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第八話

 青々とした空とその中に浮かぶ少しばかりの白い雲。

 天頂に程近い位置に浮かぶ太陽の光によって照り付けられた真夏の舗道は、人々から水分を搾り取るようにその身から熱気を湧き立たせている。

 そんな、雑踏からのざわめきがひっきりなしに耳に飛び込んでくる街中で、一際注目を集める男女が一組。


「アルトリーナは、食事を摂る事も出来るのか?」

「はい。動力自体はαレンド機関で全て賄う事が可能ですが、一応食事をエネルギーに変換する機構も搭載されています。博士の目指したものの一端は、『人と遜色無い行動の取れるロボット』ですので」


 人造人間アルトリーナと、改造人間四速総真である。

 といっても、周囲の人々が振り返ってまで見るのは当然と言うべきか総真では無い。彼は所詮、見た目だけならば何処にでも居そうな一男子高校生だ。

 皆の注目を集めているのは、三十度を超えるこの暑さの中でも汗一つ掻かず平然とした表情を維持し続けている女性――アルトリーナの方である。

 無理も無いだろう。ただでさえ病的に整ったその美貌と肢体は男女からの羨望を集めるというのに、加えて今日の気温には合わない少々暑苦しい格好、元気過ぎる太陽によって淡く輝く翠色の髪、何処か気品を感じる立ち振る舞い。

 どれ一つとっても、目を引く要素はばっちりだ。そしてそれらの相乗効果は、隣を歩く総真をカレーのジャガイモよりも目を惹かない存在へと成り下がらせていた。 

 最も、見る人が見ればそんな虫けらのような総真の違和感にも気付けたのだろうが。そう、彼も同じく汗一つ掻いていない、という違和感に。

 機械人間らしく、揃って体温調整を行っている彼等には、この猛暑も実に涼しいものなのである。


「しっかし、何処に行くかな。いきなり財布だけ渡されて追い出されちまったし……うわっ、十万以上も入ってやがる」

「私としては、総真様の行きたい所で構わないのですが……」

「でもそれじゃ、俺の遊びに一方的に付き合わせているだけじゃあないか。何処か行きたい場所とかないの?」

「行きたい場所、と聞かれれば、この世界のほぼ全てと答えます。何分、研究所の中以外の場所については博士からインプットされた知識でしか知らないもので……」

「あらゆる場所に興味がある、と」


 小さく頷くアルトリーナに、ではどうしたものかと思案する。

 せっかくの夏、近くで祭りでも催していれば迷わず参加したのだが、生憎この近辺の祭りはもう暫く先だ。

 後は海、は距離があるので却下。アルトリーナの水着姿は非常に惜しいが、そもそも水着を買う所からになってしまうだろうし、時間が足りない。

 他に、それらしい場所は――


(いや、待てよ。買う所から……?)


