第二十三話
「丹羽! お前は何で、世界を滅ぼそうとする!?」
ゆっくりと流れる時間の中、高速で殴り合いながら、総真は目の前の青年へと問い掛ける。
広大な空間の中を縦横無尽に飛び回る彼に対し、丹羽は防御を中心とした待ちの構えで対応していた。
普通ならばこの空間の中では、推進装置を持たない丹羽はまともに動けないはずだ。が、彼はどういう訳か地にそうするように宙に脚を着き、どっしりと構えている。どころか、自在に宙を走る事さえ可能としていた。
自身に搭載されたレーダーを通じ、義眼に表示される情報から、総真はそれが時空を固めて足場にしている為と理解する。昔西加から聞いた通りなら、時流至断理論の一端にそのような技術があったはずだが、まだ実現はしていなかったはずである。
(この空間の中だから出来るのか、それとも実は前から使えて隠していたのか。どっちにしろ、これが丹羽がこの空間の中でも動ける理由かっ)
頭の片隅で考えながら、義肢を振るう。
ドン、と壁でも叩いたような音がして、太い腕に阻まれた。反撃として繰り出された右フックをスウェーでかわし、再び問う。
「数日前、初めて会った時のお前からはそんな危ない雰囲気は感じなかったっ。それともあの時から既に、あのニュル何とか言う宗教団体の連中みたいに『世界は滅ぶべきだ』何てアホな事を考えてたのか!?」
「……あの連中とは利害が一致した、それだけだ。俺自身にとってはあのふざけた思想に興味など無い。世界の存亡についてもな」
拳を捌きながら答える丹羽に緩みは無い。
一応話には応じてくれるが、隙を作るのは難しそうであった。総真とてそれを期待して会話している訳ではないので、別に構わないのだが。
横薙ぎに払われた脚を屈んで避け、アッパー気味に拳を突き上げる。
「利害? 世界が滅ぶってのに、どんな利益が有るってんだよ!」
「……お前には関係の無い事だ。知る必要も無い」
「ちっ、けち臭い事を。此処まで来て今更、無関係も糞もあるか!」
バックステップでかわす丹羽に対し、総真は噴射口を稼動させる。
放たれたエネルギーによって強制的に距離を詰め、振り上げていた拳を振り下ろした。腕を頭上でクロスさせ、丹羽がハンマーのような一撃を受け止める。
「答えて貰うぞ。どうせ納得はいかないけどなっ」
「……むぅっ」
そのまま振り子のように振るわれた右脚が、がら空きの胴へと突き刺さった。
堪らず後退する丹羽。それを敢えて追わず、体制を整えて、総真は真っ直ぐに相対する。
「何か、あるんだろう。こんな事態を起こしてでも達成したい――目的って奴が」
「…………」
真剣な眼差しで己を見詰める少年に、丹羽は無言。
舌打ち一つ、苛立った様子で総真は再び突っ込んだ。幾多の拳が飛び交い、感情が飛び交い――漸く、堅い口が戸を開ける。
「世界の……時空の崩壊は、ただの手段だ」
「手段だと?」
「そうだ。俺の目的――過去への到達の為のな」
「なっ……!」
驚愕のあまり、総真の動きが一瞬止まる。
その隙を逃さず丹羽は拳打を打ち込んだ。力強い正拳突きを受け、二人の距離がまた開く。
「げほっ、げほっ。過去への到達だと……? まさか、時間を巻き戻すつもりか?」
「…………」
無言のまま、今度は丹羽が突っ込み、拳を振るう。
「くっ、のっ……! んな馬鹿な、時間の巻き戻しなんて現状の時流至断理論じゃ絶対に不可能だろうが! 以前興味持って聞いた時、西加が言ってたぞ。『時間を戻せるとすればダウングレードされる前の理論を完全に理解し、体得した者のみだろう。最も、そんな者が人類史上、二度も現れるとは思えんがな』ってな!」
「…………」
「それとも何か? お前があの理論の提唱者だとでも言うのかよっ?」
「そんな訳が無い。だが……時間を戻せる可能性は、見つけた」
再びの驚愕。だが今度は動きを止めず、総真は拳と共に問いを繰り出す。
「見つけただと? 時間を戻せる可能性を?」
「そうだ。そしてその為にはこの時空の歪みを生み出し、世界を崩壊させる必要があった。それだけの話だ」
「それだけって、お前……」
