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第二十二話

 屈伸し、腕を曲げ、背を反らし、入念に調子を確かめる。

 病衣からトーレン・ライドのテスト時などに使っていた袖なし・膝丈の上下に着替えた総真は、皆と共に研究室を出て人気の無い校庭に立っていた。

 皆、避難しているのだろう。何時もは運動部の掛け声が響いている校庭は、今は不気味なほどに静かだ。街からも人が消えているせいで尚更にそう感じる。


「ふー……。どんどん拡がってやがるな、あの歪み」


 清々しいほど青い空に刻まれた歪な裂け目。

 禍々しく周囲を侵略するそれを見上げ、総真は呟く。

 世界の崩壊が近づいていると信じるのに充分過ぎる光景だった。だからこそ行けなければならない、と覚悟を一層強くする。


「調整は完璧だ……。これで、歪みの中に突入しても大丈夫だろう」

「サンキュー、博士」


 覇気の無い声で言う西加に、敢えて軽く返す。

 これから死地に向かうからこそ、あまり暗く重くしたくは無かった。皆になるべく心配を掛けたく無いというのも勿論だし、総真自身気負い過ぎたくなかったのだ。

 何せ歪みに入ればそれで終わりな訳ではない。あの丹羽を倒し止めなければならないのだから、プレッシャーで身体の動きが鈍っては困るのだ。


「さっきも説明したが、歪みの影響を防ぐ為に機能を大幅に割り振った結果、トーレン・ライドの限界速度自体は落ちている。使えるのはトップ・ツーまでだ。まぁ、あの歪みを制御しながらでは丹羽の方も満足に遮断時流を展開出来ないだろうから、それで充分だろうがな」

「オーケーだ博士。そんだけ出せりゃあ文句は無いさ」


 応えながら肩を回す。

 余計な固さもなく、義肢の状態も万全だ。先日のクララとの戦闘の影響が多少なりともあるのでは、と思ったが、どうやら寝ている間に点検・整備は済ませてくれていたらしい。

 小さな天才に感謝しながら、深呼吸。総真は心を落ち着かせ、ゆっくりと心身の状態を整えていく。


「ふー……。ん?」


 いざ行かん、と意気込んだ時だった。

 義眼に表示された遮断時流の反応に、総真は疑問と共に背後へ振り向く。

 冷夏の仕業か? と思っていたのだが、反応の正体は彼女の隣の人物で。


「お前、いつの間に……って、たった今か」

「ああそうか、君には遮断時流の反応が分かるんだったか。鬱陶しいな、全く」


 書生風の青年、名残狂三郎である。

 彼は忌々しそうに言うと、カランと一度下駄を鳴らす。隣の冷夏が、眉を顰めて兄を見上げた。


「何で此処に居るんですか、兄さん」

「それは勿論、愛しい冷夏が心配で迎えに来たんだ。それで? そこの油虫は一体何をするつもりなんだい?」

「油虫……。俺の事か?」

「分かっているじゃないか。自覚があるようでなにより」


 ふふん、と鼻を鳴らす狂三郎に、総真は額に青筋を浮かべる。

 が、渋々収めた。これから世界の命運を賭けた大博打に挑むというのに、無駄なエネルギーを使ってはいられないのだ。

 総真が何も言い返してこなかった事に首を傾げながらも、冷夏から説明を聞いた狂三郎は、ふぅんと喉を鳴らして鷹揚に頷く。


「そうか。事態は理解した。じゃ、さっさと行け」

「おい。もう少し何か無いのか?」

「何か? 僕が君に、一体何があるというんだい?」

「いや、ほら……心配の言葉とか、頑張れって応援とかさ」

「はぁ? ……くっくっくっくっく。あっはははははははは!!」


 総真の言葉を聞いた途端、大笑いする狂三郎。

 その場の誰もが呆気に取られる中、彼は心底おかしそうに暫く笑い続けた後、


「僕が君を心配? 応援? 馬鹿を言うなよ、馬鹿を。僕は心底君に死んで欲しいと思っているんだ。だからさっさと行って冷夏の居るこの世界を救って、そのまま帰って来ずに死ね!」