 その時総真に、天恵走る。

 そうだ、何も今日限りという訳では無い。彼女はこれからも博士や自分の家族として、ずっと付き合って行く事になるのだ。ならば海は次の機会に行けば良い。

 故に今日は一先ず、


「今度海に行く時の為の、準備をしよう」

「海、ですか……?」


 疑問顔の彼女に、大きく二度首肯。


「そう。あの博士の事だし、アルトリーナは完全防水だろ?」

「勿論です。そこは、総真様の義肢と変わりありません。でなければお風呂に入る事が出来ませんので」

「だろ? だからせっかく夏だし、海に行きたいんだが……今日これから準備して行くんじゃ、時間が無い。だから本日は次の為の準備だ」

「詰まり水着を買う、という事でよろしいのですか?」

「その通りっ。一回目のデートとしちゃ、無難なとこだろ?」


 とりあえずの方針を見つけ上機嫌に鼻歌を鳴らしながら、総真は早速近所で水着が買えそうな場所をピックアップした。

 そうして丁度近くに大型のデパートがある事を思い出し、アルトリーナを引き連れてゆるゆると歩いて行く。

 その手が無意識に繋がれていた事と、次のデートを嬉しそうに確約された事で、少々恥ずかしそうに顔を俯かせて歩くガイノイドの姿があったとか、無かったとか。


「……楽しそうですね」

「ははは、それはそうだろう。何せ総真にとっては、理想の女性だからなっ!」


 そしてそんな彼等を尾行する少女達の姿もあったとか、無かったとか。


 ~~~~~~


 二人の買い物は、実に順風満帆に推移した。

 当然だろう、何せ相手はすぐ騒ぎ目移りする幼女ではなく、毒舌ばかりの捻くれた少女でもなく、此方を尊重し立ててくれる落ち着いたおしとやかな女性なのだから。

 まだ起動して間もないせいか、自分から話題を振る事は少なかったアルトリーナだが、その程度なんのその。幸せの絶頂にある総真はぽんぽんと彼女に話し掛け、彼女もそれに応じて快く返してくれている。

 ああ、こんな心地よい応答など何時振りだろうか。此処最近はずっと何か言えば毒舌や電撃が返って来ていたので、総真は余計にそう思う。


「しっかし、まかさ博士が裏でこっそり『心を持ったロボット』を開発してたなんてなぁ。全く気付かなかったぜ」

「それはそうでしょう。総真様にばれぬように、と相当用心していたようですから」

「何で俺にばれちゃまずいんだ?」

「驚かせたかったようです」


 それだけ? と目を瞬かせれば、それだけです、と冷静に返される。

 何とも下らない理由だが、同時に納得する自分が居た。確かにあの幼女なら、それだけの理由で隠しもするだろう。


「ほんと頭良い癖に変な所で馬鹿だよなあ、あの幼女は」

「それは褒め言葉ですか?」

「あー、まあ褒めてると言えば褒めて……「誰が幼女だー! もぐぅぁががが」!?」


 背後からの叫びにびくりとしながらも振り返る……が、そこには幾人かの客が居るだけで、特におかしな点は見つからない。

 首を捻り、辺りを見回す。が、結局は聞き間違いか、或いは何処かの子供がはしゃいだだけだろうと結論付け、二人は買い物に戻って行った。

 そんな仲睦まじい男女の背中を見送り、名残冷夏は抑えていた手を放す。

 解き放たれた博士こと物宮西加は、即座に向き直るとその柔らかそうなほっぺたをぷくりと膨らませ、勘気を露にした。


「何をするのだ冷夏っ!」

「怒るのは分かりますけど、あんな大声で騒いだら見つかりますよ。というか良く聞こえましたね、時流者である私はともかく、普通の人間であるはずの博士が」

「ん? それはな、これのおかげだっ!」


 そう言って、西加は己の耳から小さな機械を取り出した。イヤホンのような形状のそれに、集音器か何かだろうか? と予想を付けるが、


「アルトリーナは私の造ったロボットだからな。その見聞きしたものは、全て私に送られてくるのだ! これは今彼女が聞いている音を聞く事の出来る受信機、名づけて『盗み聞き君三号』!」

「……ロボットとはいえ心を持っているのに、それは良いんですか?」


 流石に突っ込んだ。その見た目のせいか、未だにアルトリーナがロボットだという実感が湧かない事もあるのかもしれない。

 しかし怪訝な顔をする此方に博士はぐっと親指を立てると、


「安心しろ、何でもかんでも聞く訳ではないし、本人の了承も得ているっ。最も、総真は知らんがな!」

「まあ、あの変態なら良いでしょう、別に。むしろ聞かれている事に興奮するかもしれません」


 そんな訳あるかー! と幻聴が聞こえた気がした。一応言っておくと総真にそのような性癖は無い、多分。


「とにかく、二人を追いましょう。人はそう多くはありませんが、このままだと見失ってしまいますし」

「そうだな。急ぐぞ、冷夏っ!」

「了解です、博士」「ああ、勿論だとも、博士」


 時が止まった。すぐ背後から聞こえて来た男の声に、西加も冷夏も揃って硬直。

 が、その声に残念ながら、非常に残念ながら聞き覚えのあった冷夏は、すぐさま再起動すると溜息と共に背後へと振り向いた。


「何で此処に居るんですか、兄さん」

「今更そんな当たり前の事を聞くのかい、冷夏。妹居る所に兄あり。何もおかしな事はないだろう?」


 そこに居たのは予想通り、兄――名残狂三郎であった。

 無駄に爽やかな笑顔を浮かべる兄は相変わらずラフな和装で、街中には似つかわしくない下駄をからからと鳴らしている。

 その暑苦しい長髪、ばっさり切って坊主にでもするのがお似合いですよ。そう内心で思いながらも声には出さず、冷夏は諦めたように首を振った。

 この兄に常識を求めた所で無駄だ。言って直るようなら、自分は家を出ていない。


「もしかして付いて来るつもりなんですか、兄さん」

「勿論だ。あの男には毛程も興味など無いが、冷夏の行く所に僕が行かない理由が無い。良いだろう? 小さな博士」

「はっはっは、まあ良いだろう、同行者が一人増える位。それと私は小さく無い、余計な呼称を付けるなっ!」


 それは申し訳無い、と謝る狂三郎の姿は、何処からどう見てもまっとうな青年にしか見えなかった。

 自分に関わる事以外は好青年なのだ、この兄は。ただその一点が、どうしようもなく脚を引っ張っているだけで。

 彼女の一人もなく、どころか表面だけ見て告白してきた女子を『妹が居るから無理』とざっぱり斬って捨ててきた愚か者の兄に、再度溜息。

 追い返そうとしても無駄だろう、と諦め、冷夏は三人連れ立って総真達の後を追ったのだった。