「大した事では無いだろう。どうせ過去に戻ってやり直すなら、今の世界がどうなろうと関係無い」
「なっ……! けどそれって、あれじゃねぇのか。ほら、漫画とかで良くある……今ある世界は滅んじまって、良く似た並行世界が出来上がるだけって言う。そういうパターンじゃないのかっ?」
「それも含めて。関係無い、と言った。今を生きる者達がどれだけ消えようと……変えなければならない過去が、ある」
力強い断言。
そうして、攻撃と共に丹羽は続ける。
「過去に戻る為には、通常の安定した時空の中では不可能だ。だから、強大な歪みを生み出し、時空に裂け目を造りそれを制御して方向性を持たせる。歪みが成長するほど過去への道は伸びて行き、やがて世界が――時空が崩壊すると共に、目標点への扉が開かれる」
「それで、世界が崩壊する必要があるって訳かいっ」
「過去へ行く方法自体は、時流至断理論を研究する中で偶然閃いた。だが、その為に最も重要な『強大な歪みを生み出す方法』。それが足りず困っていた所に……奴等から、声を掛けられた」
「ニュル何とか、かっ」
「そうだ。奴等は世界の浄化を目指す狂った団体だったが、だからこそその狂気は、常人では理解不能な時流至断理論の根本にほんの少しだけ迫っていた。奴等が研究していた『世界を浄化する方法』――時空の完全崩壊は、俺と接触した時点で既に実用化の段階に入っていた」
だが、そんなニュルメグルスタには決定的に欠けているものがあった。
自分達の研究した理論を実践出来る、強力な時流者の存在である。
彼等のメンバーの中にも、数は少ないが時流者は居た。が、それは時空を崩壊させられるほどの力は持っていなかったのだ。
そこで彼等は丹羽に目を付けた。自分達の研究を実践出来る程の才と力を持った時流者であり、かつ当時はまだあまり有名では無かった丹羽鹿野比呂に。
「俺は、奴等を使えると思った。奴等の研究を利用すれば、過去へ戻れると。そして仲間になって三年――準備を整え、計画を練り、遂にこうして実現出来るまでに至った」
「そこまでして……世界を崩壊させてまで、変えたい過去ってのは何なんだ。それは今の世界を犠牲にしてまで、変えなきゃならないものなのかっ!?」
総真は叫ぶ。
彼にしてみれば、今の世界を崩壊させ新たな世界を造るなど認められるものではない。
これがただ時間を巻き戻してやり直す、というだけならばまだ良かっただろう。しかし丹羽のしようとしている事は、今の世界を壊し、代わりに並行世界の過去へ行って辿るはずの未来を変えようというものである。
馬鹿な総真ですら、その真実には気付いているのだ。実行者である丹羽が気付いていないはずがない。
「やり直しなんて出来ねぇぞ。所詮お前のやっている事は時間戻しの真似事だ。そんな事したって、お前自身の過去は変わらない――「両親を」っ!?」
「両親を、救いたいと思う事は。そんなにおかしい事か?」
二人の動きが止まる。
丹羽はじっと強い瞳で。総真は僅かに狼狽した瞳で。互いに動かず、見詰め合う。
「両親……」
「そうだ。六年前、事故で死んだ俺の父と母。その過去を変え、二人を救う事が――俺の目的だ」
考えてみれば、極自然な理由であった。
大切な人の死。それを変える為に過去へ戻ろうとする、というのは創作の中では有り触れた話だ。
だが物語の中で読むのと実際に聞くのとでは、全く違う。受けた衝撃に総真の戦意は急速に萎み、構えを取る余裕も無い。
知らず知らずの内に昂ぶっていた心を抑えるように、丹羽が大きく息を吐く。
「……俺の家は、昔から貧乏だった」
そうして語り出す。抱えているのが辛かったのか。それとも、これで相手の戦意が挫ければ、と思っているのか。
真意はともかく、丹羽の様子に嘘は無い。これから語る事は全て真実だと、そう信じられるだけの真があった。
「それでも両親は、俺を愛を持って育ててくれた。貧しいながらも温かい家庭。幸せな日々で……そんなある日、俺に時流者の才能があると判明した」
突然の転機。彼の人生の、大きなターニングポイントだった。
「時流者には国から補助金が出る。俺はそれなりに才能があったから尚更で……生活は、随分楽になった。両親は喜んでくれて、俺はもっと二人を喜ばせたくて。努力を重ね、実力をつけ、貰える金額を増やして行った」
