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始めての創作

 長かった、本当に長かった。

 一日千秋の思いで発売を楽しみにしていた、VRMMORPG『ファンタジア・デザイニング』が、それがとうとう発売された。


「このゲームにはまだ何もありません。武器も、魔法も、町も、文明も、全てあなた達が協力して、その手で作り出すのです」


 これは俺が発売を心待ちにしながら幾度となく聞いたこのゲームのCM動画だ。

 あぁ、何度聞いてもこの謳い文句は素晴らしい。

 このゲームはプレイヤー達が『人間』となって、自由自在に物づくり、街づくりを楽しむゲームだ。プレイヤーの行動によっては繁栄はもちろんのこと、国や町が滅ぶこともあるらしい。

 こんなの面白くなるに決まってるだろ。機械の国、魔法大国、天空の城、俺達の手で作るファンタジー世界は、一体どんな世界になるんだろうな……。



 俺――赤羽明典(あかはねあきのり)はサラリーマンだった。そう過去形である。数日前に勤めていた会社が倒産したのだ。

 だがむしろそれは幸運だったのでは? このゲームを存分に楽しめと言う神の思し召しだったのでは? ゲームが楽しみすぎる今ではそう思ってしまうくらいだ。

 次の就職先を斡旋してくれた課長、正直申し訳ない。だが俺はこのゲームを目一杯楽しみたいんだ!



 既にデータはインストールしてあるので、後はヘッドマウントディスプレイを装着するだけだ。

 最新モデルのこれは外部から神経系に刺激を与えることで、視覚だけでなく、味覚や嗅覚に加えて衝撃まで感じることが出来る。もちろん安全装置があるので過度な刺激を受けることはない。



 俺はゲーミングチェアの背もたれを少し倒し、楽な姿勢のままディスプレイを装着した。

 後はボタン一つで、ゲーム世界の住人だ。



 画面上に浮かぶデジタル時計が待望のサービス開始時刻を指し示す。

 さぁ、ゲームの始まりだ。



 ゲームが起動すると、お決まりの会社ロゴが表示される。

 ……最近のゲームはタイトルまでに表示される会社ロゴが異常に多いよな。とりあえず連打で全部スキップだ。

 続いてバックで緩やかなBGMが流れるタイトル画面が表示されるが、俺はささっと飛ばして設定に映る。

 タイトル画面で放置しておいたらムービーか何か流れただろうか? まぁそれはまた今度だな。俺はいち早くゲームを楽しみたいんだ。



 サーバーは下から二番目の空いてそうなとこにしよう。人は少ないくらいがいい。

 俺はゲームキャラに自己投影をしながらやる派だ。キャラメイクは、リアルに近いものだな。まだ二十台だしぎりぎり行けるだろう。

 名前は適当に――アイザックにするか。いつからか忘れたが、メインキャラに名前をつけるときは、「あ」から始まる名前にすると決めている。

 後の細かい設定は適当に済ましとこう。





 さぁ、今度こそ、待ちに待ったゲームの本当の始まりだ。



 無機質な読み込み音が響くだけのローディング。それが終わると、一気に視界が開ける。


 目の前には石作りの台座、その上では透明に近い澄んだクリスタルが淡い輝きを放つ。

 その周囲には木で作られた家が一軒あるだけ。あとは周囲一面が広大な空き地だ。そしてそこから少し離れたところには森や平原が広がっているのが見える。



 これだ。この殺風景な光景こそ、俺が望んだものだ。

 いつかここにたくさんの建物が建つんだろうな……。



 インベントリを確認すると、中にはパンと水、粗雑な石斧の三つが入っていた。

 というかアイテムは十枠分しか持てないのか。これじゃすぐに一杯になるな。



 俺は一通りアイテムや設定を確認した後、ひとまず気になっていた一軒の家を見に向かった。

 小さな木造の家は、蔦のような植物が外壁に這っている。建造されてからかなりの日数が経っていそうだな。

 家に近づくと、その前には一人の優しそうな壮年女性のNPCが立っていた。


 NPC……いるじゃん。


「初めまして、私はこのナールの町の管理者。よろしければこの周りの土地を貴方に売って差し上げましょう」


 なるほどこれは街づくりシステムの一部みたいだ。

 確かに何でも作れるとはいえ、無秩序に家を乱立されたらご近所さんとの内輪もめが絶えないよな。


 土地の値段は中央のクリスタル近くだと一ゴールド、一番遠い空き地の端でも二十シルバーだ。

 早くお金を稼いでくれば良い立地を確保できるのか……。家ならまだいいが、酒場や商店などは立地に寄って売り上げもかなり左右されるだろうし、お金は早めに稼ぐのが良さそうだ。