「正直に言い過ぎだろ! ちょっとはオブラートに包め、オブラートに!」

「断るッ。君相手に僕が配慮する必要何て、一ミリも感じないねッ!」


 嬉しそうに小憎たらしい顔で言い切る狂三郎に、抑えようとしていた総真もつい大声を出してしまう。

 そのまま二人顔を突き合わせ、ギリギリと歯噛み。押し合いへし合い、遂には取っ組み合いの大喧嘩を始め――


「えい」

「「あばばばばばばばばば!?」」


 ようとした所で、横から飛んできた電撃に揃って悲鳴を上げ地に倒れた。


「れ、冷夏、おま……」

「大事な時だというのに、余計な争いをしようとするからです。少しは自重して下さい」

「お前こそしろよ……」

「しましたよ。何時もより一段階、出力を下げました」

(それでも普通に痺れたけどなぁ……)


 内心文句を言いながら立ち上がる。

 再び手足を動かして調子を確かめる総真だが、特に問題はないようだった。今までにも何度も撃たれているし、それより抑えているというのだから当然と言えば当然だが。


(にしたって、これで何かあったらどうするつもりだよ。まさか……実は冷夏も、内心では行って欲しくない、と思っているとか?)


 一瞬、そんな事を考えて。直ぐに否定する。


(そりゃ無いか。無い無い)


