犠牲になったのは健康値だけ
「とりあえず市場調査と行こうか。各自で露店を見て回って、その感想を踏まえて何を売り出すか話し合おう。そしてメインで売る品が決まったらみんなでそれを調達だ」
十分後に集合と決め、それぞれ別れることにした。
クロウとナデシコはすぐに露店を見に動く。
しかしシアラは動かずにいた。いや、動けずにいたの方が正しいだろうか。
彼女は初心者だし、まだ分からないことも多いのだろう。というかゲームの操作にすら慣れていないのかもしれない。
「シアラは……俺と一緒に行くか?」
「あ、じゃあ、お願いします」
こうして二人で露店を見て回ることになった。
広場中央のクリスタルの周囲は、露店でかなりの活気に溢れている。
どの店も初期の白っぽい布の上に商品が置かれているだけだが、なかなかどうして個性がでるみたいだ。
商品が無造作に置かれたり、丁寧に並べられたり、店主が声をあげて接客したり、気難しい職人のようにだんまり客を待ったり、といった感じだ。
あまりこの周囲で取れるアイテムの種類は多くなさそうだが、露店はかなりの種類のアイテムが並んでいる。
まず多いのが木や石といった資材。肉やキノコ、果実系といった食材。皮や牙といったドロップアイテムだ。
きっとこれらがこの辺りの森や平原で簡単に手に入るアイテムなのだろう。
それから数は少ないが、ブラックイーグルの肉やレアマッシュルームなども売っている。
これらは入手が少し難しい類のものだろうか。
あとは加工品の類だ。
一番多いのは料理を売っている店で、簡単なものから少し凝ったものまで幅広く売られている。
他には、自作した剣や服だけをずらりと並べて売っている店や、ポーションを売っている店もある。
店先に並んだ商品は、みんなが頑張って自作したものだろう。料理も装備も野趣溢れるものばかりだ。これは眺めているだけでも楽しい。
並んで歩いているシアラもあっちにこっちに目移りしているようだ。
「ところでシアラは自分の表示されてるパラメータの種類が分かるかい?」
「HPとかですか?」
「そうそう。このゲームは種類が多くてね、HP・MP・空腹度・渇水度・疲労度・健康度・正気度とあるんだ」
「えーと……健康値と正気度ってなんでしょうか? 他はなんとなく分かるんですけど」
ある程度はゲームに対する理解があるみたいだ。
全部説明しなくていいのは助かるな。
「健康度は偏った食事をしてると下がって、低くなると疲れやすくなったり、最大HPとMPが下がったりするんだ」
「偏った食事……あぁ、だから売ってる料理も種類豊富なんですね」
「そうそう」
細かく刻んだキノコの煮込みが売られているのを見るに、スキルが上がれば食材一つに対してもかなりの調理が施せるみたいだ。きっと調理法によって効果や回復するパラメータが違うのだろう。
幅広い調理が試せるのなら、料理自体が楽しそうだなぁ。
この辺りで手に入る食材の種類はさほど多くないのに、料理を出す店が多いのはそれが理由の一つかもしれない。
「正気度はざっくり言うと怖い目に会うと下がる。そして混乱や発狂といった状態異常になるんだ」
「それって……お化けとかでしょうか」
アンデッドとか言わない辺りがすごい微笑ましい。
「そうだね。怖いモンスターもそうだけど、多分夜に外で活動してるだけで下がると思う」
「じゃあ早くお家作らないとですね」
「そう、でも家を建てる土地を買うのにも結構なお金がいるんだよ」
「はっ、分かっちゃいました。だから露店でお金稼ぎなんですね!」
ポンッと手を合わせてこっちを見るシアラ。
いちいち仕草が可愛らしい。
「……それに気付くとは、おぬし天才だな」
「そんなことないですよぉ、えへへ」
彼女の幼さが残る言動が演技かどうか、俺には見分けが付かない。
まぁでも細かいことは詮索せず、感じたまま接するのがいいだろう。
その後も二人で店を見て回る。
お、この店毛皮が安いな。一つ三十ブロンズは今まで見た中でも最低価格だ。
「この店の商品安くていいお値段ですね」
「そうだろ。俺ぁ早く狩りに行きたいからな、かさ張るアイテムは低価格でいいからさっさと売り払っちまいたいんだ」
髭面の店主はムキムキでいかにも強そうだ。
「じゃあこのグレーウルフの毛皮を全部ください」