時流者としての実力が高くなればなるほど、国からの補助金も増えていく。
もし世界に名の知れる程の実力者ともなれば、巡ってくる仕事の報酬も含め、それこそ富豪の仲間入りである。目指さない理由は無く、元が貧乏だった丹羽は殊更に努力を重ね続けた。
その根幹にあったのは、両親への恩返し。父と母を幸せにしたいという愛情である。
「苦しい事もあった。辛い事もあった。だがそれでも、二人の事を想えば頑張れた。そうして俺一人でも二人を養える程に成った頃。俺は、両親に海外旅行をプレゼントした」
貧乏のあまり結婚式も、新婚旅行も出来なかった二人への、ささやかな恩返しのつもりだった。
だが。それが、悪夢の始まりだった。
「二人の乗った飛行機が、事故にあった。飛行機は山のど真ん中に墜落し爆散。当然助かるはずも無く、父も母も、死んだ」
「それが、六年前……」
薄っすらと総真の記憶にも残っている。
当時、大きな飛行機事故があったとして、テレビなどのメディアでも散々騒いでいたからだ。
数百名もの犠牲者が出たという飛行機事故。その中に、丹羽の両親が居た。
「最初、聞いた時は信じられなかった。だが、事実を吞み込むにつれ……俺は、悲しみと共に後悔した。旅行などプレゼントしなければ、と」
「だから……だから変えようってのか。世界を、犠牲にしてまで!」
「そうだっ。自分のせいで死んだ両親を、自らの手で救おうとする。その何処に問題がある!」
「やり方が悪いってんだよっ。過去に行って救うにしても、せめて今の世界が壊れないようなやり方を見つけてからにしろってんだ!」
「それではどれだけ掛かるか……否、お前が言っていた通り、一生掛かっても到達出来るものでは無いっ。この方法しか、無いんだ!」
拳と共に二人の感情がぶつかり合う。
その時見えた丹羽の顔は、それまでの仏頂面とは違い、悲壮な覚悟に歪んでいた。本当に苦しそうで……その表情だけで、丹羽がいかに両親の死を、そして自分の行動を悔やんでいたかが伝わってくる。
だがそれでも。総真は彼の行動を、認めるわけにはいかない。
「お前の思いは分かった。けどなっ、それに巻き込まれるこっちは堪ったもんじゃねぇんだよ!」
「他人の事など知った事では無いっ。父と母を救えるのならば、どれだけの犠牲が出ようとも構うものか!」
「そうかい……。だったらッ!」
右肘の噴射口が唸りを上げる。
全身の筋肉が隆起した。渾身の力で、総真はかち合う相手の拳を無理やり押し切る。
「俺も、手前の事情何ざ構わねぇっ。俺が、俺達が生きる未来、世界の為にっ。お前に犠牲に成って貰う!」
交代するように唸りを上げる、左肘の噴射口。
上体の揺らいだ丹羽の顔面目掛けて、鋼鉄の拳が風を切り裂く。咄嗟にかわそうとする丹羽だが、総真の動きはそれより速い。
「おらぁっ!」
「ぐ、ぅっ……!」
踏ん張ることも出来ず吹き飛ばされる丹羽へと、総真は人差し指を突きつけて、
「来いよ。俺とお前、どっちの想いが正しいか。理屈じゃ決まらないのなら……こいつで、決めようじゃねぇかっ」
グッと、その手を拳に変える。
大切な人達の為、他の全てを犠牲にしようとする丹羽。
同じく大切な人達や世界中の人々の為、丹羽の願いを犠牲にしようとする総真。
二人の意見は結局のところ平行線だ。理屈だけで語れるものでは無く、感情だけでは反発し合う。
ならば決着は、何処までもシンプル。『力』によって付けるしかない。
「理由を聞いて尚、お前は俺の邪魔をするのか」
「当たり前だ。お前の境遇に同情はするがな。だからって受け入れる訳がねぇだろう」
「……良いのか? 本当に」
「何?」
だが此処に来て突如、丹羽は方向転換した。
彼とて力でしか決着は付けられないと理解していたはずだ。だからこそ、話しながらも戦っていた。力で目的を達成しようとしていたのだ。
なのに意味深に問い掛けてくる彼に、総真は困惑する。
「お前、何を言って……」
「俺の目的を邪魔する事は。お前の為に、ならないかもしれんぞ」