 気を取り直し深呼吸を一つ。

 妹に抗議し、逆に冷たく説教されている狂三郎を見て、ついでに溜息。


「さて。時間も無いし、そろそろ行きますか」


 瞬間、空気が変わった。

 和やかな雰囲気は消え、ピンと空気が張り詰める。総真がちらりと西加を窺えば、彼女は小さく頷いた。


「政府とも話は付いた。後は好きにしろ」

「ああ、分かった」


 此方も頷き返し、歪みに振り替え――ろうとして、近づいて来たアルトリーナに抱きしめられる。


「アルトリーナ?」

「……どうか御武運を。総真様」


 囁き、離れていく。

 続いて前に出てきたのは、冷夏。


「まぁ、精々頑張って下さい。私の無事の為にも」


 総真の胸の真ん中を人差し指で軽く押し、後ろに下がる。

 最後に、西加。


「……待ってる。だから必ず帰って来い」


 ぎゅっと抱きつき、それだけ言って素早く離れる。

 三者三様の激励を受け、総真は一度目を閉じた後微笑み、


「――じゃあ、ちょっと行ってくる。世界を救いにな」


 そのまま空を見上げ、叫んだ。


「トーレン・ライド!」

――Data Set Ready,Go!――


 四肢から噴射口が現れ、勢い良くエネルギーを噴出す。

 あっと言う間に彼の身体は宙に舞い、そして歪みに一直線。黒い点のように小さくなって、皆の視界から消え去っていく。


「……必ず帰って来い、総真」


 もう一度、今度は祈るように呟いて。

 西加は総真を静かに見送ったのであった。


 ~~~~~~


 誰も居ない空をたった一人で飛翔する。


 歪みに向かう総真の顔は険しい。それはこれから向かう場所の恐ろしさを、良く理解しているという証であった。

 彼は西加達に告げたほど、事態を楽観視している訳では無い。だからこそ会話の中で、決して『必ず帰る』と約束したりはしなかったのだ。

 行けば死ぬと分かっている。けれど、それでも行かずには居られない。


「性分て奴かな、これが」


 何故行くのかと問われれば『自分の為、そして皆の為』と躊躇いなく答えるだろう。

 別段、英雄に成りたいわけでは無い。総真にとて人並みの承認欲求はあるが、今はそんな事はどうでも良いのだ。

 ただ人が当たり前に持つ、持つべき心。大切な人達を守りたいという想い。それが、彼が命を賭けてでも歪みへ向かう、その原動力なのだ。


「後は……意地かな。あそこで『俺が行く』って言えなきゃあ、男が廃るぜ」


 少年らしい馬鹿な意地。だがそれを、彼は敢えて大事にしている。

 かつで苦渋を味わい、意地だけで此処まで歩んで来たからこそ、それを捨てる位なら死んだ方がマシだと心底思っていた。どうしようなく愚かで――だからこそ世界さえ救い得る男なのだ、彼は。

 何時だって。馬鹿と天才は紙一重なのである。


「さぁ、もうすぐ歪みだ――」


 気を引き締め直し前を向き、そこで総真は眼下の声に気付いた。

 はっきりと聞こえた訳では無い。ただ、彼の優れた聴覚は叫ぶような男の声を捉えた気がしたのだ。

 思わず目を向ける。ビルの合間の細い通りから、三人の男達が此方を見上げ、何かを必死に叫んでいた。


「あいつらって……丹羽の子分の?」


 見覚えがあった。数日前、絡んで来た所をぶちのめした、デブとノッポとデブノッポの三人組だ。

 てっきり今回の騒動に参加して逮捕でもされているのかと思ったが。どうやら、様子から見て今回の件は彼等にとっても青天の霹靂であったらしい。

 背面飛びの格好で、飛翔しながら彼等を眺める。此方が気付いた事に気付いたのだろう、三人が一斉に何かを叫んだ。

 距離があり、声は届かない。だが、ズームされた唇の動きから総真は何が言いたいのかを理解する。


『あ・に・き・を・た・の・む』


 三人全員が、同じ事を叫んでいた。


「――ああ。任せろ」


 あちらからも見えるよう大きく頷き返し、総真は再び前を向く。

 彼としても気になっている事ではあった。ほんの少しの接触ではあったが、丹羽は真面目で実直な男だと感じていたから。だから、彼がどうしてこんな事態を引き起こしたのか、一体どんな理由があるのか。


「答えは、直接本人に聞くとするかね」


 唇が弧を描く。

 目指すべき歪みはもう目の前だ。速度を上げ、問題が無い事を確認し、一気に目標へと突っ込んでいく。


「トップ・ワン!」

――Top One!――


 気合の声と共にギアを上げ。総真は、不気味な口の中へと突入していったのであった。


 ~~~~~~


 歪みの深層、時流の狂ったその場所は、入り口付近と違い明るい黄色に包まれた空間だ。

 何故この色なのか、それはまだ人知の及ばぬ所である。意味があるのか、無いのか、それすらも分からない。


 そんな前人未到の場所に、男は浮かんでいた。


 タンクトップに短いズボン。実戦的で力強い筋肉に、小麦色に焼けた肌。百八十を優に超える身長に逆立った灰色の短髪。

 世界崩壊という未曾有の事態を引き起こした張本人、丹羽鹿野比呂である。彼は両腕を組み、瞑目しながら静かに、時流の流れに身を任せている。


「…………」


 と、その耳が微かな異音を捉えた。

 ゆっくりと両目を開け放つ。長く閉じていたせいか、ぼやけた焦点を徐々に合わせ、澄んだ視界に映ったものは。


「よう。久しぶりだな」


 不敵な笑みで己を見詰める、一人の少年の姿であった。


「全く。余計な負荷が掛かったせいか、また偽装表皮が剥がれちまったよ」


 鋼色の四肢からエネルギーを噴出し、宙に浮く少年が一人ごちる。

 丹羽は、彼をじっと見詰めながら腕組みを解いた。そのまま少年を見据え、言う。


「やはり、来たのか」

「なんだ。予想してたのか?」

「いや……。ただ、何となく。お前とはもう一度、会える気がしていた」


 丹羽の言葉を聞き少年が失笑する。

 そうして拳を握り締めた。


「訊きたい事は色々ある。が、時間がねぇ。話は戦いながらするとしようか」

「…………」


 無言で応じ、丹羽もまた拳を握り、構えを取る。

 二人共、話し合いで穏便に解決出来るとは端から思っていないのだ。そんな簡単なものならばこんな事態になってはいない。こんな所まで来てはいない。

 覚悟を眼差しだけで交し合い、二人は同時に口を開く。


「トップ・ツー!」「クロック・ロック」

――Top Two!――


 四速総真と丹羽鹿野比呂。

 二人の男による、世界の命運を賭けた戦いの始まりだった。

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