「毎度有り」
毛皮十個で三百ブロンズだ。悪くない。
「食材はあんまり売れねぇしなぁ。もう水だけ汲んで狩りに出ちまおうかなぁ」
そういえば水を汲める場所を見つけてなかったな。
「水ってどこで汲めるんですかね?」
「南の草原を少し行くと大きな川が流れてるぜ。だけどよ、ここだけの話もっといい水が取れる場所があるんだよ」
「それはどこです?」
「教えてあげるからよ、肉の方も買ってくれねぇか?」
こっちの肉は他の店とあまり変わらない値段だ。
一人で食べるには多いが、まぁみんなで食べればいいか。
「よし買った」
「そうこなくっちゃ。水の場所は、ここから北西に行った森の中だ。しばらく進むと大岩が見えてくる、その岩の裏に回ったところに綺麗な湧き水があるぞ。ちょっとスペース取るからたくさん汲んで来るのには向かないがな」
多分クロウと武器を作ったときの岩だな。
良質な水は飲んでもいいが、料理などにも使えるだろう。
でも近くの平原に川があるなら、多少質が良くても水単体で売り上げを出すのは難しいだろうな。
「なるほどありがとう」
「いやいやこっちこそ助かったよ。俺の名前は熊出没注意って言うんだ。またどこかで会ったらよろしく頼むな」
外見に負けないくらい名前も豪快だ。
熊出没注意さんとは自己紹介をしたあと、握手をして分かれた。
「す、すごい人でしたね……特に名前が……」
「ほんとにな」
その後も二人でしばらく露店を見て回った。
売っているものには大体目を通すことができたと思う。
「さてそろそろ時間だ。一旦集合場所に戻ろう」
「でも私、何にするか決まってないです」
シアラなりに露店で出す品のことを考えてくれていたみたいだ。
「気にしないでいいよ。こういう意見は出せるやつが出せばいいんだ」
「そう……ですか……」
シアラは表情に少し影を落としてしまう。
初心者のシアラに強く意見を求める人はこのパーティーにいないと思うけど、それでも本人は気にしてしまうか……。
こういう出来事が続くとパーティに居づらくなってしまうかもしれない。
「そういえば、シアラに頼みたいことがあった」
「なんですか?」
「ちょっと腹が減ってきたし、みんなのために料理を作って欲しいんだ」
少し早く戻ってきたが、集合地点にはまだ誰もいなかった。
早速シアラに料理の仕方を教える。
「そうそう、火打石を使って火をつけて……」
先ほど買った獣肉と採取で集めたキノコを焼いていく。
ちなみに薪は安かったので露店で買ってきた。
「あ、そういえばお肉のお金、私も出します」
「いいよいいよ大した額じゃなかったし」
「でも……」
「それより料理に集中して」
はっとして慌てて手元を見るシアラ。
「あぁ……焦げちゃいました」
焼いていた肉は片面がかなり炭化していた。
まぁ初めてならばしょうがあるまい。
「よしこれは二人が来る前に食べてしまおう」
ささっと口に詰め込んだ肉は、炭の味と獣臭さでお世辞にも美味しいとは言えなかった。
さらに健康値まで少し下がったのだが、これは秘密にしておこう。
やがてクロウとナデシコも集合場所に戻ってきた。
「早いな、正直クロウは遅刻するタイプだと思ってた」
「ふふん俺って真面目だろ。だからAポイントくれ」
あぁ、だから早かったのか。
「みんなの役にはたってないだろ」
「……そう言われればそうか」
「あら、シアラは料理中かしら?」
「シアラは意見を出すのが難しいから、料理を作りながら話だけ聞いてもらうことにしたよ」
裏で引き続き調理をしてもらっているが、もう一人でも大丈夫だろう。
「みんなの分作るので、待ってて下さい」
「女の子手料理、いいねぇ。テンション上がるね!」
それには全面的に同意だ。
「さぁ、こっちは商品を何にするか話し合おう」
露店でのメイン商品を決める会議が始まった。
今回も真っ先に手を上げたのはクロウだ。
「はいはい、俺はレアモンスターやレア素材を商品にするのがいいと思う。四人で協力すればそう言った貴重なものも入手しやすいはずだぜ」
「なるほどな。狙うレア素材の目星は付いてるか?」
「いやそういったのはまだ……」
露店に出回っていた少なさからも、闇雲に探していたらかなり時間がかかるかもしれない。
俺とクロウの二人だけなら、だらだらレアモブを探すのも悪くはないんだがな……。