 自分の土地、自分の家、マイハウス。あぁ、なんていい響きだ。

 町の端でいいからお金を稼いだら自分の家を建てよう。何かお店をやるのもいいかもしれない。あぁ、せっかくならおしゃれな家具とか内装や小物にも拘りたいな。



 そうこうしているうちにクリスタル周りに人が増えてきた。

 勝手が分からず辺りを見回している人が多いが、森や草原の方に向かい始めている人もいる。



 さて、俺はどうするか。周辺の地理探索、食料の確保、武器や防具の作成、金稼ぎ、やることはいくらでもありそうだ。

 やはりここは効率よく――パーティーを組もう。採取に狩りに情報収集、何でも一人よりは複数の方が効率がいい。


 残念ながら一緒にこのゲームを始めたリアルの知り合いはいない。近くにいる人を適当に誘ってみるか。ほとんど誰を誘ってもゲームの進行度はそれほど変わらないはずだしな。


 周りを見渡せばさらに多くなった人、人、人。

 こういうとき声をかける際は、あまり深く考えずに勢いで行くのがいい。重要なのはダメもと精神だ。

 俺は早速近くにいた黒いバンダナを着けた青年に声をかけた。



「初めましてこんにちは」


 挨拶を聞いてこちらに振り向いた彼は、人当たりの良さそうな顔をしていた。

 それを見てちょっと安心する。


「私はアイザックです」

「やぁ、初めまして、アイザックさん。俺はクロウだ」


 社交辞令の軽い挨拶。対象年齢が低めのMMOでは、この初めましてや、こんにちはが言えない学生と思われる人も多い。

 ひとまずは大丈夫そうだな。


「クロウさん、いきなりですが良かったらパーティーを組みませんか。アイテム集めや戦闘、一人でやるより複数人でやったほうが楽しいですからね」


 二人の方が効率がいいから、俺の本音はこうだ。しかし直接この言葉を使うと敬遠する人もいる。

 唐突なPTの誘いであったが、すぐに彼は歯を見せてニカッと笑った。


「いいぜいいぜ。よろしくな」

「はい、ではよろしくお願いします」


 彼はパーティーの申請を受け入れ、俺達は二人パーティーになった。

 画面の左端にクロウの名前が表示され、クリックすると詳細が見れる。

 どうやら能力の初期値に違いはないみたいだ。最近のゲームにしては珍しいな。職業もないみたいだし。


「いや、助かったぜ。実は何しようか迷ってたところでさー」

「チュートリアル的なのが全然ないですからね。自由度が高いといえば聞こえはいいですけど、不親切なものですよね」

「そうだな……」


 あごに手をあて、つり目気味の目でこちらを見ているクロウ。

 そこそこ男前だな。俺にそういった趣味はないが。


「あれだ、アイザック。もっと砕けた喋り方でいいぜ」


 どうやら彼は割とフランクな人らしい。敬語で喋るのは基本だけど、少し疲れるのでこういって貰えると助かる。


「そうか、じゃあ改めてよろしく、クロウ」

「あぁ、こっちこそよろしくなアイザック」



 早くも一人捕まえることができた。これは幸先がいい。

 中にはパーティーで何をどんな風にするかとか細かい事を聞くだけ聞いて、結局パーティに参加しない人も結構いるからな。


「んでこれからどうするんだ」

「とりあえず人数増やして、それから適当に何か作りに行くつもりだ」

「はいはーい」


 ピンピンと手をあげるクロウ。


「どうかしたか?」

「誘うなら女の子にしようぜ」

「あぁ確かに、男だらけよりはそっちのほうがいいな」

「だろだろ」

「じゃあ適当に女の子探して声かけるから」


 女の子といっても、所詮はキャラの外見だ。そりゃあ可愛い方がいいが、俺はあまり気にしない。

 辺りを見回して近くにいた茶髪の女性に声をかける。


「すいま」

「ちょーっとストップだぜアイザック」


 肩を掴んで止められた。


「どうかしたか?」

「あれは違う。女だけど女じゃない。あれはネカマだ」


 ネカマというのはキャラの外見が女だけど、操作しているプレイヤーは男と言うあれだ。

 しかしそう簡単には見分けが付かないはずだが……。


「喋ってもいないのによく分かるな。どこら辺がネカマなんだ?」

「あの人は初期資金を消費して軽装備を買っているだろ」


 俺は飛ばしたけど、そういえばキャラメイクのときにそんなのができたっけか。というかこいつのバンダナもそれか。


「あぁ、女盗賊みたいで動きやすそうな装備だな」

「そう、それ、その格好だよ。短いスカートの上におへそ出てるじゃん。お・へ・そ」


 指を差してわざわざへそを強調するクロウ。


「貴重な初期資金を消費してまで、わざわざ露出が高い装備を購入してる。これはネカマの可能性大だ! そうじゃなくても自己顕示欲が高い地雷女の可能性が高い」

「そ、そうなのか」


 ネカマを語る口調にすごい熱が入ってんな。ていうか今の相手に聞こえてないよな……。


「じゃ、じゃあクロウから見て良さそうな娘はいるか?」

「ちょっと待ってな」


 そう言うとクロウは目を細めて辺りをぐるーっと見回し始めた。


「いないな。きっと可愛い子はキャラメイクに時間がかかってるに違いない。少し後でまた勧誘しようぜ」