 ~~~~~~


 それからおよそ一時間。買い物を終え、デートを堪能し、ほくほく顔で総真はデパートを後にした。

 勿論、隣にはアルトリーナの姿もある。腕には小さな紙のバッグ、中身は購入したばかりの新しい水着だ。

 他にも海に備えた様々な購入物があったが、ほとんどは総真の両腕の大きな紙バッグに収まっている。男女平等が叫ばれる昨今においても、流石にこの手の物を女性に持たせるほど無神経では無い。

 最も隣に居たのが冷夏であったなら、ちょっと位は持ってもらったかもしれないが。博士は論外、あのひ弱な幼女ではバッグ一つも満足には持てまい。


「思ったより早く終わっちまったな~。ちょっとこの辺、歩くか」

「はい。私としても、外の世界を見て周りたいと思っています」


 空を見れば太陽はまだ高く、取り出した携帯の電子表示は午後三時。早めに家に帰ってアルトリーナの部屋をしつらえなければならないとはいえ、流石にまだ早すぎる。

 自分達にはこの茹だる様な猛暑も関係ない事だし、適当に街をぶらつくのも良いだろう。時々周囲を興味深そうに眺めるように、彼女も望んでいるようだから。

 意気揚々、まだまだ元気な二人は汗だくのサラリーマンや走っていく子供達の間を抜け、都心部へと歩き出す。実に楽しそうな彼等だが――生憎そうではない一行が、此方。


「……せっかく朝お風呂に入ったのに、また汗まみれになってしまいました」

「おお! ではまた採取するか? ん?」

「遠慮しておきます。後なんで博士はほとんと汗を掻いていないんですか」

「それは当然私の発明品、『冷えっカイロ七式』を白衣の内側に張りまくっているからだ!」


 ほら、と幼女が白衣の前を肌蹴た途端流れてくる、ひんやりとした空気。

 見れば、彼女の言った通り内側にカイロのような物が幾つも付けられていた。名称から恐らく通常のカイロと逆で、冷気を発する代物なのだろう。


「素晴らしいだろう? 一度揉めばそれから三時間に渡って、冷気を放出してくれる。おまけに体を壊したりしないように、冷たさも適度に調整済みだっ。予備も大量に用意してあるがいるか?」

「貰っておきます。このままあの人造人間達に付いて行ったら、血の一滴まで干乾びかねません」

「博士、僕にはくれないのか?」


 受け取ったカイロを揉めば、早速涼やかな冷気が手に伝わってくる。

 その冷涼さに少しだけ人心地つき、冷夏は博士と共に二人の後を追った。後ろから聞こえてくる汗まみれの変質者の声は無視である。博士にも要求に応えないよう言っておいた、効くとは思っていないがおしおき代わりだ。


「というかそもそも、どうして私は二人を追っているんでしょう……?」


 こうまで苦労して追う必要は無いはずなのに。

 自問自答しながらも、何だかんだで追跡は続ける冷夏であった。

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