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謙虚な三人

 大量のアイテムポーチや水筒を作成したおかげで、『皮加工』のマスタリーはかなりの量が貯まっていた。そのポイントを使って新たに作成した四つのスキル、『装飾』『彩色』『中サイズ加工』『品質上昇』。これらが木材を主にした製品にも一部適用できたのは嬉しい誤算だ。


 これらを活かして開発された新商品達が並び、露店のラインナップはかなり充実したものとなった。

 新商品の中で特に売れているのは採取用のバッグだ。片手が塞がる代わりに大量のアイテムが運搬できる、大型のアイテムポーチだ。

 リュックタイプより売れたのは、構造が簡単なおかげで値段がリーズナブルだからだろう。とは言ってもポーチの三倍はするけど。


 あとは木材をまとめて背負うやつもかなり売れている。名前はよく分からないが、かの有名な二宮金次郎さんも背負ってる由緒正しいやつだ。これでナールの町に家がたくさん建つ日も近いだろう。




 現在では店の賑わいは最盛期を迎え、並んでいる客の最後尾が見えないくらいにまでになっている。


「あのトマッシュリュックすごい出来ね。シアラがへた部分をめくって荷物をしまうとこなんて、最高にキュートだわ」

「そうだろうそうだろう」


 露店の真ん中に置かれたトマッシュを模した赤と緑のリュックに、道行く人も足を止めている。


「正直最初は石器時代にキャラ物のリュックを作るなんて何考えてるんだと思ったけどね」

「でもなかなか役に立ってるだろう?」


 あのリュックは会心の出来だ。

 一つ三百シルバーという法外な価格設定だが、店頭に並んでいるだけで良い客寄せパンダとなっている。

 実際にあれを並べてから他の実用的な製品の売り上げもかなり上がった。


「女子力では負けたわね。武力では勝ってるけど」


 そう言ってナデシコはおいてある大剣を軽々と持ち上げた。

 女子力で勝ってもあまり嬉しくはないな……。


「ナデシコって名前なのにそれでいいのか」

「このギャップがいいんじゃない、ギャップが」

「あー……まぁ分からなくもない。それよりそろそろ店に戻ったほうがいいんじゃないのか?」


 途切れない客にシアラが目を回しそうになっている。

 交代で休みは取っているものの、かなりの長丁場だからな。


「そうね、そうするわ。誰かさんはもう役に立ちそうにないしね」


 ナデシコの視線の先には店の裏で動かなくなったクロウがいた。

 相当酷使したからな……。あとで走破のスキルがどれくらいになったか聞いみよう。



 やがて空が明るくなる頃には材料が底を付き、露店は大盛況のまま終了した。


 俺達は店を片付け広場の端でささやかな打ち上げをすることにした。

 目の前には売り上げで買ってきた料理や飲み物が並んでいる。

 

「はー……ようやく終わりましたねー……」

「ほんと、怖いくらい売れたわね……」

「お、お疲れだぜ……」


 三人とも疲れた表情をしている。ほぼ丸一日露店を開いていたのだから、それも仕方ないだろう。


「おまえは元気そうだな……」

「まぁこれくらいは繁忙期の残業に比べたら大したことないからな」

「そ、そうか」


 実際ここから社会人愛用の、もとい社畜人愛用飲料であるクリーチャーを飲めばあと八時間くらいはぶっ続けでできるだろう。

 そういえば大量に買い込んだ余りがまだ冷蔵庫に残っていたな。


「それでリーダー、売り上げはいくらになったの?」

「打ち上げの費用に少し使ったけど……約六ゴールドだ」

「う、うおおおおおおおお、俺達億万長者じゃねぇか!」


 喜びの咆哮を上げるクロウ。

 しかしシアラはその隣できょとんとした表情をしていた。


「あのー……六ゴールドって、シルバーで言うとどれ位……ですか?」

「千で繰り上がるから、六千シルバーよ」

「わ、わ、すごいです……」



 このゲームを始めた段階の初期資金は確か二十シルバーだ。四人がかりとはいえ、一日でその三百倍の六千シルバーを稼いだのだ。初心者のシアラでもすごいことをしたという実感が湧くだろう。