 どうやら勧誘に関しては目が肥えているクロウに任せた方が良さそうだ。

 俺はネカマでも構わないが……まぁどっちかと言えば普通の女の子の方がいいからな。うん。



「勧誘が後回しなら……木でも切ってなんか作るか」


 作ることが代名詞のゲームだ。何でもいいから試しに作ってみたい。

 クロウも「おういいぜ」と軽く賛成してくれた。




 広場の周囲には森が広がっている。北側の森は特に木が鬱蒼と茂っていて、どれだけ深いのか分からない。あまり奥へと入るのは危険だろう。

 とはいっても森の入り口で木を切るだけなら、広場から見える距離なのですぐそこだ。

 周りには初期の石斧で木を切ろうとしている人が、既に結構な数いる。



「ようし、ガンガン行くぜ!」


 張り切って木に向かって石斧を叩きつけるクロウ。比較的細めの木だが、なかなか切り込みは入っていかない。  


「これは二人で一本をやったほうがよさそうだな」


 コンッコンッと小気味良い音が当たりに響いていく。

 しばらく叩いていると、ある程度のところで木がメキメキと音を立て、そのままアイテムになった。

 倒れたりはしないみたいだ。耐久性か何かだろうか。とにかくこれなら向きとか角度とか考えずに適当に叩いてれば良さそうだ。


「入手できたのは木材が二本か……」


 二人で合計四本。これは量を集めるのが大変そうだ。


「お、木こりのマスタリー上がってるぜ。あと斧も」


 マスタリー一覧を開くと木こりと斧のマスタリーポイントが二になっていた。

 このゲームはプレイヤーの行動に応じてその種類のマスタリーにポイントが入り、それを使って様々なスキルを習得するシステムだ。


 木こりマスタリーのポイントでスキルを覚えるか、いい斧を作ればもっと効率よく木材を集めることができそうだ。


「ははぁ、結構色んなマスタリーがあるんだな」


 マスタリーはポイントを持っているものしか表示されないが、既に結構な種類が表示されていた。


 ソロプレイで上がる『孤高』

 パーティを組んでいると上がる『友情』

 パーティリーダーに着いていると上がる『リーダー』

 移動距離に応じて上がる『走破』

 斧を使用すると上がる『斧』

 木を伐採すると上がる『木こり』


 これはかなりの種類がありそうだ。

 まぁスキルの取得については貯まってきたら考えるとしよう。




 それよりはまずアイテムの作成だ。

 俺は近くに落ちている少し大きめな白い石を持ち上げた。なかなか頑丈そうだし、これも使えるかもしれない。


「とりあえずこの木とその辺に落ちてる石で適当に何か作ってみるか」

「短剣ができたぜ」

「早いなおい」


 クロウの手には、木の持ち手に先を鋭く削った石が付いた短剣があった。

 刃が短くどっちかと言うとナイフに近い。


「どーよアイザック。似合ってる?」


 片手に装備した短剣をひゅんひゅんと振って前に構えるクロウ。なかなか様になってるな。


「そうだな……この刃が一部欠けてる部分とか、接合部がささくれてる感じとか、いかにもな手作り間が出てるな……良い、すごく良い。野暮ったい初期の服ともあっててばっちりだ」 


「ひょっとしてアイザックってこういうの好きなタイプ?」

「割と好き。DIYとかもする。この前はホームセンターで板材買ってきて本棚作った」


 DIYはDo It yourselfの略、用は自分自信で作るということだ。


「へぇならこのゲームはアイザックにぴったりだな」

「そう、そうなんだよ。実はかなり楽しみにしてたんだ」


「ははは、そうかそうか。ほら記念すべき一作目、おまえは何作るんだ?」


 処女作か……やっぱり武器だよな。食料や水を探しに行くのにも石斧じゃ不安だしな。

 でもこの辺りで拾った石だと、小さいから刀身が大きい剣とかは作れそうにない――ならやっぱりあれか。


 インベントリから木材と石を素材にして、石斧でクラフトを開始する。

 思ったより木が簡単に削れる。これならあとは削った箇所に石を押し込むだけだ。

 ボタン一つでポンッと作成とはいかないが、思ったより簡単そうだ。


「……できた」


 眺めの木の棒の先端に尖った石が付いているだけの簡素な作りだが、悪くない。


「槍か、なかなかいいじゃん」

「ここからさらに加工して、武器の細部を調整できるみたいだな」


 一工夫加えたいところだが、刃の部分の石が壊れそうで怖い。


「ここは追加の木材を使って……」


 柄の部分に石斧を打ち込む。 

 木材を継ぎ足したことによって、柄の長さが倍近くになった長槍ができた。


「おおー、やるねぇ」


 持ち手はまだ磨き足りないし、先もしっかり尖ってないから鈍器みたいだ。

 でもこれが――この世界で俺が作った最初のアイテム。


「おいおい、嬉しそうじゃんか」

「そう見えるか?」

「あぁ。顔に出てるぜ」


 そうかそれほどか。

 今作ったばかりだが、十年来の相棒のように手に馴染んでいる槍を見ていると、不思議な高揚感がある。

 やっぱり、このゲームは最高だ。



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