたいだ。確かに出資してもらうのはいい考えかもしれない。その出資者が集まればだが……。

 声を出して歩く少年に耳を貸す人はほとんどいない。まぁ五シルバーはちょっと高めだからな。金はあるし話だけでも聞いてみてるか。



「なぁ君、その話詳しく聞かせてくれないか」

「はーい。是非是非にー」


 開店予定のアイテムショップが扱うのは回復ポーションなどの消費アイテムと、委託を受けた個人商品。一口五シルバー、最大五口までの融資で、額によって店を利用する際の委託手数料を割引してくれるらしい。さらに儲けが出たら様々な種類の店を展開して行く計画もあるみたいだ。


 一般的なMMOでよくあるオークションとアイテム屋を組み合わせた店か。露店は自分が店にいないといけないから、どうしても時間がかかる。手数料がかかっても販売を委託する人は多いだろうな。

 うん、悪くない儲け話だ。どうにか勝ち馬に乗れるよう交渉してみるか。


「もし俺が五口より多く融資をしたら、もっといい特典が受けれないか?」

「んー……。それはちょっとー、姉さんに聞いてみないとなんともー……」


 どうやら複数人でやっているらしい。申し訳ないがちょっと彼じゃ頼りない印象だったから、これは朗報だ。


「なら直接話をするから、その人を紹介してくれ」

「そうですねー。そのほうがいいですねー」


 少年に案内してもらった先は、一つの露店だった。彼はその店主と思わしき少女に話しかけている。

 その少女の頭の上には見覚えのある緑のつばつき帽子。……まぁもとより嫌な予感はしてたんだよ。彼女は、確かアリッサと名乗っていたか。


「姉さーん、五口以上の融資をしたいって人が来てるんだけど」

「アホ、(あね)さんって呼べと言うとるやろ」

「ごめんよ姉さ、じゃない、姐さん」


 こそこそ話しているが声が大きいため丸聞こえだ。やり取りからするに姉弟だろうか?

 やがて二人での話が終わったのか、店番を交代して姉と思われるアリッサがこちらに笑顔でやってきた。


「お兄さんが融資してくれるんか? ……ってあんたは」


 ニコニコの笑顔が一瞬で真顔になったな。


「やぁ、また会ったな」

「さっきのモブ……アーノルドやったっけ?」

「違う、アイザックだ」

「そんなんだったか。まぁ何でもええわ。お兄さん貧乏そうに見えて意外とお金あるんやねぇ」


 何でもよくないだろう。それに貧乏そうって。ほんとに生意気なやつだ。


「まぁな。それで今いくらくらい集まってるんだ?」

「え、ま、まぁぼちぼちやわ」


 目が右へ左へ泳いでいる。ああ、これは全然集まってないな。


「でもウチの審美眼を活かした露店の収益によって、手元には既に八百シルバーあるし、中央の土地を買うにはもう少しや」


 八百シルバーか。なら確かに儲かってる方だな。

 俺は彼女の審美眼を活かしたらしい露店の商品に目を通した。

 料理・武器・防具・木材と幅広い商品が雑多に並んでいる。ここまで節操無しに色んな種類のものを売っている店は他に見なかったな。売っている商品の質は確かにどれも良さそうだ。

 あれ、この木材さっき買ったやつじゃないのか。しかも値段はさっきの店よりも高くなっている。ってよく見れば俺の作ったリュックと水筒も売ってやがる。値段は二割増し……。


 もしかして――いやもしかしなくても、こいつの店は転売屋だ!

 転売屋、と言うワードが浮かんで、過去の記憶が蘇る。思えばVR製品を買う際はよく転売屋に苦しめられたっけか……。遠くの店舗まで出向いて抽選に参加して、結局手に入らなくて悔しいと思いながらも高い金出して転売屋から買ったっけな。


