完璧な役割分担
話し合いの結果、露店で出す品はアイテムポーチに決まった。
しかしアイディア自体は単純だ。早く、安く、製品を店頭に並べなければ……。
とりあえず今ある分だけでも露店に並べて売り始めよう。
「よしみんな、俺が裏でバンバン商品を量産するから、ナデシコは露店での販売を頼む。シアラもナデシコと一緒に店番をしながらやり方を覚えてくれ」
ナデシコが分かったわと返事をして、早速シアラに説明を始めた。
彼女達ならきっと大丈夫だろう。
店を回すのは華がある女性陣に任て、俺達は生産の準備だ。
「クロウは露店を回って、単価が五十ブロンズ以下の毛皮をかき集めてきてくれ」
「おう、了解だぜ」
元気よく返事をしたクロウはすぐに露店の喧騒に消えて行く。
早速俺は手持ちの材料で量産を始めた。
このアイテムポーチはそれほど難しい作りではない。
そしてクロウの補充も早かったため、瞬く間に露店はポーチでいっぱいになる。
この露店、我ながら販売する商品も、仕事の割り振りも悪くないと自負していた。
その証拠にかなりの人がうちの露店の前で足を止めて商品を見てくれている。
がしかし、現実はそれほど甘くなかった。
客の入りはいいものの肝心の売り上げが思ったより伸び悩んでいたのだ。
「おかしい……俺の完璧な読みでは、うちの露店の前だけ夏休みのネズミーランド状態になるはずだったのに」
「どれだけ自信あったのよ」
露店に座っているナデシコが、ピシッとした姿勢で正座を崩さずにツッコミを入れてくれる。
「目標は大きく持って徹底的にやる主義なんだ」
「そうなの、まぁ悪くない心がけね」
ナデシコはそう言ってさらっと流した。
「意外と皆さん、見るだけで買っていかれないですね」
シアラはナデシコの真似をしたら早々に足が痺れたらしく女の子座りだ。
リアルでもゲームと同じく正座をして足が痺れたらしい。ときどき足を摩っている。
あざと可愛いな……。
「恐らく売ってるのをみて発想を盗んで、物自体は自分で作ってるわね」
「それ、なんかずるいです」
「気持ちは分かるけど、それだって立派な露店の利用方法の一つよ」
よく考えれば素材入手と作成、共に簡単な品だ。
買わずに自分で作ったほうが安上がりなのは目に見えている。
これは……売る商品を誤ったかもしれない。
ナデシコとシアラは文句の一つも言わずに店番をしてくれているが、客はもうまばらになってきていた。
「こんな商品でもそこそこ売れたのは二人の店番のおかげだな」
「そんなことないわよ」
「いや、正直俺には可愛い女性店員の前で、まじまじと商品を物色した挙句、買わないでスルーする胆力はない」
コンビニでトイレだけ借りるのが、なんか悪いなと思ってしまうやつの上位版だ。
「……わいいって言った……」
よく聞こえないがシアラが小さい声でぽつりと呟いた。
「よしんばどうにかスルーできたとしても、後ろを振り向いたときに可愛い女性店員が悲しそうな顔をしてたら、踵を返してすかんぴんになるまで買い物をしてしまうな」
「……二回も言った……」
また何か呟いている。
「フフッ、大げさね。でも私、リーダーの目の付け所は悪くないと思ったわ。少し遠くまで行った人なら分かると思うけど、このゲームすぐにアイテムが一杯になるのよ」
「そうなのか?」
確かにアイテムのインベントリは十枠と少なかった。
しかし森に行った感じでは、二人だったとはいえ、いっぱいになるほどではなかったはずだが。
「えぇ、特に水なんてスタックして複数持てないから、川で汲んで行こうと思ったけど諦めたわ」
そういえば露店で会った熊さんも、水はかさ張るって言ってたっけか。
「じゃあじゃあお水も売れるんじゃないですか?」
「そうね、喉が渇いたら買う人がいるかもしれないけど、邪魔だから余分に買う人は少ないのよ。それに毎回汲みに行くのも手間だわ」
「……なるほど水か。いいかもしれないな」
このゲームは作るゲームだ。
不便だと感じたなら、それを改善する便利なものを作ればいいだけだ。
「リーダー……もしかして、ひたすらクロウに水を汲みに行かせる気?」