警戒し構えを取る総真に、丹羽は尚も続けた。何故なら――説得し、賛同させられるだけの手札を、たった今手に入れたからだ。
しかしそんな事を総真は知らない。だから彼の言葉を時間稼ぎと判断し、無視して殴りかかろうとして、
『『――総真』』
「っ!?」
背後から聞こえた声に、目を見開き振り向いた。
固まる。意識が『それ』に釘付けになる。
身体は動かせず、呼吸さえ忘れるほどの衝撃。『それ』は総真にとって、それだけの破壊力を持っていたのだ。
「……この前。お前と戦った後、お前について少し調べた」
無防備な背中に、丹羽は一人語る。
「これでも世界三位になった事もある身だ。それなりに顔は利く。ましてあの時お前と共に居た少女――天才・物宮西加は有名だ。必要以上に首を突っ込むことは出来ないが、最低限の情報くらいは入手出来た」
「…………」
総真は無言。まだ『それ』に意識を占有され、丹羽の話など欠片も耳に入らない。
「そこで知った。お前にも『変えたいはずの過去』がある事をな」
お返しとばかりに丹羽が指差す先は、壁。
この時空を覆う、黄色い境界の一角だ。
総真も見詰めるそこには丸い穴が空いていた。ただの穴では無い。中にはまるで、古ぼけたテレビのようにぼやけた映像が流れていたのだ。
それこそが総真の意識を釘付けにするもの。丹羽が手に入れた鬼札。
「なん、で……」
「俺は全てを知っている訳では無い。だが――その二人が『そう』らしいな」
「父さん、母さん……ッ!」
今より幼い総真へと、微笑みかける二人の男女。
総真の意識を奪ったものの正体とは……彼の過去であり、死ぬ前の両親の姿であった。
(なん、で……どうして……!?)
喉が渇く。身体が震える。心臓が煩い位に鼓動を早める。
自分でも気付かぬ内に、総真は泣きそうな顔になっていた。それは久しぶりに見た生きた両親の姿の為か、それとも丹羽の言いたい事を理解してしまった為か。
どちらにしろ。彼にとって、丹羽を倒す事が余りに困難になった事だけは確かである。
何故なら――
「調べた通りなら、お前の両親が事故に遭い死んだのは三年前。ならば、変えられる。このまま俺と、俺の変えたい過去である六年前へと行けば。そのまま、お前の過去――両親の死も」
「っは、ぁ……」
「今なら理解出来るだろう? 俺の気持ちが。例えそれが並行世界のものだと分かっていても。今の世界を犠牲にすると分かっていても。そんな理屈では止められない。この大切な人達への、愛情は」
「はっ、はっ……」
呼吸が荒れる。肺が苦しい。脳には、かつての光景がフラッシュバック。
共に買い物に行こうと家族三人、車で出掛けて。その帰り、居眠り運転のトラックが突っ込んできた。
何も出来なかった。気付いた時にはもう手遅れで、激しい衝撃に全身を叩かれ、意識が真っ暗になり……次に起きた時には病院のベッドの上。
両親は即死だった。四肢を亡くした事もショックだったが、それ以上に父と母を失くした事がショックだった。
どれだけ泣き腫らし、あの過去を悔やんだだろう。自分が悪い訳では無いのかもしれない。突っ込んできたあのトラックが、全て悪いのかもしれない。
だが頭ではそう分かっていても、自分を責めずにはいられなかった。失くしたものが大き過ぎたのだ。
あの時もし、もう少し早く帰っていれば。もし、自分が買い物選びの時間を短くしていれば。もし、トイレに行っていなければ。もし、飲み物が欲しいと言わなければ。
ほんの少しのタイミングの違いで、あの事故には遭わなかったはずなのだ。だから責めた。トラックの運転手を責めるだけではとても足りない。自分を責めて、自分の行動を悔やんで、それでも足りない。
だから。もし、そんな過去を変えられるというのなら。あの二人を救えるというのなら――。
「…………」
(……終わった、か)
立ち尽くす少年を前に、丹羽は静かに目を伏せ安堵する。
人間誰とてそう。他人のやる事は簡単に否定出来ても、いざ自分が同じ立場になれば直ぐにでも意見を翻す。
しょうがない事なのだ。人間であるならば誰だってそう。当たり前の事。
(そう、分かっているのに。何故俺は、落胆している?)
