憧れへの第一歩
マイホームという言葉にあこがれない人が世の中にいるのだろうか? いや、いないだろう。つまり何が言いたいかというと、俺は家が建てたい。あと店も。
そして家や店を建てるのに重要なもの――そう、それは土地だ。このゲームでは素早く金を稼いだものが良い土地を買える。即ち勝者の特権と言えよう。
シアラとナデシコがログアウトしたあと、俺とクロウは土地を買うために管理者NPCの元に来ていた。
どうやらクロウはもう少し付き合ってくれるらしい。
「んでどうするよ、ど真ん中の高い土地をばーんと買っちゃう?」
町中心にあるクリスタルの広場に面した土地は、この町の中で一番高い価格設定になっている。しかし初期資金の百倍という値段の高さのため、今焦って買わなくてもしばらくは売れない気もする。
「いや、今回は端の土地を買う」
「えー、なんでだよ。ど真ん中に土地買ってさ、でっかい店を建てちゃおうぜ」
「まぁそれも悪くないが、中心の土地よりもっといい場所があるんだよ」
「マジか。それどこだよ」
「とりあえず教える前に買わせてくれ、誰かに先を越されるといけないからな」
NPCに話しかけると、幸いにも狙っていた土地は残っていた。
既に購入されている土地は、町の中で一番安い西と東の端に当たる区域が多い。
俺は支払いの手続きを済ませてクロウの元に戻った。
「んでその買ってきたいい場所ってのはどこなんだ?」
「それはな、南の端だ」
購入した土地へ向かって歩きながら説明を続ける。
「やっぱり家と店は一緒の敷地に建てるのが便利でいいよな。そして家を建てるならうるさい町の中心を避けて、外側の比較的安い土地を多めに購入し、大きい家を建てたいだろう」
「分かる。せっかく建てるなら大きい家がいいよな。それで何で南がいいんだ?」
「町の周りを見てみろよ」
歩きながらぐるりと周りを見渡すクロウ。
まだほとんど建物が建っていないので、町の周囲についてはここからでも把握できるだろう。
「あーそうか、南には草原があるのか」
「狩りから帰ってきたあとに町の中心まで歩くのはめんどくさいだろ? 町の南なら、草原の方から帰ってきたらすぐ家だ」
このナールの町は広く森に囲まれていて、南の方向にだけ草原が広がっている。さらにその草原の向こうには、まだ見ぬエリアがいくつも広がっているらしい。
そして俺が買ったのは、町の中心から南北に伸びる大通りに面した、一番南端の土地だ。
「ところでクロウ。一区画が小さい家一軒分なんだが、俺は何区画分くらい買ったと思う?」
「うーん、広めの敷地って言ってたし……九区画くらいか?」
「正解は通りに面してるのが七区画で奥行きが五区画の、合計三十五区画だ」
俺の言葉に目をカッと見開いてこっちを見るクロウ。
「大っっっ豪邸が建つじゃないか!」
「そうだろ。しかもこれでお値段一ゴールドと少しだ」
「安っ! ……いや安くないか。俺の金銭感覚がずれてるだけだな」
クロウと話しているうちに目的の場所に到着した。
大通りは相も変わらず、代わり映えのしない土色が草原まで伸びているが、購入した土地には芝のような背の低い緑の植物が生えている。
周りは中心地と違って露店がないため静かなものだ。かと言って人が少ない訳でもなく、草原へ向かう人が敷地の前をまばらに行き来している。
うん、これぞ理想の立地だ。
「なるほど確かに、ここなら草原へ向かう人が絶対に通るし、店をやるにも悪くないな。おしゃれな店にすれば、草原へ狩りに向かう美女達の待ち合わせスポットになるかもだぜ!」
「まぁ俺が特に気に入ったのは日当たりと風通しだけどな」
「そっちかよ」
「マイホームにはかかせないだろ?」
やれやれといった表情のクロウ。
確かに洗濯物なんて干さないだろうし、ゲームの攻略には関係ないかもしれない。でも、だからこそ、俺はこういうところにこだわりだいのだ。だって、そっちの方が絶対ゲームを楽しめるはずだからな。
「それに、立地なんて関係なく売れる商品を作ればいいさ」
「おまえ……格好いいな……」
その後も二人の談笑は続く。協力して狩りなどをするのもいいが、数人でこうやってダラダラするのもMMOの魅力だと俺は思う。
「んでさ、お前はシアラとナデシコ、どっちが好みだ?」
唐突に切り出された女性陣の話題。
まぁクロウは見るからにこういう俗っぽい話が好きそうだしな。
「シアラは初々しい感じがいいし、ナデシコは頼りになりそうだし、二人ともいいと思うが」
「うんうん。そうだよなぁ二人ともいいよなぁ。それで本命はどっちよ」
「本命って……俺はゲーム内に恋愛感情を持ち込む気はないぞ」
最近のゲームキャラは可愛いからドキッとすることはある。しかしパーティやギルドが恋愛関係で揉めて崩壊するなんていうのはよくある話だ。
俺はこのゲームを満喫したい。だからこそなるべくゲームが楽しくなくなってしまうことは避けたい。女性陣については、パーティに華があっていいなーくらいに思っていればいいだろう。
「なんだよつまんないなー」
「そういうクロウはどっちが好みなんだ?」
「俺はナデシコだな。シアラはいじり過ぎると泣いちゃいそうだし。ああいう気兼ねなく突っ込みを入れてくれるやつと絡むのが好きだ」
分かるわ。気を使わなくていいっていうのは大事だよな。
俺達二人がまったり談話をしていると、草原から一陣の風が吹いた。
息を吸い込むと、風に乗ってきた草花の芳香が鼻翼をくすぐる。
「本当にいい場所だな……」
クロウはそういいながら広がる緑の上で横になった。俺も真似して横になると、背中に当たる感触は以外にも柔らかく、暖かな日差しが全身に当たる。
豪勢なベッドを作って寝るのもいいが、木を植えてハンモックなんかも作ったら気持ち良さそうだな……。
「なぁクロウ」
「……」
返事がないため隣を見ると、クロウは小さな寝息を立てていた。
慣れている人でもVRMMOをしながらの寝落ちは多いものだ。生身の体は布団に入っていないだろうし、風邪を引かれるのも嫌だから起こしてやるか……。
でもせっかくなので土地の管理者権限を使ってみよう。
専用メニューから強制退去のコマンドを選択する。すると、寝ているクロウの前に何かのポップアップが表示された。
ここからじゃ見えないけど、警告文か何かだろうか?
そのまま待つこと十秒。
寝ていたクロウの体が突然吹き飛び、宙を舞う。そしてそのまま大通りの地面に顔から落下した。
彼は「はぇ?」と情けない声を出しながら、何事かと飛び起きて周囲を見回す。その顔に土がびっしり付いているのを見て、悪いと思いながら大爆笑してしまった。
まぁその後彼が諦めてログアウトするまで延々と追いかけられる羽目になったけどな。