「うーん、ならクロウの案はもう少し情報収集をしてからだな」
「ふふっ、まだまだね」
クロウの案が実質却下になったせいか、ナデシコが嬉しそうに笑う。
「なにおう、そういうナデシコはいい意見があるんだよなぁ?」
「いいわ、聞かせてあげる」
ナデシコはなかなか自信がありそうだ。
「私が推すのは木材よ。聞いた話によると、集めにくいのに家を作るには百本以上必要になるみたい。需要と言う観点から言って確実に儲けは出ると思うの」
確かに悪くはない。
反論しづらいのかクロウも渋い顔をしている。ぐぬぬとか言いそうな顔だ。
「堅実でいい意見だと思う。でも木材はなぁ……」
「だめかしら。私的にはかなりいい線いってると思うんだけど」
「まず頑張って木を切って、それを売り金を稼ぐだろ。でもそのあとに自分たちの装備や家を作るために、結局また木材が必要になって切りにいくことになると思うんだよ」
そうなればかなりの時間ひたすら木を切る作業になってしまうだろう。
「……確かにそうね」
「だろ? 木こりオンラインをシアラにさせるのはちょっとな……」
「はっはっは、おまえもまだまだだな」
さっきまでの表情とうってかわってクロウはにっこにこだ。
逆に台詞を返されたナデシコは悔しそうにしている。
「じゃあ最後にリーダーの意見を聞かせて」
リーダーか……。
大人びたナデシコに呼ばれると少しこう、むずがゆいな。
「俺はこの手の不便が多いゲームが、段々と効率よく便利になってくのが好きなんだ。だからこれがいいと思った」
そういって先に作っておいたサンプルをみんなに見せた。
「これは……皮でできた小さい袋。あぁ、アイテムポーチね」
「そう、皮系の素材で作ったインベントリ拡張用の装備だ。腰に付けると三枠分のアイテムが追加で持てる」
「あーなるほど。最近のゲームは倉庫へのアクセスが簡単で、こういうのめっきり見なくなったよなー」
そうなのか。以前まで仕事が忙しくてあまりゲームができなかったからな……。
最近のゲーム事情に関してはクロウの方が詳しそうだ。
「まぁ実は他人が売ってたのを見ていいなと思っただけで、自分で思いついたわけじゃないんだ」
「あらそうなの。でも私が見た範囲では売ってなかったし、あまり出回ってない今のうちに量産しちゃえば結構売れるんじゃないかしら」
「そうだな、俺もこれいいと思うぜ」
ナデシコとクロウが賛成してくれて、心の中でホッと息をついた。
本当は露店を出すことになったときから、何でもいいから自分で作ったものを売りに出したいと思っていたからだ。
「皆さん、色々考えててすごいです」
料理を作り終わったようで、シアラも会話に参加してきた。
「シアラも、売るアイテムはこれでいいか?」
「はい。いいと思います」
シアラも賛成してくれたので、これで満場一致だ。
これで露店でメインにする商品はアイテムポーチに決定した。
「ねぇねぇ料理は? 料理は?」
待ちきれないといった表情のクロウ。
「どうぞこちらです」
シアラが出した皿の上には、こんがり焼かれたお肉とキノコの山に、レタスのような葉野菜が添えられていた。
「ひゃー、上手そうだぜ」
「よく出来てるわね。始めてでこれなら上出来よ」
ちらりとこちらを見るシアラ。
「そうだな、ポーチが売れなかったらこれを商品にしてもいいかもな」
「えへへ……」
シアラはみんなに褒められて嬉しそうだ。
初心者だと尚更にパーティの役に立てるっていうのは嬉しいことだからな。
料理を前にして、ナデシコが俺の隣に移動してきた。
隣に腰を下ろした彼女は、小声で俺に話しかけてくる。
「ねぇ、シアラに料理を教えたのは貴方?」
「ああそうだ」
「ふぅん……やるわね。気遣いのできる男はポイント高いわよ?」
「そうか、惚れてもいいぞ」
「フフッ、バカね」
そう言って彼女は口元を抑えて笑った。
ナデシコは仕草が上品な感じで色気があるな……。
そんなナデシコに少し見とれそうになってしまう。
いや、俺が惚れそうになってどうする。
まぁ何はともあれシアラとナデシコが嬉しそうで良かった。
「こ、これは……うーまーいーぞー!」
気付けば向こうでシアラの料理を逸早く食べたクロウが飛び上がって喜んでいた。
あぁ、もっと嬉しそうなやつがこっちにいたわ。