「多分ナデシコが考えてるのと少し違うけど、大体あってる」
「どういうこと?」
「水がスタックできないなら、専用の水を入れるアイテムを作ればいいんだよ」
シアラがポンッと手を叩いてこっちを見る。
「ハッ、分かっちゃいました、水筒ですね!」
「あーこのゲームってそういうのも作れるのね……」
アイテムもスキルもキーワードを入れて自由に作るシステムだ。皮袋の水筒は実際に使われてるものだし、なんとかなるだろう。
「よし、早速作ってみよう」
俺はすぐに皮製水筒の作成を開始した。
ポーチより少し時間はかかったが、皮の水筒は完成した。
「うん、いいんじゃないかこれ」
できた皮袋は少し不恰好な丸い形で、コルクのような木で蓋をするタイプだ。
試しに始めから持っていた水を移して振ってみるが――こぼれたりはしない。
「わわっすごいです!」
「へぇ、思ったり皮の水筒っておしゃれでいいわね」
水筒をみんなで見ているところに、買出しから戻ってきたクロウが現れた。
「うぃーっす。いやー疲れたぜ。んで何がすごいんだ?」
クロウは店の裏まで来て座り込むと、一息付きながらうーんと伸びをした。
彼には毛皮のストックが貯まって来たから最後の買出しになると言っておいたのだ。
「お疲れクロウ、新しい新商品ができたんだ」
クロウに出来たばかりの水筒を投げて渡す。
「おーすごいな。こういうの昔憧れてたんだよなー」
みんなの評判は上々だ。
これなら売り上げは期待できるだろう。
「よし、次はこいつを量産しよう」
「でも皮はもう充分あるよな?」
「悪いがクロウには次の仕事ができた。もうひとっ走り頼むな」
「……まじかよぉ」
クロウはすごい休みたそうな顔をしていた。
……すまんな。
今回もクロウが買ってきた毛皮はかなりの量があった。
きっとこの辺りの敵が弱くて防具の需要が薄いせいもあったのだろう。
そのおかげもあって、第二陣の商品を予想以上に早く用意することが出来た。
「アイテム一枠で、水が四つもスタックできる皮の水筒、こちらで売ってまーす。いまなら健康度が少し回復するおいしい水のおまけ付きですよー」
ナデシコのよく通る声が辺りに響く。
皮の水筒は予想通り人気が出た。
周囲は既に暗く、ゲーム内では夜になっているが、露店の前はかなりの賑わいに満ちていた。
一つ、また一つと水筒が売れていく。入手経路を知られていない水の付加価値は効果覿面だったようだ。
シアラも忙しそうに店番をしている。
しかし店の前の列は俺の目標とする大行列には程遠い。
もっと、こう、いい何かを作れないものだろうか……。
しばらくして息を切らしてへとへとなクロウが、力なく店の裏に戻ってきた。
水筒に入れる水をひたすら汲んでくる作業が一段落ついたみたいだ。
「も、もどったぜい……」
そのままばたりと倒れこむ。
クロウのデータを見ると、疲労度が低下しているだけでなくHPも減っていた。
「お疲れ様。そんなに大変だったか?」
「あぁ……。もう夜になっちまっただろ。そのせいか森に蜘蛛型のモンスターがうろついてやがってな。そいつが強いんだわ」
そう言ってクロウは戦利品であろう蜘蛛の白い糸を見せてくれた。
その糸は見かけ以上に強靭で、引っ張ると少し弾力もある。
……こ、これだ!
これを使えば商品の質を上げれる――いやそれだけじゃない、今までよりさらに優れた新製品が開発できる。
そしてこの貯まった皮加工マスタリーのポイントを使えば……。
「なぁクロウ」
「ん、どうしたんだ?」
「ここまで売れたのは、クロウのおかげだと思ってるんだ」
「そんなことないぜ、おまえの指揮があったからだろ」
「いやいや、本当にクロウには感謝してるんだ」
「そ、そうか?」
気恥ずかしいのかポリポリと鼻をかくクロウ。
そんな彼に俺は精一杯の笑顔を向ける。
「だからさ、もうひとっ走り頼むな」
それを聞いたクロウは、俺を見たまま固まってしまった。
これは後にシアラから聞いたんだが、人の笑顔が怖いと思ったのはあのときが始めてだとクロウが言っていたらしい。
ついでに正気度も少し減っていたみたいだが……まぁそれはきっと蜘蛛との戦闘のせいだろう。