「そないに商品を見つめて、ひょっとしてウチの才能に気付いちゃった? まぁ露店でこんなに稼いでいる人なんてウチ以外ほとんどいないはずやからね」


 こいつは俺の商品を転売して利益を出し、それで俺に偉そうな態度を取ってやがるのか。……黒い感情が湧いてくるな。


「それで、何シルバーくらい融資してくれるんや? ばーっと二百シルバーくらい出して貰えると助かるんやけど」

「シルバーで言うと四千だ」

「……え? 聞き間違いやろか、今四千って……」

「融資額は四千シルバー、四ゴールドを考えてると言った」

「まったまたぁ、冗談が上手いわ。だってそんな大金持ってるなんて、少し前まで行列作ってたかばん屋くらいのもの……」


 自分で言いながらハッと気付いた彼女は、慌てて露店に並んでいる俺が作った水筒を手に持って見始めた。

 あぁそういえばアイテムの作成者が見れたっけか。


「も、ももも、もしかして、かばん屋店主のアイザック……さんですか?」


 急に敬語になったな。


「さぁ、アーノルドだったかもなぁ」

「ごめんなさい。もう間違えませんアイザックさん。会えて光栄です」


 さらに腰が低くなった。これがさっきまで偉そうにしてたやつだと思うと、気分がいいな。


「相手によって態度を変えるのは感心しないな」

「す、すいません。気をつけます……。それで、四ゴールドの融資をして頂けるのでしょうか?」


 四ゴールドは大金だ。借用書のようなものはないが、土地を俺が購入して貸す形を取れば問題ないか。販売を請け負う形ならば、自作の個人商品を扱う店よりも利益は安定するだろう。あとはなるべくこちらに有利な条件で契約するだけだ。

 ……と思ったが、転売屋には恨みもあるし、せかっくだからもう少し遊ぶか。


「いや、やっぱり止めようかな」

「ど、どうしてですか?」

「俺が同じ店をやるのもいいかなって思ってさ。委託販売のできるアイテムショップを」


 もちろんそんな店をやるつもりは毛頭ない。俺がやっても儲けは出るだろうが、手間がかかりそうだからな。


「金ならあるし、もう土地を買ってさっさと店を始めるのもいいかもしれないなぁ。こういう店は一番に始めると儲かるからなぁ」

「――そ、それだけはご勘弁ください。このゲームで一番の商人になるために関西弁も練習したんです」


 そういいながらお願いしますとアリッサは何度も頭を下げる。

 わざわざ練習したのか。商人と言えば関西弁的なイメージも確かにあるが、努力の方向を間違えてないか。


「そうか、そこまで言うなら店は止めとこう」

「ありがとうございます!」

「でも四ゴールドを融資するかどうかは君次第かな。俺は初対面の人とまともな人間関係すら築けない人に商売は無理だと思うんだ。今のところ君は、人を見下した、横暴! な態度。それに加えて、俺の商品を高値で、転売! してるから、心象最悪! だけどね」

「……」


 ちょっと露骨に強調し過ぎたかな。いや、口を一文字に結んだまま震え始めたぞ。効果は抜群だったようだ。


「……今までのことは謝ります。ごめんなさい。でも私はどうしても、今このタイミングでお店をやりたいんです」


 ここまで言われて折れないか。根性はありそうだ。


「どうしたら融資してくれますか? 私にできることなら、何でもやります。どんな命令でも聞きます。だから融資を、融資を……!」

「何でもするの?」

「はい。できることなら、な、何でもします」


 そう言いながら少し恥ずかしそうにモジモジとするアリッサ。何でもと来たか。でもいかがわしいことができない健全なゲームの中で枕営業されてもなぁ。命令を出してこき使うことはできるが……。

 俺が欲しいのは嫌々命令を聞く奴隷じゃなく、従順な下僕……もとい良好な関係の協力者だ。遊ぶのはこのぐらいにしとくか。

 俺は少ししゃがんで彼女の高さに目線を合わせた。


「アリッサ、よく聞け」

「……はい」


 間近にある顔は、さっきまで偉そうにしていたとは思えない、涙目の美少女だ。泣き顔ってそそるよね。


「アリッサはこのゲームで一番の大商人になりたいんだろう?」

「はい……こんな私が言うのもおこがましいですが、そうです」

「ならまずそのきつい性格を直せ。信用は商人における命だ」

「……はい」


 店主が悪いと売れるものも売れないからな。


「あとこんなことで他人に主導権を渡してはダメだ。一人前の商売人を目指すなら、客が、出資者が、納得する条件を自分から提示して見せろ」

「……はい」

「じゃあ話し合って条件を詰めるぞ」


 ぐす、と鼻をならしながらこっちを見つめるアリッサ。

 自分から何も言ってこないな。出資するつもりなのが伝わってないのか。


「ほら、いつまで泣いてるんだ。いつかこのゲーム一番の大商人と始めて大口契約を交わした男だって自慢させてくれよな」

「――ありがとうございます、ありがとうございます!」


 俺が右手を差し出すと、彼女は両手で握りながら何度も何度もお礼の言葉を口にした。

 そして笑顔が戻った彼女との話し合いはとても円滑に行われ、俺にとって破格の条件で融資の契約を締結することができた。


 これで店さえ建てば、寝てても金が入ってくる。これほど効率の良い金策はない。やはりゲームでも不労所得が最強だよな。


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