これで、目的は達成出来るはずなのだ。
素直に此方に賛同してくれなくても良い。タイムリミットまではもう直ぐなのだから、このまま葛藤し動きを止めていてくれれば、それで過去への道は無事開ける。
問題など無い。むしろ喜ぶべき場面。
なのに何故か、安堵の中に落胆がある。
(俺は……期待していたのか? 奴ならば、それでも立ち向かってきてくれる、と)
馬鹿馬鹿しい、と丹羽は自身を嘲笑う。
そんな事をされて自分にどんなメリットがあるというのか。世界を犠牲にしてまで叶えたい願いなのだ、障害など無い方が良いに決まっている。
(そう、これで良い。この方が――)
視線の先では、立ち尽くす少年の向こうの映像がいよいよという場面を迎えようとしていた。
あの映像は、この歪んで不安定な時空の奥まで総真がやって来た事により、影響を受け作られたものだ。彼という存在が、最も変えたい過去への思いが、無意識に影響を与え過去の時空を映し出した。
だからきっと、三人揃って車に乗り買い物に出かける彼等はこれから事故に遭うのだろう。それが、総真の『最も変えたい過去』だから。
こんなものを見せられれば、動けるはずが無い。これから事故に遭う両親を、このままじっとしているだけで救えるようになるのだから。
だから、総真は――
「父、さん……。母、さん……」
ギチリと、音がする程強く拳を握り締める。
瞳からは涙が零れ出た。
けれど動けず、動けず、動けず、動けず――
「――」
涙が落ちると共に、四肢の噴射口が風を噴いた。
「何っ!?」
驚愕と共に、丹羽が胸の前で両腕を交差する。
クロスされた腕に受け止められたのは、鋼鉄の右腕。振り向き、飛翔し、殴り掛かって来た少年――四速総真の想いそのもの。
「何故だっ……!? このまま行けば、両親を救えるというのにっ」
「父、さん……。母、さん……」
声を荒げる丹羽に、少年はただ呻くように、
「……御免。俺と、皆の生きる、世界の為に」
その双眸から、絶えず涙を流しながら、
「――死んでくれッ」
決意を答えとして、鋼の拳を振り切った。
「ぐっ……。正気か? お前は自らの両親を見捨てるというのかっ!?」
「俺はただ、選んだだけだ! 過去ではなく今、そして未来を生きていく事をっ。戻ってやり直すのではなく、これまでの全てを受け止めて前に進む事を!」
「詭弁を! これまでを受け止めるからこそ、過去に戻ってやり直そうとするのだろうに!」
「違うっ。戻ってやり直してしまえば、辛かった過去は霞んで消えてしまう。無かった事にされてしまう。だからっ!」
「そんな理屈でッ!」
「俺とお前、どちらが正しいのかはッ!」
肉と鋼、二つの拳が交じり合う。
蹴りが頭部を穿ち、手刀が腹を沈ませた。それでも二人は怯まない。互いに譲れないものがあるから。
「邪魔をするならば……潰れろぉぉぉおおお!」
「この……拳でぇぇぇええええ!」
全力で振りかぶり。
轟音が、歪んだ時空に響き渡った。