 クロウの情報によると、夜のモンスターがお金をたくさん落としたらしいから、売り上げが伸びたのはそのせいもあったのだろう。

 売り上げを発表した後は、みんな息を吹き返したかのように元気になり、大いに打ち上げを楽しんだ。



「あ、私今日は、そろそろ終わりにしようかと思います」

「いい時間だし私も今日は落ちようかしら」


 露店を始めてからリアルでの時間もかなり経過していた。

 打ち上げも大分やってたからな……。


「じゃあ二人の分け前を渡しておくな」


 一人当たりの分け前である一ゴールドと五百シルバーを取引で提示する。

 しかしシアラはその取引に対してなかなかYESを押さない。


「それなんですけど……私の分はいいです」

「遠慮しなくていいぞ」

「そうよ。シアラはしっかり頑張ってたじゃない」

「いえ、そういうわけじゃないんです……。私こういうゲーム慣れてなくて、最初は不安だったんです。でも、皆さんとっても親切で……今日はすごく楽しかった……」


 シアラは俺があげたトマッシュのリュックを、胸の前でギュッと抱きしめる。

 そして精一杯、と言った感じで次の言葉を搾り出した。


「だから、お金はいいので、これからも私と一緒に……ゲームをしてください」


 言いながら彼女は顔の下半分をリュックで隠してしまった。


「シアラは本当にいい子ね……。パーティなんていくらでも組んであげるわよ……」

「そうだぜ、ゲームにインしたら毎日だって誘ってやる。なぁアイザック」

「ほんとですか? アイザックさん……」


 シアラは潤んだ瞳でこっちを見つめる。


「あぁ、そうだよ。本当だよ」


「ほんとにほんとに?」

「ほんとにほんとにだ」


 後ろでクロウが、ライオンだーと言っているが無視しよう。


「じゃあ、明日からも……またお願いしますね」


 そういって手を振るシアラに、俺達も手を振り替えす。

 取引画面は出たままだが、やはりお金の方は受け取らないみたいだ。




 そしてシアラのキャラは目を閉じる――が、なかなかログアウトしない。

 さらにはなんとその状態で喋りだした。



「さて、お風呂入って……あぁご飯も食べないと。遅くなっちゃったしお母さん怒ってるかな……」


 俺はそんなシアラに近づいて耳元で話す。


「おーいシアラー。ヘッドディスプレイ外しただけじゃログアウトしないぞー」

「……え、え!?」


 声を聞いたシアラのキャラはすぐに目を開ける。

 その顔はリンゴのように真赤に染まっていた。


「し、ししし、失礼しました……」


 そう言ってシアラの体は透明になって消えた。

 どうやら今度こそちゃんとログアウトしたようだ。


「本当に可愛いわね、あの子」

「あぁ、ほっこりするな」

「今のだけでご飯三倍は行けそうだぜ……」


 あまりの初々しさに胸の奥が暖かくなるような感情が湧き上がる。

 これは…一種の庇護欲とでも言うのだろうか。

 きっと横にいる二人も同じような感情を抱いているに違いない。



「さて、私も落ちようかしら。いいものが見れたし、私もお金はいいわ」

「いいのか、ナデシコまで」

「私は接客してただけだもの。それに店員特典で色々貰ったし、それで充分よ」


 彼女には品切れになる前にポーチや水筒などを渡しておいた。

 それでも大した額の商品ではないのだが……。


「どんな仕事でも働いてくれたのには代わりないし、遠慮しなくていいぞ」

「じゃあ、お金の代わり今度存分に狩りに付き合ってもらおうかしら」


 そう言って怪しげに微笑を浮かべるナデシコ。


「その狩りは今日以上に大変そうな気がするな」

「俺も嫌な予感がするぜ……」

「ふふっ、どうかしらね」 


 これは大変な約束をしてしまったかもしれない。でも、このメンバーならきっと狩だって楽しく出来るだろう。



「じゃあ今日はありがとね。おかげで久しぶりにいい気分で寝られそうだわ」


 そう言って彼女は小さく手を振ると、笑顔のままログアウトしていった。

 残された俺たちはお互いに顔を見合わせる。


「クロウは……どうする?」


 謙虚な女性陣二人が受け取らなかった、売り上げ金の入った袋を見せる。 

 じゃらじゃらと硬貨の音がするその袋を、クロウは渋い顔で見つめている……。


 分かるぞクロウ。

 欲しいけど受け取りにくいんだろう。



「そうかありがとなクロウ。大事に使わせてもらうよ」

「まだ何も言ってないって!」

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